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第一章 国立サッカー場
第七話 SMS
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【西船橋駅 11:15】
階段を駆け下りて、ホームにいた千葉行きの電車へ津島は飛び乗った。すぐに扉が音を立てて閉まる。
次の船橋駅で快速に乗り換えなければいけない。
大きく深呼吸した津島は、立ったまま右のふくらはぎを揉んでいる。
【船橋駅 11:17】
電車から降りると向かいの番線に上りの各駅停車が入ってきた。
快速は隣のホームになる。
コンコースに上がり、案内表示を見上げる。十一時二十二分発、君津行きの快速に乗らなければならない。
急ぐ津島に合わせて、肩に掛けた布製のトートバッグが揺れている。
スマホを取り出し、通話しようとしたところに快速電車が入って来たので、ひとまず乗り込んだ。
【船橋~津田沼間 11:23】
車内の座席はほぼ埋まり、立っている人もちらほら見える。
乗降口の脇に立ち、あらためてスマホを取り出してLINEを立ち上げたときだった。
ピロリロリン、ピロリロリン。
場違いな音が車内に響き渡る。
一斉に視線を浴びながら、津島は慌ててガラケーを取り出した。使い慣れていない画面を見ると、メールのマークが表示されている。
マナーモードに変えてからメールを開くと、ショートメールが一通届いていた。
『外部への連絡は一切するな。次にそんな素振りが見えたら、人質は無事に帰らないと思え』
はっと顔を上げ、辺りを見回す。
さっき着信音が鳴ったせいか、彼を見ている人が数人いる。西船橋駅にいた半袖ポロシャツの青年もいた。
スマホを操作している人も多く、メールの送り主を特定できそうもない。
津島は少しためらった後、自分のスマホをそっとバッグへ入れた。
【稲毛駅 11:32】
車内を移動して、扉の上部に貼ってある路線図を見上げた。
停車駅のホームに目をやり、駅名を確認する。
「蘇我まではあと三駅か」
そうつぶやくとラファはスマホの時刻表示を確認し、空いているシートに座った。
空になったペットボトルをもてあそびながら、ゆっくりと視線を移動させる。
その先には膝の上に荷物を置いて抱え込むように座っている津島の姿があった。
【稲毛~千葉間 11:34】
蘇我に着くまでにはまだ時間がある。
車内はシートの空きも目立つようになっていた。津島は荷物を隣に置き、ポケットに突っ込んだメモを取り出す。
そこには乱雑な字で携帯の番号、そして木内と書かれていた。
「あの人は木内さんというのか。こどもの名前、何て言ってたっけ」
不安と緊張からなのか、誰に言うでもなく声に出している。
メモを再びポケットに入れると、今度はバッグからA4の紙を取り出した。そこに書かれたヒアリングのスケジュールをじっと見ている。
しばらくしてバッグに手を伸ばし、スマホを胸の前に持ってきた。顔を上げ車内をゆっくりと見渡した後、大きな深呼吸を一つ。
そしてそのままゆっくりとスマホをバッグに戻した。
【本千葉駅 11:42】
発車を知らせる電子音がホームから聞こえてきた。それが合図かのように、津島が胸ポケットから黒いガラケーを取り出す。
『次の蘇我駅で乗り換えろ。スマホの電源も切っておけ』
「ご丁寧に、乗換案内か」ショートメールの文面を見て苦笑いを浮かべた。
千葉駅で車内の乗客はかなり減っていた。いつの間にか、あの目立つ格好をした若い男性の姿もない。
津島はバッグの中に手を入れてスマホの電源を切ると、身代金が入ったトートバッグを肩にかけた。
【蘇我駅 11:46】
蘇我駅のホームに着くと、反対側には折り返しの東京へ行く快速電車が停まっていた。乗り換えの電車を探して津島はコンコースへと階段を上っていく。
表示板には『五番線 十一時四十九分発 外房線快速 上総一ノ宮行き』の文字があった。
ここでも発車が迫っているので、急いで隣のホームへの階段を下りる。
既に停まっていた電車へ乗り込み、空いている席を見つけて腰を下ろした。
それとなく廻りを見回している。
すぐにホームで電子音が鳴り、扉が閉まった。
【誉田~土気間 12:00】
蘇我から二つ目の駅を出てすぐ、三つ目のショートメールが届いた。
『無事に乗ったようだな。その場所を動かず指示を待て』
立っている乗客がまばらなこの車両で、そのほとんどがスマホを操作している。
誰もが犯人の可能性があるこの状況に津島はため息をついた。
その時、車両の連結部にある扉が開き、男が一人はいってきた。山高帽をかぶったその男は津島の前を通り過ぎ、空いているシートへ座った。
右手の手袋を外し、スマホを操作している。
散冴はLINEを立ち上げてラファへメッセージを送った。
「彼を確認。かなり周囲を気にしています」
すぐに返信が来る。
『蘇我から京葉線で東京へ移動中』
「指示を待てと伝えたので、上総一ノ宮駅へ着く前に何かあるのではと警戒しているようです」
『計画通りいきそうですね』
「大丈夫でしょう。彼はリスクを冒す性格ではないから」
メッセージを打ち終えるとスマホをポケットにしまい、流れる車窓の景色に目をやった。
【大網駅 12:08】
相対式のホームへ電車が入っていく。
扉が締まるアナウンスが始まると、津島の斜め前に座っていた男が慌てて立ち上がり、間一髪のタイミングで降りていった。
どうやら居眠りをしていたらしい。
電車は何事もなかったかのように次の駅へと向かっている。
「あんな風に扉が閉まる直前で奪われたら……」
津島はシートの隣に置いていたトートバッグへ目をやると、持ち手に腕を通して膝の上へと移動させた。
【茂原駅 12:21】
あと十分ほどで終点の上総一ノ宮に着く。
茂原駅につくと、津島は胸ポケットからガラケーを取り出して握りしめた。
駅を発車してすぐ、手に振動を感じる。
『十二時三十四分発の特急わかしお十二号の六号車に乗れ。乗り換えは二分だ』
ガラケーを閉じた津島は口を真一文字に結び、到着案内を表示している電光ボードを見上げた。右手を伸ばしてふくらはぎを揉んでいる。
山高帽の男が席を立って扉の前へ移動した。電車は減速を始める。
やがて上総一ノ宮駅のホームが見えてきた。
【上総一ノ宮駅 12:32】
平日の昼下がり、静かな趣のホームには潮の香りが漂う。
階段へと向かう散冴の横を、バッグと書類ケースを持ちトートバッグを肩にかけた男が抜き去っていった。そのまま高架へと駆け上がっていく。
遅れて高架を渡り、改札へと向かうところで黄色と青のカラーリングが施された白地の車体がホームに入ってきた。
スマホを右手で取り出し、耳に当てる。
「あぁ、ラファ。東京駅に着きましたか」
その目は特急わかしお十二号へ乗り込もうとしている津島を追っていた。
「ええ、こちらも予定通りです」
通話をしながら改札を抜ける。駅前にも人は少ない。
「おそらく警察の尾行を確認するために私たちがこんな面倒な方法をとったと思っているでしょう。いま来たばかりの経路を戻るんですから」
バス乗り場を避けて日の当たるところに立ち止まった。
「ええ、それは小夜子さんに任せておけば心配いりません。こどもの扱いはプロですよ」
ラファからの応えに、ふふっと声を漏らす。
「それを彼は知りませんからね。もちろん木内さんも」
何かを探すように散冴は街並みをゆっくりと見渡している。
「そうかもしれません。東京駅へ着くまでに身代金をどうやって受け渡すのか、頭の良い彼ならばそのことを考えているはず。わかしおが到着する京葉線のホームからヒアリング会場の国際フォーラムまでは五分もあれば行きますからね。十四時からのプレゼンには間に合うことになります」
目的の場所を見つけたのか、横断歩道を渡っていく。
その先には同じ屋号の鮮魚店と定食屋が並んでいた。
「大丈夫ですよ。このあとは南条さんに任せましょう。食事をする時間もなく折り返した津島さんには申し訳ないけれど、私は海鮮丼を食べて帰ります。きっと美味しいはずですから」
通話を切ると、古い店構えの暖簾をくぐった。
階段を駆け下りて、ホームにいた千葉行きの電車へ津島は飛び乗った。すぐに扉が音を立てて閉まる。
次の船橋駅で快速に乗り換えなければいけない。
大きく深呼吸した津島は、立ったまま右のふくらはぎを揉んでいる。
【船橋駅 11:17】
電車から降りると向かいの番線に上りの各駅停車が入ってきた。
快速は隣のホームになる。
コンコースに上がり、案内表示を見上げる。十一時二十二分発、君津行きの快速に乗らなければならない。
急ぐ津島に合わせて、肩に掛けた布製のトートバッグが揺れている。
スマホを取り出し、通話しようとしたところに快速電車が入って来たので、ひとまず乗り込んだ。
【船橋~津田沼間 11:23】
車内の座席はほぼ埋まり、立っている人もちらほら見える。
乗降口の脇に立ち、あらためてスマホを取り出してLINEを立ち上げたときだった。
ピロリロリン、ピロリロリン。
場違いな音が車内に響き渡る。
一斉に視線を浴びながら、津島は慌ててガラケーを取り出した。使い慣れていない画面を見ると、メールのマークが表示されている。
マナーモードに変えてからメールを開くと、ショートメールが一通届いていた。
『外部への連絡は一切するな。次にそんな素振りが見えたら、人質は無事に帰らないと思え』
はっと顔を上げ、辺りを見回す。
さっき着信音が鳴ったせいか、彼を見ている人が数人いる。西船橋駅にいた半袖ポロシャツの青年もいた。
スマホを操作している人も多く、メールの送り主を特定できそうもない。
津島は少しためらった後、自分のスマホをそっとバッグへ入れた。
【稲毛駅 11:32】
車内を移動して、扉の上部に貼ってある路線図を見上げた。
停車駅のホームに目をやり、駅名を確認する。
「蘇我まではあと三駅か」
そうつぶやくとラファはスマホの時刻表示を確認し、空いているシートに座った。
空になったペットボトルをもてあそびながら、ゆっくりと視線を移動させる。
その先には膝の上に荷物を置いて抱え込むように座っている津島の姿があった。
【稲毛~千葉間 11:34】
蘇我に着くまでにはまだ時間がある。
車内はシートの空きも目立つようになっていた。津島は荷物を隣に置き、ポケットに突っ込んだメモを取り出す。
そこには乱雑な字で携帯の番号、そして木内と書かれていた。
「あの人は木内さんというのか。こどもの名前、何て言ってたっけ」
不安と緊張からなのか、誰に言うでもなく声に出している。
メモを再びポケットに入れると、今度はバッグからA4の紙を取り出した。そこに書かれたヒアリングのスケジュールをじっと見ている。
しばらくしてバッグに手を伸ばし、スマホを胸の前に持ってきた。顔を上げ車内をゆっくりと見渡した後、大きな深呼吸を一つ。
そしてそのままゆっくりとスマホをバッグに戻した。
【本千葉駅 11:42】
発車を知らせる電子音がホームから聞こえてきた。それが合図かのように、津島が胸ポケットから黒いガラケーを取り出す。
『次の蘇我駅で乗り換えろ。スマホの電源も切っておけ』
「ご丁寧に、乗換案内か」ショートメールの文面を見て苦笑いを浮かべた。
千葉駅で車内の乗客はかなり減っていた。いつの間にか、あの目立つ格好をした若い男性の姿もない。
津島はバッグの中に手を入れてスマホの電源を切ると、身代金が入ったトートバッグを肩にかけた。
【蘇我駅 11:46】
蘇我駅のホームに着くと、反対側には折り返しの東京へ行く快速電車が停まっていた。乗り換えの電車を探して津島はコンコースへと階段を上っていく。
表示板には『五番線 十一時四十九分発 外房線快速 上総一ノ宮行き』の文字があった。
ここでも発車が迫っているので、急いで隣のホームへの階段を下りる。
既に停まっていた電車へ乗り込み、空いている席を見つけて腰を下ろした。
それとなく廻りを見回している。
すぐにホームで電子音が鳴り、扉が閉まった。
【誉田~土気間 12:00】
蘇我から二つ目の駅を出てすぐ、三つ目のショートメールが届いた。
『無事に乗ったようだな。その場所を動かず指示を待て』
立っている乗客がまばらなこの車両で、そのほとんどがスマホを操作している。
誰もが犯人の可能性があるこの状況に津島はため息をついた。
その時、車両の連結部にある扉が開き、男が一人はいってきた。山高帽をかぶったその男は津島の前を通り過ぎ、空いているシートへ座った。
右手の手袋を外し、スマホを操作している。
散冴はLINEを立ち上げてラファへメッセージを送った。
「彼を確認。かなり周囲を気にしています」
すぐに返信が来る。
『蘇我から京葉線で東京へ移動中』
「指示を待てと伝えたので、上総一ノ宮駅へ着く前に何かあるのではと警戒しているようです」
『計画通りいきそうですね』
「大丈夫でしょう。彼はリスクを冒す性格ではないから」
メッセージを打ち終えるとスマホをポケットにしまい、流れる車窓の景色に目をやった。
【大網駅 12:08】
相対式のホームへ電車が入っていく。
扉が締まるアナウンスが始まると、津島の斜め前に座っていた男が慌てて立ち上がり、間一髪のタイミングで降りていった。
どうやら居眠りをしていたらしい。
電車は何事もなかったかのように次の駅へと向かっている。
「あんな風に扉が閉まる直前で奪われたら……」
津島はシートの隣に置いていたトートバッグへ目をやると、持ち手に腕を通して膝の上へと移動させた。
【茂原駅 12:21】
あと十分ほどで終点の上総一ノ宮に着く。
茂原駅につくと、津島は胸ポケットからガラケーを取り出して握りしめた。
駅を発車してすぐ、手に振動を感じる。
『十二時三十四分発の特急わかしお十二号の六号車に乗れ。乗り換えは二分だ』
ガラケーを閉じた津島は口を真一文字に結び、到着案内を表示している電光ボードを見上げた。右手を伸ばしてふくらはぎを揉んでいる。
山高帽の男が席を立って扉の前へ移動した。電車は減速を始める。
やがて上総一ノ宮駅のホームが見えてきた。
【上総一ノ宮駅 12:32】
平日の昼下がり、静かな趣のホームには潮の香りが漂う。
階段へと向かう散冴の横を、バッグと書類ケースを持ちトートバッグを肩にかけた男が抜き去っていった。そのまま高架へと駆け上がっていく。
遅れて高架を渡り、改札へと向かうところで黄色と青のカラーリングが施された白地の車体がホームに入ってきた。
スマホを右手で取り出し、耳に当てる。
「あぁ、ラファ。東京駅に着きましたか」
その目は特急わかしお十二号へ乗り込もうとしている津島を追っていた。
「ええ、こちらも予定通りです」
通話をしながら改札を抜ける。駅前にも人は少ない。
「おそらく警察の尾行を確認するために私たちがこんな面倒な方法をとったと思っているでしょう。いま来たばかりの経路を戻るんですから」
バス乗り場を避けて日の当たるところに立ち止まった。
「ええ、それは小夜子さんに任せておけば心配いりません。こどもの扱いはプロですよ」
ラファからの応えに、ふふっと声を漏らす。
「それを彼は知りませんからね。もちろん木内さんも」
何かを探すように散冴は街並みをゆっくりと見渡している。
「そうかもしれません。東京駅へ着くまでに身代金をどうやって受け渡すのか、頭の良い彼ならばそのことを考えているはず。わかしおが到着する京葉線のホームからヒアリング会場の国際フォーラムまでは五分もあれば行きますからね。十四時からのプレゼンには間に合うことになります」
目的の場所を見つけたのか、横断歩道を渡っていく。
その先には同じ屋号の鮮魚店と定食屋が並んでいた。
「大丈夫ですよ。このあとは南条さんに任せましょう。食事をする時間もなく折り返した津島さんには申し訳ないけれど、私は海鮮丼を食べて帰ります。きっと美味しいはずですから」
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