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第十四謎:遺された五線譜 IQ150(全七話)

偽物の作法

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 通された応接間は建物の外観から想像していた通りの豪華な空間だった。
 天井が高く、シャンデリアの上には木製のファンがゆっくりと回っている。飾り棚には様々な賞を獲った記念なのだろう、クリスタルや金文字の立派な盾が並んでいた。
 大きな一枚ガラスの窓からは手入れの行き届いた庭が目に映る。きれいな花々は飾られた絵画のように部屋の中に彩を添えていた。
 右奥のグランドピアノは亡くなられたご主人が愛用していたのかな。それにしては埃もかぶっていないし、蓋が開いて鍵盤が見えている。まるで、今まで誰かが弾いていたみたいだ。
 そこまで考えてから、ふと思った。
 あれ、僕もけっこう観察できている気がする! 無意識のうちにこんな風に見れるなんて、少しは成長しているじゃないか。と、自分で自分を褒めてみた。

「わざわざおいでいただき、ありがとうございます」

 そう言って頭を下げたのが岩見沢夫人、今回の依頼人だ。
 ご主人が生誕百年という割には奥様はお若い。まだ六十歳くらいだろうか。

「こちらこそ不躾ぶしつけなお願いを聞き入れて頂き、ありがとうございました」
「武者小路会長とは何度かお会いしたこともありますし、先日お会いしたときのあなたの言葉は、決して興味本位ではないと感じました」

 いや奥様、騙されてはいけません。
 先輩は興味津々なんですよきっと。ただし下世話なものではなく、純粋に謎への興味ですが。

「あの、失礼ですが奥様もピアノをお弾きになられるんですか」

 あっ! それ、僕が聞こうと思っていたのに美咲さんに先を越された。

「ええ。今でもたまに弾いております。実はわたくし、主人の生徒だったんです」
「ピアノを習っていた、ということですか」

 今度は先輩がたずねる。僕の出番はない。

「中学生のころから教わっていました。まだ主人の曲がこんな風に認められる前で、なんだか音楽家らしくない人でした」

 岩見沢さんのことを思い出しているのか、庭の方を見やりながら穏やかな笑みを浮かべている。

「とっても茶目っ気があるというか、いたずら好きな子どもみたいな人で。それは亡くなるまで変わりませんでしたね。あの純真さが創作活動には向いていたのかもしれません」
「私もそういう方に魅かれます。手助けしてあげたくなるような」

 そう言って美咲さんは隣をチラッとみたけれど、先輩はというと気づく様子もなく奥様の話を愛用のモンブランでメモしている。

「花が咲いただけで喜ぶんですよ『ほら、花が咲いたよ!』って。つぼみが出来ていたんだから、いつかは咲くのが当たり前だと私なんかは思ってしまうけれど、主人は驚いたようにはしゃぐんです。その笑顔が好きで、この庭も一年中花が咲いているように作ってもらいました」

 なるほど。ここから見る庭の華やかさにも納得がいく。
 亡くなられた岩見沢さんにも会ってみたかったな。

「では問題の楽譜を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」

 一呼吸おいて先輩が切り出すと、奥さまは隣に置いていたファイルから五線譜を取り出した。僕が想像していた楽譜のようなものではなく、四小節しか書かれていない。



「これだけ、ですか」

 先輩も意外だったようだ。

「ええ。もう亡くなって十五年になりますが、二階にある主人の部屋にはたくさんの本が残っています。年に数回は虫干しをしていて、今年の春、ある本に挟まっていたのを偶然見つけまして……。走り書きのようですし、主人が作るものとは曲調が違うと思ったんですが、音符の書き方は主人のものに間違いありません」
「何か特徴があるんですか」

 テーブルに置かれた五線譜を、先輩の指示でデジカメに記録した。

「黒丸を直線状に、しかも斜めにNの字を書くような癖があります」

 言われてみると、確かに太い二重線になっていてそんな書き方に見えなくもない。
 先輩も美咲さんも体を乗り出して、五線譜に顔を近づけている。

「筆跡鑑定みたいに楽譜の鑑定とかできるんですかね」

 思わずつぶやいたら、先輩がこちらへ顔を向けた。

「そういうのは聞いたことがないね。もしあれば、こんなトラブルも解消できるんだろうけれど……」
「でも、結婚する前からずっと近くにいらした奥様がおっしゃるのですから、これは絶対に岩見沢さんが書かれたものだと思いますわ」
「あの、もしよろしかったらこのフレーズを弾いて頂けますか?」

 自分に重ね合わせたのか、美咲さんの言葉に力がこもっている。でもそれに構うことなく、先輩は奥様に声を掛けると手帳に視線を落とした。
 奥様が五線譜を手に立ち上がり、ピアノへと向かう。
 鍵盤の蓋を開けて椅子に座った。
 五線譜を譜面台へ置くと、ゆっくりとしたリズムで弾き始める。
 何かミステリーのBGMみたいに始まったかと思ったら、和風な感じになり、不協和音のようになった。唐突な終わり方だし。
 僕にはこれが素晴らしい旋律なのかどうか分からない。ただ、何となく違和感を感じる。

「なるほど……確かに岩見沢先生の作品とは少し異なる曲調ですね」

 先輩と同じように思ったのか、美咲さんは視線を足元に落とした。
 口を一文字に結び、奥様がこちらのテーブルへゆっくりと戻り椅子へ座る。

「でも、だからこそ岩見沢先生の作られた曲だと思います」

 その言葉に、はっとした面持ちで奥様も美咲さんも顔を上げた。

「どういうことですか」
「よく考えてごらんよ、鈴木くん」

 思わず聞いてしまった僕へ先輩は微笑みかける。

「仮に、これが誰かの作った偽物だとしよう。偽物を作る時に考えることは何かな?」
「考えること、ですか……」
「有名ブランドの偽バッグを作ることを思い浮かべれば、すぐ分かるでしょ」
「わかりました!」

 えっ、まずい。美咲さん、もう分かっちゃったの?

「偽物を作る時に考えるのは、本物に似せようとすることですわ。本物と思わせるために」
「そうか。これが偽物なら、岩見沢さんの曲調を真似て作るはずですよね。だけど奥様も先輩も曲調が違うと感じた。と言うことは、これは本物のはずだ!」

 大きくうなずく先輩へ、奥様が頭を下げた。

「ありがとうございます。そう言って頂けて、うれしいわ」
「ただ、もっと明確な決め手がないとマスコミは納得しないでしょう。もう少しお時間を頂けますか」
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