富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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喉から手が出る

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 そこへ、

 時の氏神であろうか、なかろうか、

「あれまあっ、玉丸ぅ?」

「来てたのかえっ?」

 猫魔のお虎とお三毛が声を弾ませて裏木戸から入ってきた。

 この美人姉妹はまだ江戸にいたのだ。

 二人はめかしこんで芝居見物へ行ってきた帰りらしく、手に手に色刷りの絵番付をヒラヒラと持っている。

「なんて間が良いこと。ねえ?玉丸ぅ、ちょいとお願いがあるんだよぉ」

「玉丸ぢゃなくて玉左衛門だってば、あたしもお願いがあんだけどさぁ」

 二人は猫魔のお家芸の猫撫で声を出し、我蛇丸を両側から挟んで猫のようにゴロゴロとすり寄った。

「――」

 我蛇丸は睫毛まつげの一本すら動かさず、視線を前方に向けたまま、両脇の二人をことさら無視する。

 だいたい玉丸でも玉左衛門でもないのだ。

「ああもう、分かったよ。我蛇丸でいいよ。それより、お願いなんだってば」

「ねえ?我蛇丸ぅ?お願いだからさあ」

 二人はわらしがおねだりするように我蛇丸の半纏の袖を引っ張る。

 そも二人のお願いとは?

「ちょいとばかり『金鳥』の金煙を分けてくんないかえ?」

「ね?」

 お虎とお三毛は両脇から甘えるような上目遣いで我蛇丸を見上げた。

「――え?」

 我蛇丸もシメ、ハト、文次も『金鳥』と聞いてドキリとした。

 だが、

 ここで狼狽うろたえてはならない。

「何で『金鳥』がいるんぢゃ?二人とも充分に若返って二十歳そこそこにしか見えんがのう」

 我蛇丸は動揺を隠し、わざとトボけた調子で言った。

「――」

 お縞が怪しむように目をすがめる。

 普段の我蛇丸らしからぬトボけた口調を奇妙に思ったのだ。

「うぅ~ん、そうだけどさ。ほんの三月みつきばかり若返りたいだけなんだよ。ほらぁ、この夏の日照りでさ、ここんとこ、ちょいとソバカスが出ちまってぇ。江戸へ来たら金煙で治そうと思ってたんだよ」

 お虎はれったそうに身悶えし、自分の鼻の上を指差す。

「あたしもだよ。ほらぁ、ここ、酔っ払って転んじまってさ、膝小僧を擦り剥いたとこがカサブタになっちまってぇ」

 お三毛は着物の裾を捲ってなまめかしい素足をあらわにする。

 二人とも完璧な美貌を保つために『金鳥』の金煙が目当てでわざわざ江戸まで出てきたのだ。

 二十歳ほどに若返ったところで「これでよし」とはならぬのが女子おなごの美への飽くなき欲望の凄まじさか。

「ねえ?いいだろぉ?」

「ほんのちょっとだし、減るもんぢゃないんだろぉ?」

 二人は我蛇丸の肩に顎をすりすりして甘える。

 なにやらせ返るような白粉おしろいの香りが鼻を突く。

 そこらへんの男ならコロッと言いなりになってしまう猫魔の女のゴロニャンの魔力であろうが我蛇丸には通じやしない。

「お断わりぢゃ。そんな下らんことに富羅鳥藩の秘宝を使うなどもってのほかぢゃ」

 我蛇丸はまさか『金鳥』を盗まれたとは口が裂けても言われぬので、わざと怒ってみせて両脇の二人を邪険に突き放した。

 その時、

「そうだよ。お前達、いつまでも江戸にグズグズしてないでさっさとお帰りっ」

 熊蜂くまんばち姐さんの甲高い声が響いた。

 奥でおマメから富羅鳥の面々が来ていることを聞いて出てきたようだ。

 すると、

「おやっ、黒べえぢゃないかえ?」

 やにわに熊蜂姐さんがにゃん影を見て驚いたように叫んだ。

「ニャニャッ」

 にゃん影はおそらく「猫違いぢゃ」と答えたのであろう。

「ああ、熊蜂姐さん、その黒猫はにゃん影ってんだよ。お玉姐さんが富羅鳥に連れてきた黒猫の孫猫さね」

 お縞がそう教える。

「孫猫?ああ、やっぱり。あたしゃ一目で分かったよ。お玉の黒べえに生き写しだ」

 熊蜂姐さんは感に堪えたように縁側に膝を突き、目をうるうるさせて、にゃん影を見つめた。

(いや、黒猫なんて、みな似たり寄ったりでは?)

 富羅鳥の面々はそう思ったが熊蜂姐さんの感動の場面を邪魔するとご機嫌を損ねるので黙っている。

「おや、毛並みがパサパサぢゃないかえ。今、黄楊つげくしでようくかしてやろうねぇ。――おピン、おピン。料理茶屋から刺身を貰っといで」

 熊蜂姐さんはにゃん影を抱き上げると女中のおピンを呼びながら奥へ行ってしまった。


「ねえ?我蛇丸ぅ?ほんのちょっとだけでいいんだからさ」

「後生だから、我蛇丸ぅ、ねっ、このとおりっ」

 お虎とお三毛は熊蜂姐さんがいなくなると、また上目遣いの甘え声でお願いを繰り返してきた。

「――」

 我蛇丸はかたくなに無視する。

「ええと、わし等はおマメの顔を見に寄っただけぢゃしのう」

「おう、そうぢゃ。おマメも元気そうで安心したし、そろそろ帰ろうかの」

「そうぢゃ、そうぢゃ」

 シメ、ハト、文次は藪から棒に蜜乃家を訪れた件をそう誤魔化し、お虎とお三毛に挟まれている我蛇丸を引っ張り出し、長居は無用とばかりに裏庭の折り戸を出ていった。


 どうやら、猫魔はまったく『金鳥』の盗みとは関係なさそうだ。
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