富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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そも陰謀とは

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 一方、ややさかのぼって日暮れ時。


「ええ?たぬき会の会場が桔梗屋に変更になっただと?」

 猫魔の虎也は父、又吉に呼び出され、薬種問屋、丁子屋ちょうじやの座敷にいた。

「うむ。まったく願ったり叶ったりなことにな」

 又吉はにんまりと箸を取って、晩ご飯の秋刀魚さんまの身をほぐしている。

「い、いや、会場がどこだって俺には関係ねえからな。親父だって、いい加減、目を覚ましたらどうなんだ?だいたい俺はメシを食いに来た訳じゃねえぜ。上様の暗殺などという無謀なくわだてから手を引くように説得に来たんだ」

 虎也は晩ご飯の箱膳を横に押し退け、重々しげに語気を強めた。

 日頃、何事にも冷めている虎也にしたら精一杯、熱心なつもりだ。

「ふん、人を見て法を説け。陰謀はわしの生き甲斐だ。夢寐むびにも忘れず、寝ても覚めても陰謀、すなわち、陰謀が人生のすべてなのだ」

 又吉は『無謀』という言葉がはなはだ不愉快なようである。

「けどよ、よしんば暗殺を成し遂げたところでその場で捕まるに決まってるし、死罪になれば無駄に犬死にだろうが?」

 虎也はこんな当然のことを父親にさとすのも馬鹿馬鹿しいという顔をする。

「ああ、あわれむべし。我が虎の子がいったい誰に飼われて犬の子に成り下がったか」

 又吉はガッカリと肩を落とし、大袈裟に嘆息を漏らした。

「――」

 虎也はムッと顔をしかめる。

「虎也よ。お前は陰謀のなんたるかをまだ分かっておらんようだな。――いいか?耳の穴をかっぽじって、ようく聞くがよい。陰謀とは文字どおり、陰ではかりごとを成すことだ」

 にわかに又吉は厳かな口調になる。

「わしもお前も陰で指示を出すだけで表立って動くことはない。そもそも、たぬき会にも呼ばれておらんのだからな。当日の会場にわし等の姿もなく、何の罪に問われる懸念もない」

「え?じゃ、いったい、暗殺の刺客しかくは誰が?」

 そういえば、虎也は暗殺計画の詳しい内容を初めて聞くのだ。

 又吉は目をギラリと剥き、おもむろに答えた。

「刺客は――玄武一家の竜胆りんどうとドス吉だ」

「え、ええっ?」

 虎也は思いもよらぬ二人の名に、信じられぬように目をしばたいた。

 暗殺の刺客が竜胆とドス吉とは。

「ふふん、まったく都合の良いことに、美少年の竜胆、筋骨隆々のドス吉、あの二人は鬼武一座の児雷也と坊主頭に年頃といい、背恰好といい、そっくりではないか?」

「あ、そいぢゃ、竜胆を児雷也、ドス吉を坊主頭の替え玉に?それで、キツネ面の武士は児雷也をかどわかすように言っていたのか」

「おお、今こそ聞かせよう。将軍様暗殺計画の筋書きを――」

 又吉は得意げに鼻の穴を膨らまし、やおら解説を始めた。


 まず、たぬき会の当日、猫魔の忍びの若い衆が鬼武一座を襲い、児雷也と坊主頭をかどわかし、その二人と衣装を取り替えた竜胆とドス吉が替え玉となって、たぬき会の行われる桔梗屋へと向かう。

 そして、たぬき会の恒例である余興に登場するのだ。

「あ、そこで児雷也に成りすました竜胆が見世物の投剣で上様を狙い撃ちに?」

 虎也が話の途中で口を挟むが、

「いや、そう思うだろうが、この計画は実際に上様を亡き者にすることが目的ではない」

 又吉はますます鼻の穴を膨らませつつ、

「児雷也に成りすました竜胆が登場すると、そこで、上様の側近中の側近であるキツネ面の武士、もとい、お側用人の木常きつね様がいち早く偽者と気付き、『曲者くせものぢゃーっ』と竜胆とドス吉をバッサリと斬り捨てる」

 諸手もろてに掴んだ箸で素早くバッテンを描いて袈裟けさ斬りに二人を斬る真似をしてみせ、ニヤリと片頬で笑った。

「――」

 虎也は唖然として息を呑んだ。

しかのち、木常様は上様のお命を守った忠臣と称えられ、その一方、田貫様は上様のお命を狙った逆臣と疑いを掛けられるという、いわば田貫様の立場を窮地におとしいれんがための策略なのだ」

「――」

「これまでにも木常様は上様の食膳に毒を盛ったり、若様のお茶に毒を盛ったり、その都度、田貫様に疑惑の目が向けられるようにはかってきたが、今年のたぬき会はその集大成という訳だ」

「――」

「また都合の良いことに竜胆とドス吉は猫魔の一族ではない、玄武一家のチンピラだ。そして、玄武と田貫様は親類関係にある。田貫様の正妻は玄武の親分の腹違いの妹だからな。どう考えても田貫様に分が悪い。しかも、『死人に口なし』、誰に指示されたと申し開くすべもなく竜胆とドス吉は木常様に斬り捨てられておるのだから」

 又吉は鼻の穴を膨らまし、膨らまし、上機嫌で語っている。

 おそらく、これまでに木常どん兵衛が盛ってきた数々の毒も薬種問屋の旦那である又吉から調達したのであろう。

「――」

 虎也は谷底へ突き落とされたような気持ちだった。

 我が父ながら、なんという血も涙もない『ひとでなし』であろう。

 竜胆もドス吉も明和の大火で猫魔の里に疎開していた時に又吉から忍びの修行を受けたのだ。

 又吉は竜胆とドス吉の能力の高さを認めて特に目を掛けていたはずなのだ。

 その教え子の命を虫ケラほどにも思わぬというのか。


「けどよ、竜胆がそんなはかりごとに乗る訳がねえっ」

 虎也はブンブンとかぶりを振った。

「いや、実はもう話したのだが、竜胆はやる気満々だ」

「な、何で?」

「そりゃあ、猫質ねこじちにされたお前の愛猫とらじろうを救い出し、お前に恩を着せたい一心だろう?妙にムキになっていたからな」

 どうやら、竜胆は先日、とらじろうの代わりに持ってきたトラ猫の尻尾を切ろうとして虎也に邪険に突き飛ばされ、あまつさえ足を掴んで引き擦り出されたことを根に持っているようだ。

 虎也が自分よりも猫のとらじろうのほうが大事なのだと、自棄やけになっているのかも知れない。

「そして、ドス吉は竜胆のためなら火にも水にもよろこんで飛び込む男だ」

「あ、ドス吉、アイツ、そうだったのか。どうりで男をメロメロにする蜂蜜や小梅の傍に用心棒で付き添っていてデレデレ鼻の下を伸ばすこともない木石漢ぼくせきかんかと思ったら」

「まったく、お前の目は節穴か。――ああ、ちょうど今時分、竜胆は桔梗屋で屋敷の下見をしている頃合いだろう」

 又吉はさて晩ご飯の続きと、秋刀魚さんまをパクッと口に入れた。

「マ、マジかよ?」

 虎也は苦虫を噛み潰したような顔であった。
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