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瓜の蔓に茄子はならぬ
しおりを挟む「――わしを頭領に?猫魔には虎也がおるぢゃろうが?たしか同い年のはずぢゃが?」
我蛇丸はだしぬけに頭領に任命すると言われて一応は驚いたのだが、至って冷静に問い返した。
「そうぢゃ。虎也も巳年の生まれぢゃろうが?」
「我蛇丸は皐月の半ばの生まれぢゃが、虎也のほうが生まれ月は後か?」
ハトもシメも頭領は年齢の順で決まるものかとばかり思った。
「へええ、虎也も皐月の半ばの生まれだよ。そいぢゃ、あたしとお玉は姉妹で仲良く同じ頃に身籠ってたってぇことかい?」
お虎は何やら怪しむような目で我蛇丸の顔をまじまじと見た。
「ああ、生まれ月なんざぁ関係ない。猫魔は猫使いが頭領になる掟なんだよ」
熊蜂姐さんがピシッと我蛇丸を指す。
「玉丸、ぢゃない、玉左衛門。お前はその猫使いなのさっ」
「――猫使い?わしが?」
我蛇丸は目を丸くした。
「いや、わしは猫の鳴き声もニャアニャアとしか聞こえんし、猫と話すことも出来んが、何で猫使いなんぢゃ?」
そもそも猫使いがどういうものなのか我蛇丸は知りもしない。
「たとえ人の言葉だろうが猫使いの言うことなら猫は聞くんだよ。そして、猫使いの言うことには従うのさ。伝書猫を使っているのがなによりの証拠ぢゃないか」
熊蜂姐さんがそう説明すると、
「ああ、猫使いが命じなきゃ何で勝手気ままな猫が律儀に文なんか届けるものかい」
横からお三毛がつっけんどんに付け足す。
「そういえば、にゃん影は我蛇丸の言うことしか聞かんかったのう」
「ああ、我蛇丸がにゃん影を伝書猫に託した相手の言うことなら聞くがのう」
シメとハトが納得したように頷き合う。
「ほら、ごらん。間違いない。玉左衛門は猫使いなんだよ。猫使いはどんなに修行してもなれるものぢゃない。生まれつき備わった能力なのさ」
熊蜂姐さんは誇らしげに我蛇丸を見返す。
猫使いは猫魔の一族にとって顕然たる権力の象徴なのだ。
「わしが猫使い――」
我蛇丸は生まれつき持っていたらしい能力で猫魔の頭領というのはどうかと思った。
しかも、若頭の虎也が継ぐはずの身分を横取りするようではないか。
その時、
「お連れ様がお見えになりました」
女中に案内されて虎也が座敷へ入ってきた。
「どうも遅くなりまして――」
虎也はぶっきらぼうに一礼して小梅の隣に座った。
「あれ?湯屋へ行ったのかい?」
小梅が鼻をヒコヒコさせた。
身体を洗う糠のニオイで湯屋へ寄ったことが分かったらしい。
「あ、ああ。鳶の仕事で汗になったからな。ひとっ風呂浴びてきたのさ」
虎也は父、又吉のいる丁子屋に行ったことを母、お虎に知られまいと薬湯のニオイを消すために湯屋へ寄って着物も替えてきたのだ。
忍びの一族はみな嗅覚が人並み以上なので隠し事をするにも細心の注意を払わねばならない。
「――さ、もう猫魔の頭領と決まったからには玉左衛門が真ん中だよ」
熊蜂姐さんはシメとハトを脇にしっしと追い払って、我蛇丸を床の間を背にした上座の真ん中に据えた。
「――たまざえもん?」
虎也は(何だそりゃ?)という半笑いで小梅に見返る。
「ぷふふ」
小梅は笑いを堪えている。
ここは我蛇丸を猫魔の頭領に任命した厳粛な場なのだと思えば思うほど小梅の笑いのツボを押すのだ。
「ほら、虎也。お前は若頭なんだから玉左衛門の隣に」
お虎が張り合うように虎也を上座に促す。
「あ、ああ」
虎也は不承不承に我蛇丸と並んで座った。
「へええ」
「ほう」
みなは一斉に感嘆の声を漏らした。
「こうして並んだところを見るのは初めてだけど」
「背格好といい、顔の輪郭、鼻筋、口元、ホントによく似てること」
お虎とお三毛はつくづくと二人を眺めた。
我蛇丸と虎也は髪型と眉と目元は違うので見分けは付くが、それ以外はほとんど変わりなくそっくりだ。
「わたしとお玉は年子の姉妹でも双子のようによく似てると言われたものだけれど――」
お虎はますます怪しむ目付きになった。
「ああ、従兄弟というより兄弟のようだよねえ?」
お三毛も何やら思わせ振りな言い方をする。
「……」
虎也は母も叔母も父、又吉とお玉の関係に気付いていたのでは?と感じ取った。
それでなくても鼻が利き、目ざとい猫魔の女なのだ。
「しかし、わしは父親似なんぢゃがのう」
我蛇丸が不服げに口を挟む。
猫魔に似ていると言われるのは心外なのだ。
「おう、そうぢゃ。我蛇丸の逆さ八の字の眉は富羅鳥の頭領とそっくり同じぢゃわ」
「ああ。虎也の細い眉とは違うとる」
シメとハトも我蛇丸と虎也の眉を指してムキになって言った。
二人としても我蛇丸は猫魔より自分達の富羅鳥の一族に似ていなければ不愉快なのだ。
「おや?逆さ八の字の眉?虎也の父親の又吉も逆さ八の字の眉だよね?」
「ぢゃ、又吉義兄さんと富羅鳥の大膳も顔立ちは似ているということかね?」
熊蜂姐さんとお三毛が顔を見合わせる。
「ふぅん」
お虎はいまいましげに眉をひそめた。
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