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負け博打のしこり打ち
しおりを挟むそれから、
「五二の半っ」
「四六の丁っ」
「三六の半っ」
「五一の丁っ」
「三二の半っ」
「四三の半っ」
竜胆は次々と出目を予告してはツボを振ってみせたが、
「あ~あ~ぁ――」
ことごとく出目はハズレであった。
たまに一個のサイコロの目だけ当たっているくらいなものだ。
「へへっ、実は俺が思いどおりに出せる目はピンゾロだけなんだ」
竜胆は面目なさげに苦笑いした。
ピンゾロは一番、出しやすいらしい。
「なんぢゃあ。度肝を抜かれ損ぢゃあ」
サギはこれでは竜胆に教わっても大したツボ振りにはなれそうもないとガッカリした。
「お竜姐さんに教われっといいんだけどよ。なんせ、お竜姐さんは料理茶屋の女将と女賭博師の二足のわらじで忙しいからなあ」
竜胆は凄腕の女賭博師であるお竜姐さんから教えを受ける機会は滅多にないのだと嘆息した。
お竜姐さんはすでに登場している料理茶屋、大亀屋の美人女将で、玄武の親分の妾の一人だ。
「ほおお、お竜姐さんというのはそれほど凄腕のツボ振りなんぢゃなっ」
サギは期待いっぱいにワクワクした。
これは是が非でもお竜姐さんとやらにお目もじの上、弟子入りを志願せねばと思った。
ただ、賭博師になるつもりはさらさらないサギに、忙しいお竜姐さんがツボ振りを教えてくれるかどうかは疑問だ。
「お竜姐さんに逢いたきゃあ、あとでドス吉に頼んでお竜姐さんに言付けといてもらうよ」
ドス吉は筋骨隆々の蜜乃家の箱屋だ。
箱屋の仕事とは別にドス吉はお竜姐さんの用心棒として賭場に付き添っているのだという。
箱屋は芸妓のお座敷着の着付けと三味線の箱を持って茶屋までの送り迎えしか仕事がないのでドス吉も賭場の用心棒と二足のわらじなのであろう。
賭場には大亀屋の広間が使われるので賭博師も男衆も料理茶屋に出入りして不審に思われぬ者でなければならない。
「しっかし、ツボ振りが思いどおりの目を出せるんならグルの客は当て放題ぢゃろ?何も知らん客は大損ぢゃのう。負けた客が来なくはならんのか?」
サギは博打のカモにされてボロ負けして散財する客ほどつまらぬことはないと思った。
客が丁か半かを掛けるのはツボ振りがサイを振ってツボを伏せた後でだが、あらかじめ出目をグルの客に教えておけばイカサマは容易に出来る。
何も知らずに来る客はまさかツボ振りが自由自在に目を出せるとは思ってもみない。
お竜姐さんがすこぶる付きの色っぽい美人なので、尚更に賭場に華を添えるための見た目だけのツボ振りであろうと客は鼻の下を伸ばして侮ってしまうのだ。
「なあに、『負け博打のしこり打ち』と言ってだな、博打にのめり込む馬鹿は負ければ負けるほどドツボにハマっていくものなのさ。だから、大いに負けさせてやるのさ」
しこり打ちとは、しこりが残って気持ちが収まらずに打ち続けてしまうことである。
「ほおお」
サギはたったの四文あれば大福一個か団子一本でも買って食べたいので博打などする者の気持ちは微塵も分からない。
(ま、わしゃ賢いからの、馬鹿の気持ちなど分からんのぢゃ)
そうこうして幾度も二人してサイコロを振っているうちに、
ゴォン。
夜五つ(午後八時頃)の鐘が鳴った。
「――あ、いかんっ。もう帰らんと」
サギは慌てて帰り支度をする。
「へ?まだ夜五つだぜえ?」
色町はこれからがたけなわという時分なので竜胆はキョトンとした。
「わしゃ、早う帰って、お花より先に風呂へ入らんとならんのぢゃ」
なにしろお花はとことん長湯なので待っているうちに眠くなってしまう。
早寝早起きのサギはいつも夜五つ半(午後九時頃)も過ぎれば寝床に入っているのだ。
サギは貰ったツボを懐に入れて、小さなサイコロ二個は落とさぬように首から提げた財布の中に仕舞った。
財布の秋の七草の刺繍を見て、ふと、児雷也の顔が浮かんでくる。
きっと今頃、お花は児雷也の財布をこしらえるために熱心に刺繍を刺していることであろう。
そろそろ乳母のおタネが「もういい加減に切り上げてお湯にお入りなされまし」とお花を湯殿へ追い立てる頃かも知れない。
大急ぎで帰って真っ先に湯船へ飛び込まねば。
「そいぢゃ、また明日の晩、遊びに来るからの」
サギは縁側からピョンと長屋の屋根に飛び上がり、屋根伝いにピョンピョンと本石町の桔梗屋へ帰っていった。
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