富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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鯛も比目魚も食うた者が知る

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(あのサギというわらしの顔)

(我が殿、鷹也様の十四、五歳の頃に生き写しではないか)

(元服前の鷹也様は娘子むすめご見紛みまごうほど可愛ゆらしかった)

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人はサギの神妙になった顔を見て、このように思っていた。

(もしや、お鶴の方様の?)

(あの時、たしか産み月だったはずだから年頃もちょうど合う)

(お鶴の方様がご無事で御子おこを産まれていたなら、これほど喜ばしいことはない)

 三人はチラと児雷也の横顔を見やった。

「――」

 相変わらず児雷也は伏し目のまま微動だにせず沈思黙考である。

 先ほどから児雷也が物憂げに黙り込んでいるのも母上であるお鶴の方の安否を気に掛けているからに違いないのだ。

 児雷也は御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人のことさえ思い出したのだから十四年前に富羅鳥山で生き別れた母上のことも思い出したのだろう。


 そんな悲喜こもごもの胸中をよそに、

「ギョチョモク、申すか、申すか」

「申す、申すぢゃっ」

 まだサギは小梅とギョチョモクを続けていた。

「サギ、ギョ」

「魚かぁ。わしゃ、鳥が得意ぢゃのにぃ」

「だからチョは出さないのさ」

「ちぇっ、小梅は厳しいの。ええと、鯛ぢゃろ。ええと、鯛、ええと、鯛――」

 サギは頭を抱えて天井を仰いだ。

「くああっ、鯛しか浮かばんのぢゃっ」

 自分でギョチョモクをやりたがったくせに五つも答えられない。

 そもそも山育ちのサギは魚をそれほど食べたことがないし、江戸へ来てから初めて食べた鯛の美味しさが忘れられないのだ。


「よっぽど鯛が食べたいようだねぇ?」

 次の間から熊蜂くまんばち姐さんの笑いを含んだ声が聞こえた。

「うんっ、食べたいんぢゃっ。めっぽう、めっぽう、食べたいんぢゃっ」

 サギは熱心に繰り返す。

「お安い御用さ。――おピン、おピン」

 熊蜂姐さんは手を打って女中のおピンを呼んだ。

「ちょいと料理茶屋に鯛の尾頭付きとそう言っとくれ。目出度いから祝い膳だよ。そうだね、二十人前もあればいいね。御酒ごしゅもたっぷりとね」

 唐突に鯛を注文しても間に合うのは鯛屋敷という広大な鯛の生け簀のある日本橋ならではだ。

「うわぃっ、鯛ぢゃあっ」

 サギは大喜びで万歳する。

 グルルルッ、
 グウ~ッ
 キュルッ

 お腹の鳴る大きな音が三つも響いた。

「これは、とんだ不調法を」

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人は昼に屋台の焼き団子を一本ずつ食べたきりで腹ペコだった。

 この十四年の間、富羅鳥藩士の身分を隠し、盛り場をうろつく遊び人になりきっていたのでご馳走とは無縁の日々であった。

「――さてと」

 おもむろに熊蜂姐さんが次の間から姿を現し、縁起棚えんぎだなを背に長火鉢の前にしどけなく腰を下ろした。

「――っ」

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人はあまりに妖艶な美女の出現にハッと目を見開く。


「ふふふ、何を隠そう、前々から玄武ではお前さん方のことは知ってたのさ。芳町の矢場で賭けをしてたろう?」

 熊蜂姐さんは必殺の流し目を三人にくれる。

「えっ?ええ」

「そ、それはその」

「いや、ど、どうも」

 三人は熊蜂姐さんの色香に骨抜きにされてグニャグニャのしどろもどろだ。

 ともかく御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人は弓しか取り柄がないので若君様を捜す旅でのかてを得るために矢場で腕自慢を相手に賭け勝負をして稼いでいたのだ。

 どこの御城下にも相当な剛の者がいたが、おかげで弓の腕前はますます磨かれていった。


「あたしゃね、お前さん方の忠義心にまったく感心したんだよ。十四年もそりゃあ血眼ちまなこになって若君様を捜したことだろうねぇ。そんなゴロツキみたいなご面相になるほど苦労したんだろうねぇ」

 熊蜂姐さんは情感たっぷりにそう言うとホロリと袂で目元を押さえる。

 勿論、嘘泣きの小芝居である。

「ホントによく辛抱して偉かったねぇ」

 見た目は二十代半ばの熊蜂姐さんだが実年齢は五十八歳なので三十代半ばの三人も子供扱いだ。

「うぐっ」
「んくぅっ」
「ぐふっ」

 とたんに三人は感涙にむせんだ。

 十四年の年月の犬馬けんばの労を初めて人から褒められたのだ。

 まさか熊蜂姐さんが自分等の母親と変わらぬ年齢としとは知る由もないが、その慈母のような優しさに三人は心を打たれ、武士の体面もなく泣きに泣いた。

(ふふふ、たわいもない)

(もう、この三人はあたしの思いのまま)

(猫魔の女に逆らえる男などいやしないのさ)


 さらに熊蜂姐さんの小芝居は続く。

「おや、サギ?髪に松葉がくっ付いてるぢゃないかえ」

「あ、さっき松の木に登ったからぢゃろ」

「おやまあ、ボサボサだし、どれ、いてやろうね」

 熊蜂姐さんはサギの背後に座ると、先ほど忍びの猫にゃん影の毛を梳いた黄楊つげくしでサギの尻尾のような長い髪を梳いた。

「うひゃひゃ、なんぢゃ富羅鳥の母様かかさまを思い出すのう」

「ふふふ、そうかえ?江戸ではあたしをおっ母さんと思ってくれていいんだよ」

「えへぇ?ぢゃけどぉ、わしゃ、熊蜂姐さんの年齢としを知っとるからの。母様かかさまというよりはばばさ――」

 みなまで言わさず、

「何だって?どの口が言ったのかえ?この口かえっ?」

 熊蜂姐さんはサギの口の両端を摘まんで思いっ切り引っ張った。

「いがが、あががっ」

 サギはジタバタともがく。

 こういう乱暴な扱いはまるで富羅鳥の鬼のシメのようだ。

 どうやら熊蜂姐さんはサギの扱い方をすっかり心得ているらしい。
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