富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
228 / 314

負け博打のしこり打ち

しおりを挟む
 

 それから、

五二ぐにの半っ」

四六しろくの丁っ」

三六さぶろくの半っ」

五一ぐいちの丁っ」

三二さにの半っ」

四三しそうの半っ」

 竜胆は次々と出目を予告してはツボを振ってみせたが、

「あ~あ~ぁ――」

 ことごとく出目はハズレであった。

 たまに一個のサイコロの目だけ当たっているくらいなものだ。

「へへっ、実は俺が思いどおりに出せる目はピンゾロだけなんだ」

 竜胆は面目なさげに苦笑いした。

 ピンゾロは一番、出しやすいらしい。

「なんぢゃあ。度肝を抜かれ損ぢゃあ」

 サギはこれでは竜胆に教わっても大したツボ振りにはなれそうもないとガッカリした。

「おりゅう姐さんに教われっといいんだけどよ。なんせ、お竜姐さんは料理茶屋の女将と女賭博師の二足のわらじで忙しいからなあ」

 竜胆は凄腕の女賭博師であるお竜姐さんから教えを受ける機会は滅多にないのだと嘆息した。

 お竜姐さんはすでに登場している料理茶屋、大亀屋の美人女将で、玄武の親分の妾の一人だ。

「ほおお、お竜姐さんというのはそれほど凄腕のツボ振りなんぢゃなっ」

 サギは期待いっぱいにワクワクした。

 これは是が非でもお竜姐さんとやらにお目もじの上、弟子入りを志願せねばと思った。

 ただ、賭博師になるつもりはさらさらないサギに、忙しいお竜姐さんがツボ振りを教えてくれるかどうかは疑問だ。

「お竜姐さんに逢いたきゃあ、あとでドス吉に頼んでお竜姐さんに言付けといてもらうよ」

 ドス吉は筋骨隆々の蜜乃家の箱屋だ。

 箱屋の仕事とは別にドス吉はお竜姐さんの用心棒として賭場に付き添っているのだという。

 箱屋は芸妓げいしゃのお座敷着の着付けと三味線の箱を持って茶屋までの送り迎えしか仕事がないのでドス吉も賭場の用心棒と二足のわらじなのであろう。

 賭場には大亀屋の広間が使われるので賭博師も男衆も料理茶屋に出入りして不審に思われぬ者でなければならない。

「しっかし、ツボ振りが思いどおりの目を出せるんならグルの客は当て放題ぢゃろ?何も知らん客は大損ぢゃのう。負けた客が来なくはならんのか?」

 サギは博打のカモにされてボロ負けして散財する客ほどつまらぬことはないと思った。

 客が丁か半かを掛けるのはツボ振りがサイを振ってツボを伏せた後でだが、あらかじめ出目をグルの客に教えておけばイカサマは容易に出来る。

 何も知らずに来る客はまさかツボ振りが自由自在に目を出せるとは思ってもみない。

 お竜姐さんがすこぶる付きの色っぽい美人なので、尚更に賭場に華を添えるための見た目だけのツボ振りであろうと客は鼻の下を伸ばしてあなどってしまうのだ。

「なあに、『負け博打のしこり打ち』と言ってだな、博打にのめり込む馬鹿は負ければ負けるほどドツボにハマっていくものなのさ。だから、大いに負けさせてやるのさ」

 しこり打ちとは、しこりが残って気持ちが収まらずに打ち続けてしまうことである。

「ほおお」

 サギはたったの四文あれば大福一個か団子一本でも買って食べたいので博打などする者の気持ちは微塵も分からない。

(ま、わしゃ賢いからの、馬鹿の気持ちなど分からんのぢゃ)

 そうこうして幾度も二人してサイコロを振っているうちに、

 ゴォン。

 夜五つ(午後八時頃)の鐘が鳴った。

「――あ、いかんっ。もう帰らんと」

 サギは慌てて帰り支度をする。

「へ?まだ夜五つだぜえ?」

 色町はこれからがたけなわという時分なので竜胆はキョトンとした。

「わしゃ、早う帰って、お花より先に風呂へ入らんとならんのぢゃ」

 なにしろお花はとことん長湯なので待っているうちに眠くなってしまう。

 早寝早起きのサギはいつも夜五つ半(午後九時頃)も過ぎれば寝床に入っているのだ。

 サギは貰ったツボを懐に入れて、小さなサイコロ二個は落とさぬように首から提げた財布の中に仕舞った。

 財布の秋の七草の刺繍を見て、ふと、児雷也の顔が浮かんでくる。

 きっと今頃、お花は児雷也の財布をこしらえるために熱心に刺繍を刺していることであろう。

 そろそろ乳母のおタネが「もういい加減に切り上げておぶうにお入りなされまし」とお花を湯殿へ追い立てる頃かも知れない。

 大急ぎで帰って真っ先に湯船へ飛び込まねば。

「そいぢゃ、また明日の晩、遊びに来るからの」

 サギは縁側からピョンと長屋の屋根に飛び上がり、屋根伝いにピョンピョンと本石町の桔梗屋へ帰っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~

惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

処理中です...