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第二謎:おうち時間はステイホーム IQ100(一話完結)
先輩からの出題
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もうすぐ午後三時になろうとしているけれど、今日も『武者小路 名探偵事務所』の電話は鳴らない。
昨日だって鳴ってない。一昨日も……。前回のお仕事依頼はいつだったっけ。忘れてしまった。それくらい暇な日々を過ごしている。
掃除も片付けも午前中に終えてしまったのでパソコンを眺めながら、つい先輩に愚痴ってしまった。
「本当に暇ですねぇ。何か目の覚めるような事件が起きないかなぁ」
お気に入りのマイセンのカップを片手にソファで本を読んでいた先輩が顔を上げた。
「鈴木くん、いつも言っているじゃない。この事務所が暇だということは百済菜市が平和だということなんだよ」
ここ百済菜市は、かの国から伝わったとされる仏像群と菜の花栽培が盛んなことを観光の目玉にしている。また、全国有数の商社であるエムケー商事が本社を置いていることでも知られていた。
「先輩の言うことも分かるんですけど……」
「いや、分かってないね。私が名探偵としてここに事務所を構えていることが犯罪への抑止力となっているんだから。でしょ?」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
先輩の素直過ぎる性格は謎解きを紐解く能力を与えた代わりに、謙遜を奪い去ってしまった。自慢するつもりじゃなく事実を言っているだけという感覚なのだろう。
「ほら、テレビでも盛んに『おうち時間はステイホーム』ってコマーシャルが流れているし、いまは暇なことにも意味があるんだよ」
「ま、こんなに暇でもー、僕はお給料がもらえているからー、いいんですけどー。いったいどこからお金が入ってくるのかなー」
ちょっと意地悪をして嫌味っぽく言ってみた。
とたんに先輩はマイセンのカップを顔まで掲げて、僕の視線から隠れようとしている。
実はエムケー商事の創業者である会長が先輩のおじい様なのだ。先輩の名付け親でミステリー好きのおじい様からここの資金援助も受けている。
まぁ親孝行ならぬおじい様孝行になっているし、誰かに迷惑をかけているわけじゃないから気にしないことにしているけれど、ときおりこうやって先輩をイジるネタに使わせてもらっていた。
「うん、あ、そうだ。それじゃ私が作った謎を解くっていうのはどうかな。鈴木くんの練習にもなるし」
「いいですね! ぜひ、お願いします」
「それじゃ早速考えてみるよ」
先輩は立ち上がり、自分の机からノートと愛用のモンブランを手にしてソファへ戻った。
思ってもいなかった提案にわくわくしていると、入口のドアが三回ノックされた。扉は開かない。お客さまが来る予定はないし、この来訪者には心当たりがある。
こちらから開けないといつまでも外で待っているような人なので、立ち上がってドアを開けた。
「こんにちは、鈴木さま」
「美咲さん、こんにちは」
自称、先輩のフィアンセという豪徳寺 美咲さんはイギリスに留学して『シャーロックホームズにおける仮説演繹法の現代社会への応用』を学んできた才色兼備の女性だ。いい人なんだけれど、先輩と彼女の仲を僕が邪魔していると疑っているみたい。
「こんにちは、耕助さま。何をなさっていらっしゃるのですか?」
「あぁ、美咲さん! いつの間に?」
もぉ先輩ったら、熱中すると周りが見えなくなるんだから。
たったいま彼女が来たこと、先輩は謎解き問題を作ってくれていることをそれぞれに話した。
「あら面白そうですわ。ぜひわたくしにも挑戦させてください」
「美咲さんはどうしてこちらに?」
「おうち時間が長いのでアップルパイを焼いてみたんです。耕助さまにも食べて頂こうと思って」
「いいですね、アップルパイ! みんなで食べましょうよ」
先輩よりも先に僕が喜んでしまい、美咲さんからにらまれた。
彼女が奥のミニキッチンでパイを切り分けてくれるあいだに、先輩は謎解き問題を作り終えたみたい。顔を上げて満足そうにペンをテーブルに置いた。
「できたみたいですね」
「練習問題にはちょうどいいんじゃないかな」
ノートを差し出した先輩の隣へ行ってのぞきこもうとしたら――
「そこーっ! イチャイチャしなーい!」
アップルパイを運んでくる美咲さんに怒られた。ただノートを見ようとしただけなのに。
パイが乗ったお皿を受け取るときに「耕助さまに近づき過ぎです」と彼女は僕にだけ聞こえるようにささやいた。
「美味しそうですね。せっかくだから珈琲を淹れなおしましょう」
美咲さんと入れ替わりで先輩がキッチンへ向かう。
残された僕たちはあらためてノートを覗き込んだ。
『ちおとうかブル ガんとじテル』
「なんですかこれ……」
美咲さんが戸惑うのも分かる。
ひらがなとカタカナが入り混じった十三の、文とも言えない文字列が記されていた。これが先輩の考えた暗号か……。
何から考えればいいんだろう。カタカナが混じっていることにもきっと意味があるはず。
うーんと唸っているところへ珈琲の良い香りが漂ってきた。
「お待たせ。せっかくだから、まずはパイをいただこうよ」
先輩はソファへ腰を下ろし、お皿の上のパイをフォークで切り分けて口へ運ぶ。
「うん、美味しい。甘さもちょうどいい」
「そうですか! よかった、耕助さまのお口に合って」
褒められて美咲さんもうれしそう。今度は僕も先走らずに我慢したからね。
彼女が僕にも手のひらを向けて、どうぞと勧めてくれたので早速ひと口いただく。
これは美味しい。シナモンがいい感じのアクセントになっている。
なんだかんだ言って、美咲さんって何でもそつなくこなすタイプだよなぁ。せめて謎解きは負けないようにしなきゃ。
「先輩、この謎ときにヒントはないんですか?」
「そこに書くのを忘れてた。『おうち時間はステイホーム』だよ」
あのコマーシャルのフレーズがヒント!? どういうことだ。
映像は関係ない。あくまでもこの言葉に謎を解くカギが隠されているはず。
家にいる時間が長い……自由な時間がある……時間のことか?
それとも家に関わることなのかな。うーん。カタカナ混じりなのも気になるんだよなぁ。
「これはそれほど難しくないと思うけど」
先輩は香りを楽しみながら珈琲を飲んでいる。
美咲さんはというと……アップルパイを食べながらニコニコしていた。謎解きなんか忘れてるな、きっと。
「これって何か文章になっているんですか?」
「ううん。解いた答えは単語の組み合わせというか。単純な置き換えだね」
置き換え? 何を置き換えるんだろう。
ヒントは、おうち時間……おうちじかんはステイホーム……。
「わかった!」
「おっ、なかなか早いじゃないか。鈴木くんも成長してるね」
「先輩のヒントがあったからですよ」
まずは『おうち時間はステイホーム』、これがカギだった。
文字通り、『おうちじかん』は『ステイホーム』、つまり『お』を『ス』に、『う』を『テ』に、と置き換えればよかったんだ。
謎として出された『ちおとうかブル ガんとじテル』を置き換えていくと――
イスとテーブル ガムとホテル
たしかに意味がない単語の組み合わせになる。このためにカタカナが混じっていたんだ。
「頭を使う暇つぶしにはなったでしょ?」
「はい。十分に楽しめました。それにしてもあの短時間で思いついたんですか?」
「もちろん。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵だからね」
先輩が得意げな表情を見せている隣で、美咲さんはまだニコニコしている。
美味しいと褒められたのがよほどうれしかったみたい。
そんな彼女の気持ちもお見通し……とは思えないな、この名探偵さんは。
―第二謎:おうち時間はステイホーム 終わり―
昨日だって鳴ってない。一昨日も……。前回のお仕事依頼はいつだったっけ。忘れてしまった。それくらい暇な日々を過ごしている。
掃除も片付けも午前中に終えてしまったのでパソコンを眺めながら、つい先輩に愚痴ってしまった。
「本当に暇ですねぇ。何か目の覚めるような事件が起きないかなぁ」
お気に入りのマイセンのカップを片手にソファで本を読んでいた先輩が顔を上げた。
「鈴木くん、いつも言っているじゃない。この事務所が暇だということは百済菜市が平和だということなんだよ」
ここ百済菜市は、かの国から伝わったとされる仏像群と菜の花栽培が盛んなことを観光の目玉にしている。また、全国有数の商社であるエムケー商事が本社を置いていることでも知られていた。
「先輩の言うことも分かるんですけど……」
「いや、分かってないね。私が名探偵としてここに事務所を構えていることが犯罪への抑止力となっているんだから。でしょ?」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
先輩の素直過ぎる性格は謎解きを紐解く能力を与えた代わりに、謙遜を奪い去ってしまった。自慢するつもりじゃなく事実を言っているだけという感覚なのだろう。
「ほら、テレビでも盛んに『おうち時間はステイホーム』ってコマーシャルが流れているし、いまは暇なことにも意味があるんだよ」
「ま、こんなに暇でもー、僕はお給料がもらえているからー、いいんですけどー。いったいどこからお金が入ってくるのかなー」
ちょっと意地悪をして嫌味っぽく言ってみた。
とたんに先輩はマイセンのカップを顔まで掲げて、僕の視線から隠れようとしている。
実はエムケー商事の創業者である会長が先輩のおじい様なのだ。先輩の名付け親でミステリー好きのおじい様からここの資金援助も受けている。
まぁ親孝行ならぬおじい様孝行になっているし、誰かに迷惑をかけているわけじゃないから気にしないことにしているけれど、ときおりこうやって先輩をイジるネタに使わせてもらっていた。
「うん、あ、そうだ。それじゃ私が作った謎を解くっていうのはどうかな。鈴木くんの練習にもなるし」
「いいですね! ぜひ、お願いします」
「それじゃ早速考えてみるよ」
先輩は立ち上がり、自分の机からノートと愛用のモンブランを手にしてソファへ戻った。
思ってもいなかった提案にわくわくしていると、入口のドアが三回ノックされた。扉は開かない。お客さまが来る予定はないし、この来訪者には心当たりがある。
こちらから開けないといつまでも外で待っているような人なので、立ち上がってドアを開けた。
「こんにちは、鈴木さま」
「美咲さん、こんにちは」
自称、先輩のフィアンセという豪徳寺 美咲さんはイギリスに留学して『シャーロックホームズにおける仮説演繹法の現代社会への応用』を学んできた才色兼備の女性だ。いい人なんだけれど、先輩と彼女の仲を僕が邪魔していると疑っているみたい。
「こんにちは、耕助さま。何をなさっていらっしゃるのですか?」
「あぁ、美咲さん! いつの間に?」
もぉ先輩ったら、熱中すると周りが見えなくなるんだから。
たったいま彼女が来たこと、先輩は謎解き問題を作ってくれていることをそれぞれに話した。
「あら面白そうですわ。ぜひわたくしにも挑戦させてください」
「美咲さんはどうしてこちらに?」
「おうち時間が長いのでアップルパイを焼いてみたんです。耕助さまにも食べて頂こうと思って」
「いいですね、アップルパイ! みんなで食べましょうよ」
先輩よりも先に僕が喜んでしまい、美咲さんからにらまれた。
彼女が奥のミニキッチンでパイを切り分けてくれるあいだに、先輩は謎解き問題を作り終えたみたい。顔を上げて満足そうにペンをテーブルに置いた。
「できたみたいですね」
「練習問題にはちょうどいいんじゃないかな」
ノートを差し出した先輩の隣へ行ってのぞきこもうとしたら――
「そこーっ! イチャイチャしなーい!」
アップルパイを運んでくる美咲さんに怒られた。ただノートを見ようとしただけなのに。
パイが乗ったお皿を受け取るときに「耕助さまに近づき過ぎです」と彼女は僕にだけ聞こえるようにささやいた。
「美味しそうですね。せっかくだから珈琲を淹れなおしましょう」
美咲さんと入れ替わりで先輩がキッチンへ向かう。
残された僕たちはあらためてノートを覗き込んだ。
『ちおとうかブル ガんとじテル』
「なんですかこれ……」
美咲さんが戸惑うのも分かる。
ひらがなとカタカナが入り混じった十三の、文とも言えない文字列が記されていた。これが先輩の考えた暗号か……。
何から考えればいいんだろう。カタカナが混じっていることにもきっと意味があるはず。
うーんと唸っているところへ珈琲の良い香りが漂ってきた。
「お待たせ。せっかくだから、まずはパイをいただこうよ」
先輩はソファへ腰を下ろし、お皿の上のパイをフォークで切り分けて口へ運ぶ。
「うん、美味しい。甘さもちょうどいい」
「そうですか! よかった、耕助さまのお口に合って」
褒められて美咲さんもうれしそう。今度は僕も先走らずに我慢したからね。
彼女が僕にも手のひらを向けて、どうぞと勧めてくれたので早速ひと口いただく。
これは美味しい。シナモンがいい感じのアクセントになっている。
なんだかんだ言って、美咲さんって何でもそつなくこなすタイプだよなぁ。せめて謎解きは負けないようにしなきゃ。
「先輩、この謎ときにヒントはないんですか?」
「そこに書くのを忘れてた。『おうち時間はステイホーム』だよ」
あのコマーシャルのフレーズがヒント!? どういうことだ。
映像は関係ない。あくまでもこの言葉に謎を解くカギが隠されているはず。
家にいる時間が長い……自由な時間がある……時間のことか?
それとも家に関わることなのかな。うーん。カタカナ混じりなのも気になるんだよなぁ。
「これはそれほど難しくないと思うけど」
先輩は香りを楽しみながら珈琲を飲んでいる。
美咲さんはというと……アップルパイを食べながらニコニコしていた。謎解きなんか忘れてるな、きっと。
「これって何か文章になっているんですか?」
「ううん。解いた答えは単語の組み合わせというか。単純な置き換えだね」
置き換え? 何を置き換えるんだろう。
ヒントは、おうち時間……おうちじかんはステイホーム……。
「わかった!」
「おっ、なかなか早いじゃないか。鈴木くんも成長してるね」
「先輩のヒントがあったからですよ」
まずは『おうち時間はステイホーム』、これがカギだった。
文字通り、『おうちじかん』は『ステイホーム』、つまり『お』を『ス』に、『う』を『テ』に、と置き換えればよかったんだ。
謎として出された『ちおとうかブル ガんとじテル』を置き換えていくと――
イスとテーブル ガムとホテル
たしかに意味がない単語の組み合わせになる。このためにカタカナが混じっていたんだ。
「頭を使う暇つぶしにはなったでしょ?」
「はい。十分に楽しめました。それにしてもあの短時間で思いついたんですか?」
「もちろん。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵だからね」
先輩が得意げな表情を見せている隣で、美咲さんはまだニコニコしている。
美味しいと褒められたのがよほどうれしかったみたい。
そんな彼女の気持ちもお見通し……とは思えないな、この名探偵さんは。
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