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獅子の子落とし
しおりを挟むぺペン♪
ペン♪
待合い茶屋の二階から上手くもない三味線の音が虎也とドス吉の耳にも聞こえてくる。
しんとした静寂よりもペンペンと鳴っているほうが話しやすい。
もう今生で語り合うのも最後の夜だろうと思うとお互いに口が軽くなった。
「何だって顔が綺麗なだけの性悪の竜胆なんざとは思うがよ、一緒に死にてぇほど惚れた相手がいるってのも、ちょいと羨ましいぜ。親父にも言われたが、俺は何にでも冷めてて熱くなれるものがねぇからな」
「ふぅん、俺ぁ、虎也、おめえが冷めてるのも分かるような気がするがな。おめえは火消しの花形の纏持ちで、火事場は野次馬の熱狂の渦でよ、おめえは火の粉を浴びながら、ことさらに気持ちを鎮めようとするだろ?それが習い性になっちまってんぢゃねぇか?」
たしかに虎也は火事場では冷静になろう、冷静になろうと努めている。
そのせいで自分は冷めたのかとは考えたこともなかった。
(コイツ、滅多にしゃべらねぇ奴だと思っていたら、案外、頭も良かったのか?)
虎也は今までドス吉のことは何も知らなかった。
刃物のような物騒な目付きをして筋骨隆々な大男にも似合わぬ案外な奴だったのだ。
月明かりの下、
幼馴染み二人の路地での立ち話もふと途切れると、
「――それはそうと、おめえはたぬき会には出ねえほうがいいんぢゃねえか?」
ドス吉が改まって忠告した。
「新猫魔では猫魔の里から若い衆を五十人も江戸へ呼び寄せるらしいぢゃねえか。奴等が恨んでるのは猫使いのお玉様を奪った富羅鳥と、衰退した猫魔を捨てた熊蜂姐さんだが、それに、他でもねえ、虎也、おめえもなんだぜ」
「――へ?俺は生まれも育ちも江戸で、猫魔の里には明和の大火の後に疎開してた二年ばかりしかいなかったし、別段、恨まれるような覚えはねえが?」
虎也は心外そうに首を捻る。
「覚えがねえ?火消しの六人はおめえが江戸へ戻る時に猫魔の里から連れ出した連中だろうが?」
ドス吉は呆れ顔する。
虎也が六人を江戸へ連れていってしまったせいで猫魔の里では六人もの若い働き手をいっぺんに失ったのだ。
とばっちりを喰った猫魔の若い衆はそれまでの倍も野良仕事をしなくてはならなくなった。
彼等は野良仕事で汗水を流し、泥にまみれて、ヘトヘトになって働く日々の五年の間、『それもこれも虎也の奴が六人をそそのかしたせいだ』と虎也を恨み続けているというのだ。
「むぅん、そう言われたら、そうだろうな」
虎也は渋い顔をした。
今の今まで猫魔の里に残された若い衆のことなど考えたこともなかった。
ただ、火消しの六人は江戸で稼ぎのいい鳶職に就いて、日本橋の裏長屋で豊かな暮らしをしていて、猫魔の里の貧しい百姓の暮らしから引っ張り出してくれた虎也に恩義も感じているのだから自分は良いことをしたとばかり思っていたのだ。
「そのうえ悪いことに、この夏、猫魔の里は大雨にやられて田んぼが全滅したって聞いてる。それで、奴等は自棄のやんぱちで捨て身になってるんぢゃねえか?」
ドス吉はさらに畳み掛ける。
「むぅん、俺は自棄くその新猫魔の奴等の標的にされるってえ訳か」
虎也は腕組みをして唸った。
(まさか親父はそれを承知で俺に新猫魔に加われと勧めていたのか)
(わざわざ俺を窮地に追いやるようなことを)
(まあ、あの親父らしいが)
また先ほどの丁子屋でのムシャクシャがぶり返してくる。
おそらく、父、又吉は『獅子は千尋の谷へ子を落とす』という方針なのだろう。
無能な人間は虫ケラ同然、親子の情もなく実力次第、又吉はそういう男なのだ。
「いったい、来月のたぬき会で新猫魔が何を企んでるのか知らねえが、ああ、そっちがその気なら受けて立ってやるぜっ」
虎也はついぞなく血が熱く燃え立つのを感じてきた。
「おいおい、俺ぁ、止めたんだぜ?」
ドス吉は今度は分かりやすくニヤリと笑った。
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