富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
220 / 314

苦肉の策

しおりを挟む
 
 あくる朝。

「わああああああっ」

 実之介の絶叫でみな一斉に目を覚ました。

「な、何事ぢゃあっ?」

 昨日の今日なので(すわ、実之介まで変貌か?)とサギは慌てて裏庭の縁側へ飛び出した。

 しかし、なんのことはない。

「――わ、わしのニョキニョキ草があっ」

 実之介が半泣きで指差す先を見やれば、

 ニョキニョキ草がペチャンコに地べたに倒れているではないか。

「い、今、裏庭へ出て、見たらぁ――っ」

 朝も早よから日課のニョキニョキ草を飛ぶ鍛練をしに裏庭へ出たらこの有り様だったらしい。

「もお、なんだえ、たかが雑草くらいで朝っぱらから騒々しい。昨日、町方同心と小物が来てバタバタ走り廻っとったから踏ん付けられたんだえ」

 お花は寝惚けまなここすって、さも迷惑そうな口調である。

 昨日は盗人騒ぎで実之介も晩に飛ぶのを忘れたので、ニョキニョキ草が踏み倒されているのも今の今まで気付かなかったのだ。

「わああっ、わしゃ、もう飛ぶ鍛練が出来んっ」

 実之介は悔しげに地団駄を踏む。

「まあええ、ニョキニョキ草はまたすぐに生えてくるぢゃろ。それより実之介には剣術の稽古を付けてやろうぞっ」

 サギは偉そうに両手を腰に当てて胸を張った。

 飛ぶ鍛練など勝手に伸びるニョキニョキ草を朝晩、ピョンピョンと飛ぶだけなのでサギは自分が指導する出番がなくつまらない。

 ニョキニョキ草がペチャンコになって実之介に剣術を教える良いきっかけになったというものだ。

「――えっ?剣術?ホントにっ?」

 実之介はコロッと機嫌が直った。  

「おう、手習い所から帰ったら稽古を付けてやろうぞっ。があっはっはっはっ」

 サギは師匠ヅラして威厳を込めたつもりで無理くり太い声で高笑いする。

 ただ自分が習った鬼の師匠を真似ているだけなのだ。

「わあいっ」

 実之介は飛び上がって喜んだ。


 そうこうして、

 今日も普段どおりにみなが出掛け、茶の間にはサギとお葉の二人だけになった。

「はあ~」

 サギは悠々とお茶を啜って満足げに吐息する。

 誰からも叱られぬのを良いことに入門したばかりの手習い所はズル休みである。

 すると、

「サギ、これこのとおり、お願いだえ」

 だしぬけにお葉がサギの鼻先にカスティラの桐箱を突き出して頭を下げた。

「――ふへ?」

 サギは何のことやらと桐箱の中に目を向けた。

 桐箱には乳白色の小瓶四本が入っている。

 桔梗屋が『金鳥』の金煙を小分けして密売していた時に使っていた小瓶だ。

(あれ、この小瓶はせんにお毒見係のお三方に吸わせる金煙をお葉さんに小分けして貰うた時のと同じものぢゃの)

 小瓶一本で五年分の若返りなので四本なら二十年分の若返りの量になる。

(さては、草之介を元の姿に戻すために金煙を分けて欲しいというお願いぢゃな?)

 サギは眉間に皺を寄せて難しい顔をしてみせた。

「むうん、兄様あにさま、いやさ、我蛇丸の奴は情け知らずの人でなしぢゃからの。どっおせ頼んだところで分けてくれんと思うんぢゃがのう」

 本音を言えば自分が我蛇丸に頼むのがイヤなのである。

 ましてやサギにとって十九歳だろうが四十歳だろうがどうでもいい草之介のために我蛇丸に下げる頭なんぞ持ち合わせておらぬのだ。

 ところが、

 お葉は可愛い我が子のためなら一筋縄ではいかぬ女子おなごであった。

「いや、べつに我蛇丸さんに頼んで分けて貰わんでも、こっそりと貰うて来たらええわなあ?」

 お葉はふっくらと優しげな笑みでとんでもない無茶を抜かした。

「こ、こっそりと?」

 サギは呆気に取られた。

「ああ、サギだって一人前の富羅鳥の忍びの者だえ?だったら、こっそりと金煙を貰うて来るくらい訳もないはずだわなあ?」

 お葉はぬけぬけとサギに盗人の真似をしろと言うのだ。

「む、むう――」

 サギはますます眉間に皺を寄せる。

 だいたい錦庵のどこに『金鳥』の玉手箱が仕舞ってあるのかもサギは知らない。

 錦庵の連中に気付かれぬように『金鳥』の玉手箱を探し出し、金煙を小瓶に小分けして貰ってくるなど、果たして出来るであろうか。

 しかし、出来ぬとは決して言われぬ負けん気のサギである。

「おうっ、こっそりと貰うて来ればええだけぢゃっ。任せとけっ」

 サギはヤケクソ気味にポンと胸を叩いた。

「そしたら錦庵が客で混んどる時分を狙うたらええわなあ。そう、我蛇丸さんがおらんように蕎麦の出前を頼もうかえ」

 お葉はなかなかの策士である。

「む、むむぅ」

 サギはたじたじであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~

惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

処理中です...