上 下
16 / 42
第八謎:直観と直感は似て非なるものらしい IQ90(一話完結)

僕からの出題

しおりを挟む
 ただでさえ暇な毎日なのに、一人で留守番していると間がもたないどころの話じゃない。
 仕方なくパソコンで政治からスポーツまでさまざまな時事ネタを眺めていた。これだって探偵事務所の助手としては立派な仕事のひとつだ。と自分に言い聞かせる。
 そこへ三回ノックが響いた。どうやら暇をもてあます僕への救いの女神が来たみたい。
 扉を開けて招き入れる。

「こんにちは、美咲さん」
「こんにちは。あら、鈴木さまお一人ですか? 耕助さまは?」
「先輩は用事があるとかで家にいったん帰られました。もうすぐ戻ってくると思いますよ」

 豪徳寺 美咲さんはこの探偵事務所の所長、武者小路 耕助さんの自称フィアンセだ。先輩に言わせると家族ぐるみのお付き合いで幼なじみ、でも彼女からは先輩を大好きオーラがあふれでている。
 百済菜くだらな市育ちの百済菜っ子で恋人いないもの同士だと思っていた先輩には裏切られた感はあるけれど、お似合いの二人だし応援したい。それなのに、こともあろうか美咲さんは僕と先輩の仲を怪しんでいる。

 そんな彼女だから、先輩がいないとなれば帰ってしまいかねない。せっかく現れた話し相手を逃がしてなるものか。
「先輩が帰ってくるまでゆっくりしてください。珈琲を淹れますね」とソファを勧める。
 美咲さんはベージュのコートをハンガーに掛けて、いつも先輩が座るソファの正面へ腰を下ろした。白いニットに濃いブラウンのフレアスカート、やはりブラウンのショートブーツでいつもながらお嬢様感がある。デニムにパーカーばっかりの僕とは全く違う。
 違うといえば、美咲さんはイギリスへ留学していて帰ってきて間もない。ずっと聞いてみたかったあの話をしてみよう。

「美咲さんに聞きたいことがあるんですけど」

 珈琲を置きながら切り出した。

「なんでしょう」
「イギリスで勉強されてきた『シャーロックホームズにおける仮説演繹法かせつえんえきほうの現代社会への応用』のことです。そもそも仮説演繹法って何なんですか」
「いくつかの事実から仮説を作り、その仮説を基に予測をします。予測が正しいか実証して、間違っていたら仮説をやり直す。それを繰り返すことによって正しいことを導き出す方法です」

 さっぱり分からないんですけど。僕の思いが顔に出ていたのか、美咲さんが説明を続けてくれた。

「そうですね、例えば四十歳くらいの痩せた男性が杖を持っていたとします。これが事実です。太っているなら体重を支えるために杖を持つことがあるかもしれませんが、痩せているので足を怪我しているのではないか。これが仮説です。実際に歩いてもらうのが実証、足を庇うようにゆっくりと歩いたなら仮説が正しかったことになります」
「なるほど。もしすたすたと歩いたなら仮説が間違っていたということになるんですね」
「はい。その場合は仮説が間違っていたので、お洒落のために持っていたという新たな仮説をたてます」
「その実証は腕時計を調べたり、履いている靴のブランドを確かめたりすればいいのかな」
「まぁ鈴木さま、素晴らしいですわ。さすがです」

 両手を叩いて褒められるとうれしくないわけがない。
 照れ隠しにカップを手に取り口をつける。それなりの味だけれど、やっぱり先輩が淹れる珈琲にはかなわないなぁ。

「でもホームズさんは仮説演繹法を使うだけでなく、そもそも直観力が素晴らしかったのだと思いますわ」
「直感で謎を解いていたんですか? そんなあてずっぽうだなんて意外だなぁ」

 推理小説をあまり読まないので、ホームズほどの名探偵なら理詰めなのかと思っていた。

「鈴木さまがおっしゃっているのは感覚のほうの直感ではありませんか? わたくしが申したのは観察のほうの直観です」
「え、違うんですか」
「感覚のほうは文字通り『なんとなく肌で感じる』、日本語だと『勘』とも言いますよね。観察の方は自分が経験してきた知識を基にして無意識に判断することです」
「へぇ、そうなんだ」
「だから結果は同じでも直感は理由が説明できないのに対し、直観は根拠を上げることができるのです」

 納得。やっぱりイギリスまで行って勉強してきたのは伊達じゃないんだな。

「すごいですよ美咲さん。僕でも理解することができました」
「いえいえ、わたくしもずっとこの違いを教授から言われ続けてきましたので」
「日頃から知識をたくわえることって探偵には大切なんですね」
「わたくしもそう思います」

 直観ねぇ。あっ、ひらめいた。
 バッグからノートを引っ張り出す。ここには今まで先輩と一緒に解いてきた謎や、気になったことをメモしてある。
 その中に、いつか先輩へ投げかけてみようと作っていた謎があった。『直観』も使えるし、せっかくだから美咲さんで実証してみよう。

「あのぉ、先輩が帰ってくるまでにいつもの謎解きをやりませんか」
「まぁ! 今日は鈴木さまが問題を?」
「はい。作ってみたのがあるので」

 美咲さんもバッグから手帳を取り出した。
 出題する側は初めてでちょっと緊張する。

「それじゃいきますね。まず『直観』は目です」
「それは観察するほうですか」
「はい。次は『感嘆』、感心や感動するほうですが、これは口《くち》です」
「たしかに直観は目で見ますし、感嘆は口から発しますね」
「牧師さんなどの『聖職』は耳です」
「色々な方たちのお話を聞くからかしら」
「では思いやりなどを表す『厚意』、厚いのほうですがこれは何?」
「え、厚意ですか? 相手のお気持ちだから心……そんな簡単な答えではありませんわね。何かルールがあるはず」

 手帳に目を落として考えている。よかった、すぐに答えを当てられなくて。
 簡単かなぁと心配していたんだ。

「直観、感嘆、聖職、厚意。どれも同じ読み方で違う言葉がありますけれど、そのことも関係しているのかしら」

 僕に問うでもなく、視線は手帳のまま独り言のように美咲さんはつぶやいた。
 たしかにさっきの直感だけじゃなく簡単、生殖に行為もある。これは結果オーライのミスリードが出来るかも。
 あるなしクイズもいけるな。この前のようにAチームとBチームに分けて最後は「これはどちらのチームでしょうか?」ってやればいい。
 謎解きを作るのって意外と楽しい。

「あら?」

 一人でニヤけていたら、じっと黙っていた美咲さんが声をだした。
 満面の笑みを浮かべて顔を上げる。

「わたくし、分かってしまいました」

 マジか。あの顔は絶対に正解だ。間違いない。思ったより早かったなぁ。
 がっくりと肩を落として答えの説明を促した。

「それぞれの語句を見ていたら気づいてしまったのです。どの熟語にも共通して使われている文字があることを」

 あー、やっぱり正解。

「直観は目、感嘆は口、聖職は耳です。厚意の答えは『日』ですよね」
「お見事です。参りました」
「とてもいい問題だと思いますわ。ほかにもたくさんありそうだし。楽しい時間をありがとうございました」

 いえいえ、次回はもっと難しい問題を考えてみますなどと言っているところへ僕のスマホが鳴った。先輩からだ。

「はい、鈴木です」
『あぁ鈴木くん。こちらの用事が終わったのでこれから事務所へ戻るから』
「わかりました」
『二十分くらいかな。それじゃ』

「先輩からでした。あと二十分くらいで……」

 電話の内容を美咲さんへ伝えようとしたら、何やら様子がおかしい。さっきまでは機嫌がよかったのに。

「なぜ鈴木さまに電話が掛かってくるのです!」

 ヤバイ、怒ってるぞ。

「え、いや、それは僕が留守番していたから……」
「わたくしに掛けてくればいいじゃありませんか」
「美咲さんが来ているとは思わなかったのでは……」
「耕助さまなら推理すればわかることです!」

 いやたしかにそうかもしれないけれど、まずは助手である僕に連絡してくるのはごく自然なことでしょ。

「やっぱり怪しい」と目を細めて斜めにこちらを見てる。
「だからいつも言ってるじゃないですか。先輩と後輩、探偵と助手というだけですから」
「わたくしのです。根拠はありませんが」

 なんだよ、それ。ちゃんと仮説ナントカ法で検証してみてくれよぉ。



―第八謎:直観と直感は似て非なるものらしい 終わり―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

深淵の迷宮

葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。 葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

密室の継承 ~黒川家の遺産~

山瀬滝吉
ミステリー
百年の歴史と格式を誇る老舗旅館、黒川旅館。四季折々の風情が漂う古都の一角に位置し、訪れる者に静かな安らぎと畏敬の念を抱かせるこの場所で、ある日、悲劇が起こる。旅館の当主・黒川源一郎が自室で亡くなっているのが発見され、現場は密室。しかも彼の死因は毒殺によるものだった。事件の背後には、黒川家の長年にわたる複雑な家族関係と、当主の隠された秘密が暗い影を落としている。探偵・神楽坂奏は、地元警察からの依頼を受け、黒川家と黒川旅館に潜む謎に挑むことになる。 若き探偵の神楽坂が調査を進めるにつれ、事件に関わる人物たちの思惑や過去の葛藤が少しずつ明らかになる。野心家の長女・薫は、父親から愛されるため、そして黒川旅館の継承者として認められるためにあらゆる手段を厭わない。一方、穏やかな長男・圭吾は、父からの愛情を感じられないまま育ち、家族に対しても心の距離を保っている。さらに、長年旅館に勤める従業員・佐藤の胸にも、かつての当主との秘密が潜んでいる。事件は、黒川家の隠し子の存在をほのめかし、神楽坂の捜査は次第に家族間の裏切り、葛藤、愛憎の渦に引き込まれていく。 本作は、古都の美しい風景と、登場人物たちの心の闇が対比的に描かれ、読む者に独特の緊張感を抱かせる。神楽坂が少しずつ真相に迫り、密室トリックの解明を通して浮かび上がる真実は、黒川家にとってあまりにも過酷で、残酷なものであった。最後に明かされる「家族の絆」や「愛憎の果て」は、ただの殺人事件に留まらない深いテーマを含み、読者の心に余韻を残す。 事件の謎が解けた後、残された家族たちはそれぞれの想いを抱えながら、旅館の新たな未来に向かう決意を固める。旅館の格式を守りながらも、時代に合わせて新しい形で再生する道を模索する姿は、物語全体に深みを与えている。 愛と憎しみ、裏切りと許し、家族とは何かを問いかける本作は、読者にとって心に残るミステリー小説となるだろう。

処理中です...