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55 俺の姫プレイと神様

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「「ネカマプレイを辞める?」」

 セイヤとレツヤが顔を見合わせる。
 互いの頭の中にクエスチョンマークが飛び交っているようだ。

「チロりん、中の人は男だったの?」
「チロりん、中の人は妹じゃなくて弟だったの?」

 二人は人差し指をこめかみに当て、「はて?」という仕草をしている。

「違うよ。俺は、弟でもない。『チヒロ』だ」

 そう言うと、二人は目をまんまるにして、見開いた。

「「ええええええ!! なななななななっ!?」」
「あっははは! すげー驚いてる!!」
「当たり前だよ! びっくりだよ!」
「当たり前だよ! 驚愕だよ!」

 ──先日、『コウヅキ』のことで、<暁>メンバーとレンを招集あの日、俺は姫プレイを辞めることも皆に伝えた。

 ユキ君のクエスト手伝いで、出荷が姫プの一環でもあることを知った時から、ずっと気になっていた。
 俺がやってみたかった事って、こんなモヤモヤするものだったのかって。

 そして、そんな時に起きた、アバターレイプ未遂事件。

 レンは「責任を感じる必要は無い」とあの時、言ってくれたが……やはり、にゃる美の一件がずっと心に引っかかっていた。

(……俺が嘘をついていなかったら)

 指に刺さった棘ような、チクチクとした痛みが、いつまでも抜けない。
 痛みが抜けないのなら、せめて嘘をやめてみようと思う。
 そんな事をしても、にゃる美は戻って来ないけど。

 このまま姫プレイを──ネカマプレイを、やり続けるという選択肢は、俺の目の前にはもう無かった。

『チロ』が『チヒロの妹』というのは、もう既に沢山の人に知られている。
 わざわざ「私は男です! チヒロです!」と看板を掲げて、歩き回ることはしないが、ただ、俺の周囲にいる人間には、打ち明けてもいいだろう。

「「あれ? そしたら<スノウ>にいる『チヒロ』は?」」
「さぁ? 知らね。ただのそっくりさんじゃね?」

 双子は頭を抱え、ぐねぐねと体を動かす。
 俺のこと、『コウヅキ』のことを同時に脳内処理しているようだ。
「チロがチヒロで、チヒロがチロで」「コウヅキはノーチヒロ? そっくりさんイズ誰?」とブツブツ何か言っている。

 ようやく脳内処理が終わったのか、二人はハッとして、お互いを指で指した。

「チロと一緒に赤竜に行くということは!?」
「チヒロと一緒に赤竜に行くということ!!」
「「そんなの絶対楽しいじゃん! <エクソダス>に入ろう~! チヒロー!」」

 目を輝かせ、俺に抱き着こうとダイブしてきた双子の首根っこをトモヤが掴む。

「僕を無視して、勧誘するなんて……いい度胸だね?」
「げっ! 出た。<暁>の番犬」
「げっ! 出た。チヒロの番犬」

 離せー! と暴れる双子を抑え込む。
 トモヤは二人をそのままズルズル引きずり、<エクソダス>のチームハウスへと放り込んだ。

「よし! 駆除完了」
「……もしもし、トモヤさん……?」

 一仕事終えたと満面の笑みを浮かべたトモヤが、俺の背中を押す。

「さっ! 街に戻ろう」
「お……おう」

 俺達は炎都の街へ向かい、歩いて行った。

 ***


 side コウヅキ/ユキ

「あのっ! チヒロさん! 一緒に写真スクショ撮ってもいいですか!?」

 街中を歩けば、俺は『チヒロさん』と声をかけられる。

「俺のことかな? いいよ」

 ニコリと笑って、チヒロさんのファンと写真を撮った。

「ありがとうございます! 俺、ずっとチヒロさんに憧れてて……会えてうれしかったです!」

 そう言って一人立ち去ると、また次のプレイヤーが声をかけてきた。
 俺は、皆のリクエストに応えていく。

 DFOのスレでも「チヒロさん復活!」と盛り上がり始め、拡大していっている。

(いいぞ……もっと広まれ。あの人が無視できないくらいに)

 先日、住宅街にある武器職人の店で、チヒロさんに会った。
 俺の姿を見て、目を見開いたあの人は、とてもとても可愛かった。
 俺のアバター名に気付いたチヒロさんは、ショックを受けて、目の前から消えた。
 強制ログアウトするくらい、あの人に衝撃を与えたのだと思うと、とても気分が良い。

 ファンサービスを一通り終えた俺は、転移広場に行き、王都へ飛んだ。
 そして、ジョブを<魔術師>変え、装備のフードを深く被る。

 王都の路地裏へ行き、寂れた酒場の扉をキィ……と開けた。
 中には<スノウ>のチームメンバーがいる。

「おっつ~! ユキちゃん、何飲む?」
「おい。名前、ちゃんと『コウヅキ』って呼べよ」
「おっと。すまんすまん。まだ慣れなくてなぁ……名前も、その姿も」
「ふふ……いいだろ?」

 コトリと置かれたグラスに、チヒロさんの姿が映る。
 酒を一口飲むと、俺はタバコに火をつけた。
 ふーっと何度か煙を吐き出していると、酒場の扉がキィ……と開く。

「ユキ、いる?」

 そばかすの青年が顔を出した。
 俺は親友アイツの元に近づく。

「……なに?」
「ちょっと来て」

 親友は俺の腕を引っ張り、酒場の外へ連れ出した。
 路地裏をズンズン進んでいく。「おい」と声をかけようとした所で、親友の足がピタリと止まった。
 クルッと振り返ると、俺を睨んでいる。

「ユキ……『転生薬』使って、何やってるの? チヒロさんに……成り代わるつもり?」
「なーにバカなこと言ってんだ、お前。チヒロさんの代わりなんて、誰にも出来るはず無いだろぉ?」
「じゃあ、その名前は……何?」
「ふふふ……いいだろ? あの人の名前。 あー……興奮する。神様チヒロの半分を手に入れた気分だ」
「……はぁ?」
「あの人はさ~……自分に関係ないものは、興味が無い。そんなこと、チヒロ信者なら誰でも知ってる。せっかく作ったこの顔で『チヒロ』なんて名前を付けてみろよ。一瞥いちべつされて終わりだぞ? そんな勿体ないこと、誰がするかよ!」

 親友は絶句している。
 俺はチヒロさんに会ったあの日を思い出して、クククッと笑う。
 思い出すだけでゾクゾクする。俺は両腕でこの体を抱きしめた。

「この前、チヒロさんが俺のことを認識した。目ぇ丸くして、可愛かったな~!」
「……ユキ」
「もっともっと、俺のこと考えればいいのに。俺でいっぱいになればいい……だからさ、お前、邪魔すんなよ」
「……え?」
「お前だろ? チヒロさんのマンションに、何度も手紙入れてるの。『雪森奏ゆきもりかなでに気をつけて』って何? 俺が気付いて回収したから、いいけどさぁ~……次、何かやったら……分かってる?」

 ウインドウを開いて、親友コイツを犯した動画を再生する。
 動画を見た途端、親友はガタガタと震え出した。

「なんで……それ……もう、消したって……」
「あーあー、間違って非公開から公開に変えちゃいそうだな~ボク」

 ツンツンと動画の『公開』ボタンに触れそうな仕草を見せる。

「……ご……ごめ……んなさい」
「動画削除されたと思ったから、強気に出た? 残念だったな。でも、お前は俺とチヒロさんを繋げてくれたキューピッドだから、今回だけは許してやるよ」

 親友に近づくと、コイツの瞳にチヒロさんの顔が映り込む。
 目の前にいるのは俺だと頭で分かっているはずなのに、親友の目に戸惑いの色が見える。

「お前もチヒロ信者だもんな……。なぁ、この顔でセックスしてやろうか?」
「何言ってんだよ……俺はそんな対象として、チヒロさんが好きな訳じゃない!」

 睨んできたコイツの顎を掴み、噛みつくように唇を奪う。
 歯列を割り、舌をぬるりと絡ませた。
 俺の顔がチヒロさんだからなのか、コイツは大した抵抗もせずに、口腔内を蹂躙されている。

「はぁっ……はぁ……ぅ……はぁ……」
「……神様チヒロにキスされた気分はどう? 手の届かない相手を、手に入れた気分にならねぇ?」

 赤い顔をして、俺の言葉を反芻しているようだった。
 小さく「くそっ」と言いながらも、完全否定は出来なかったらしい。
 路地の壁に体を押し付けて、俺は親友のモノを鷲掴みにする。

「……そんな対象じゃないとか言って、勃ってんじゃん」
「……うう……っ」
神様チヒロとのセックスは──飛ぶぞ? ちゃーんと、イカせてやる。な?」

 親友と肩を組んで、安くてボロい宿屋を目指した。
 男同士でも『合意』であれば、アバターセックスは出来る。

「天国見せてやるから、もう俺とあの人の邪魔すんなよ?」
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