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第四謎:赤鬼の唄 IQ100(全四話)
斜礼(しゃれ)の港
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ポールと一緒に先輩と美咲さんを門の前で見送った。
両手をそろえてお辞儀をした彼女は身をひるがえすと同時に先輩と腕を組む。やはり目的は二人でのデートだったか。
僕に遠慮なんかせずに堂々と誘えばいいのにと思いつつ、そのまま散歩に出た。
「今日から三日間、よろしくな」
「バウッ」
きっとポールにはお決まりのコースがあるのだろう。
僕を引っ張るようにぐいぐいと歩いていく。これじゃ、こっちが散歩させられているかのようだ。
門を出て、右手に白塗りの塀を見ながら進む。角を右に曲がるとその先の通りまでさらに塀が続いていた。
「どんだけ広いんだよ。お前のご主人さまはすごいなぁ」
頂部に瓦を乗せた武家屋敷のような塀と、西洋レンガを思わせる遊歩道がまっすぐと伸びているさまは意外と絵になる。
一度止まってポールにお座りをさせ、スマホで撮ってみた。我ながら、映える写真だ。
満足して散歩を続け、お屋敷へ戻ったころには小一時間を過ぎていた。
城之内さんに聞いていた通り、お屋敷の西側へ廻ると裏口があった。その脇には洗い場もある。濡らしたタオルでポールの足を拭き、中へと上がった。
まだ間取りを覚えていないのでポールの後をついて行くと居間に直江さんが座っていた。
「ただいま戻りました」
「ごくろうさまでした。ポールはいい子にしていました?」
そう声を掛けてくれるご主人さまの足元へ行き、うずくまっている。
「とても利口な子ですね。散歩コースも彼に教えてもらいました」
「そうですか。よかったわね、褒めてもらえたわよ」
頭をなでられてポールもうれしそうに目を細めた。
勧められて、僕も椅子に座る。
「とても立派なお屋敷ですね。来るときに通って来た公園も敷地の一部なのですか」
「町に寄付しようとしたのですけれど、維持管理の費用もかかるということで我が家で管理させて頂いているんです」
どんだけすごいんだ。普通、逆じゃないのか。個人で手に負えないから市や町が管理する話なら聞いたことがあるけれど。
「あのぉ……失礼ですけれど、直江さまは何をされているんですか」
直江家はこのあたり一帯を治めていた豪族で、百済との交易も斜礼の港を使って直江家が始めたそうだ。
戦国時代には小さいながらも大名となり、当時の城がこのお屋敷辺りにあったらしい。関ヶ原の戦いの折にも、西方にありながら当主の決断で西軍には参加せず、そのためお取りつぶしを免れて藩体制になってからもその重職を代々担ってきた。
その後、明治に入って貿易会社を興して今に至る、という話を聞かせて頂いた。
直江家がなかったら、百済菜市という名前もなかったかもしれない。
「それでお姫様だったのか」
「何です? お姫様って」
思わず独り言ちたのを直江さんは聞き逃さなかった。
「実は先輩のおじい様が『お姫様に失礼がないように』って言っていたそうで」
「いやだわ、善之助さんたら。ご覧の通り、家は広くてもお姫様あつかいされたことなんてありませんでしたよ。祖母の頃は厳しかったと聞いていますけれど」
「例の『赤鬼の唄』を作ったおばあ様ですか?』
すっかり謎解きのことを忘れていた。
先輩は既に解けたみたいだけれど、いったい何を調べたいのだろう。
「祖母は明治生まれですが祖母の両親は武家育ちですからね。明治になり商売を始めたとは言え、しつけは厳しかったそうです。よく話していました」
「これほど立派な家柄だと、きっと大変だったんでしょうねぇ」
「祖母も動物が好きで、犬を飼いたいと言ったら叱られたそうで。そんなことをする暇があったら茶道や華道をたしなみなさいと」
「あぁ。なんか目に浮かぶなぁ」
「でもね、祖母の凄いところは両親に内緒でこっそり犬を飼っていたらしいんですよ」
「え、こっそり――ですか?」
ポールも話が分かっているのか、興味深いとでも言いたげに顔を上げた。
「住み込みの奉公人に頼んで、今は公園になっているところへ秘密の犬小屋を作ってもらったんですって。当時は雑木林もあったらしく、両親にも見つからなかったそうよ」
「行動力がありますね」
「この話をするときは、いつも楽しそうに聞かせてくれました」
「代々犬好きの優しいご主人さまに飼ってもらえて、幸せだなお前は」
「バウッ」
絶妙なタイミングで一声吠える。
絶対にポールは僕たちの言葉を理解している、そう確信した。
僕が住んでいるアパートよりも広い部屋で、僕が使っている布団とは比べ物にならない寝心地のベッドで目を覚ます。
ポールの世話係も今日で終わり。城之内さんが作る美味しいご飯ともお別れかと思うと寂しくなる。食と住が満たされたこの環境は手放しがたい。万が一、お世話係の方が辞めるようなことがあったら、ぜひ後任として雇ってもらえるように今のうちから直江さんへお願いをしておこうかな。
午前中の散歩を終え、日課となっているブラシを掛けてあげる。
「今日でお別れなんだ。短い間だったけれど楽しかったよ」
「バウッ」
「そうだよな、また遊びに来ればいいんだよな。僕のことを覚えておいてくれよ」
「バウバウッ」
ポールの頭をかかえ込むように抱き寄せると、右の頬をざらりと舐め上げてくれた。
先輩と美咲さんが来たと城之内さんに声を掛けられたのは、食後の昼寝をしようとしていたところだった。ベッドから降りて居間に向かうと、いつもの朗らかな声が聞こえてきた。
「やぁ、直江さんへご迷惑を掛けずに仕事が出来たかい?」
あの表情なら謎もすっかり解けたのだろう。
そもそも赤鬼の唄は解読済みだと言っていたし。
「鈴木くんは解けた?」
やばっ。解こうともしていない。
焦りが表に出てしまったのか、先輩は顔を覗き込んできた。
「ひょっとして、ふかふかのベッドに美味しい食事を手に入れたから怠けてたんじゃないだろうね」
さすが、名探偵。すっかりお見通しのようで。
黙っていた僕は肯定したとみなされた。
「もぉ、しょうがないなぁ。それじゃ、今から解いて」
「武者小路さんはもうすべて分かっていらっしゃるんでしょ? 楽しみだわ」
「鈴木さま、頑張ってくださいね」
美咲さん、今日は優しいな。先輩と二人で過ごす時間が多かったからか。
よし、それじゃ解いてみせようじゃないか。
メモを取り出し、あらためて赤鬼の唄を眺めているとポールもやってきて覗き込んだ。
あの丸の 泡 花押より 菓子果汁
一昨日、先輩はわずか十七文字の謎でヒントも出ていると言った。
丸? 泡も丸い。菓子も果汁も甘い。いや、レモン果汁は酸っぱい。
他に共通点はなさそうだしなぁ……。
一字とか二字とか飛ばして読むパターンかな。この前、ひらがな変換した時には気づかなかったけれど。
あのまるの あわ かおうより かしかじゅう
三字飛ばすと――あのおかゅ。なんだこりゃ。逆からも読めないし。
それにしても、こうしてひらがなにしてみるとあとかが多いな。
ん!?
何かもやもやしてきた。
「バウッ」
「ひゃぁっ」
もう、先輩ったら。せっかく閃きかけていたのに。
「ポールは吠えているんじゃなくって、話しかけてるんですよ」
「そう言われてもね、私には頭の中で犬の言葉を置き換える能力なんてないから」
また言葉通りに受け止めてる。固いというか素直というか、融通が利かないところがあるんだよな、この人は。
待てよ、置き換える――あ、か――赤……鬼。
「あ、わかりました! 置き換えですね」
「おっ、いいところに気がついたようだね」
「鈴木さんも解けたのね」
一昨日とは違い、直江さんは身を乗り出すことなく優しい笑みを向けてくれた。
両手をそろえてお辞儀をした彼女は身をひるがえすと同時に先輩と腕を組む。やはり目的は二人でのデートだったか。
僕に遠慮なんかせずに堂々と誘えばいいのにと思いつつ、そのまま散歩に出た。
「今日から三日間、よろしくな」
「バウッ」
きっとポールにはお決まりのコースがあるのだろう。
僕を引っ張るようにぐいぐいと歩いていく。これじゃ、こっちが散歩させられているかのようだ。
門を出て、右手に白塗りの塀を見ながら進む。角を右に曲がるとその先の通りまでさらに塀が続いていた。
「どんだけ広いんだよ。お前のご主人さまはすごいなぁ」
頂部に瓦を乗せた武家屋敷のような塀と、西洋レンガを思わせる遊歩道がまっすぐと伸びているさまは意外と絵になる。
一度止まってポールにお座りをさせ、スマホで撮ってみた。我ながら、映える写真だ。
満足して散歩を続け、お屋敷へ戻ったころには小一時間を過ぎていた。
城之内さんに聞いていた通り、お屋敷の西側へ廻ると裏口があった。その脇には洗い場もある。濡らしたタオルでポールの足を拭き、中へと上がった。
まだ間取りを覚えていないのでポールの後をついて行くと居間に直江さんが座っていた。
「ただいま戻りました」
「ごくろうさまでした。ポールはいい子にしていました?」
そう声を掛けてくれるご主人さまの足元へ行き、うずくまっている。
「とても利口な子ですね。散歩コースも彼に教えてもらいました」
「そうですか。よかったわね、褒めてもらえたわよ」
頭をなでられてポールもうれしそうに目を細めた。
勧められて、僕も椅子に座る。
「とても立派なお屋敷ですね。来るときに通って来た公園も敷地の一部なのですか」
「町に寄付しようとしたのですけれど、維持管理の費用もかかるということで我が家で管理させて頂いているんです」
どんだけすごいんだ。普通、逆じゃないのか。個人で手に負えないから市や町が管理する話なら聞いたことがあるけれど。
「あのぉ……失礼ですけれど、直江さまは何をされているんですか」
直江家はこのあたり一帯を治めていた豪族で、百済との交易も斜礼の港を使って直江家が始めたそうだ。
戦国時代には小さいながらも大名となり、当時の城がこのお屋敷辺りにあったらしい。関ヶ原の戦いの折にも、西方にありながら当主の決断で西軍には参加せず、そのためお取りつぶしを免れて藩体制になってからもその重職を代々担ってきた。
その後、明治に入って貿易会社を興して今に至る、という話を聞かせて頂いた。
直江家がなかったら、百済菜市という名前もなかったかもしれない。
「それでお姫様だったのか」
「何です? お姫様って」
思わず独り言ちたのを直江さんは聞き逃さなかった。
「実は先輩のおじい様が『お姫様に失礼がないように』って言っていたそうで」
「いやだわ、善之助さんたら。ご覧の通り、家は広くてもお姫様あつかいされたことなんてありませんでしたよ。祖母の頃は厳しかったと聞いていますけれど」
「例の『赤鬼の唄』を作ったおばあ様ですか?』
すっかり謎解きのことを忘れていた。
先輩は既に解けたみたいだけれど、いったい何を調べたいのだろう。
「祖母は明治生まれですが祖母の両親は武家育ちですからね。明治になり商売を始めたとは言え、しつけは厳しかったそうです。よく話していました」
「これほど立派な家柄だと、きっと大変だったんでしょうねぇ」
「祖母も動物が好きで、犬を飼いたいと言ったら叱られたそうで。そんなことをする暇があったら茶道や華道をたしなみなさいと」
「あぁ。なんか目に浮かぶなぁ」
「でもね、祖母の凄いところは両親に内緒でこっそり犬を飼っていたらしいんですよ」
「え、こっそり――ですか?」
ポールも話が分かっているのか、興味深いとでも言いたげに顔を上げた。
「住み込みの奉公人に頼んで、今は公園になっているところへ秘密の犬小屋を作ってもらったんですって。当時は雑木林もあったらしく、両親にも見つからなかったそうよ」
「行動力がありますね」
「この話をするときは、いつも楽しそうに聞かせてくれました」
「代々犬好きの優しいご主人さまに飼ってもらえて、幸せだなお前は」
「バウッ」
絶妙なタイミングで一声吠える。
絶対にポールは僕たちの言葉を理解している、そう確信した。
僕が住んでいるアパートよりも広い部屋で、僕が使っている布団とは比べ物にならない寝心地のベッドで目を覚ます。
ポールの世話係も今日で終わり。城之内さんが作る美味しいご飯ともお別れかと思うと寂しくなる。食と住が満たされたこの環境は手放しがたい。万が一、お世話係の方が辞めるようなことがあったら、ぜひ後任として雇ってもらえるように今のうちから直江さんへお願いをしておこうかな。
午前中の散歩を終え、日課となっているブラシを掛けてあげる。
「今日でお別れなんだ。短い間だったけれど楽しかったよ」
「バウッ」
「そうだよな、また遊びに来ればいいんだよな。僕のことを覚えておいてくれよ」
「バウバウッ」
ポールの頭をかかえ込むように抱き寄せると、右の頬をざらりと舐め上げてくれた。
先輩と美咲さんが来たと城之内さんに声を掛けられたのは、食後の昼寝をしようとしていたところだった。ベッドから降りて居間に向かうと、いつもの朗らかな声が聞こえてきた。
「やぁ、直江さんへご迷惑を掛けずに仕事が出来たかい?」
あの表情なら謎もすっかり解けたのだろう。
そもそも赤鬼の唄は解読済みだと言っていたし。
「鈴木くんは解けた?」
やばっ。解こうともしていない。
焦りが表に出てしまったのか、先輩は顔を覗き込んできた。
「ひょっとして、ふかふかのベッドに美味しい食事を手に入れたから怠けてたんじゃないだろうね」
さすが、名探偵。すっかりお見通しのようで。
黙っていた僕は肯定したとみなされた。
「もぉ、しょうがないなぁ。それじゃ、今から解いて」
「武者小路さんはもうすべて分かっていらっしゃるんでしょ? 楽しみだわ」
「鈴木さま、頑張ってくださいね」
美咲さん、今日は優しいな。先輩と二人で過ごす時間が多かったからか。
よし、それじゃ解いてみせようじゃないか。
メモを取り出し、あらためて赤鬼の唄を眺めているとポールもやってきて覗き込んだ。
あの丸の 泡 花押より 菓子果汁
一昨日、先輩はわずか十七文字の謎でヒントも出ていると言った。
丸? 泡も丸い。菓子も果汁も甘い。いや、レモン果汁は酸っぱい。
他に共通点はなさそうだしなぁ……。
一字とか二字とか飛ばして読むパターンかな。この前、ひらがな変換した時には気づかなかったけれど。
あのまるの あわ かおうより かしかじゅう
三字飛ばすと――あのおかゅ。なんだこりゃ。逆からも読めないし。
それにしても、こうしてひらがなにしてみるとあとかが多いな。
ん!?
何かもやもやしてきた。
「バウッ」
「ひゃぁっ」
もう、先輩ったら。せっかく閃きかけていたのに。
「ポールは吠えているんじゃなくって、話しかけてるんですよ」
「そう言われてもね、私には頭の中で犬の言葉を置き換える能力なんてないから」
また言葉通りに受け止めてる。固いというか素直というか、融通が利かないところがあるんだよな、この人は。
待てよ、置き換える――あ、か――赤……鬼。
「あ、わかりました! 置き換えですね」
「おっ、いいところに気がついたようだね」
「鈴木さんも解けたのね」
一昨日とは違い、直江さんは身を乗り出すことなく優しい笑みを向けてくれた。
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