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三種のおにぎり
しおりを挟む(取り敢えず、水とおにぎりがあれば困らんぢゃろ)
サギは水を汲んだ手桶二つを両手に提げ、頭の上に重箱の風呂敷包みを乗せて二階へ上がった。
草之介の部屋は奥の棟にある。
(抜き足、差し足、忍び足――)
サギは長い廊下を足音もなく進んで奥の棟へ行った。
階下の奥の棟にいるのはお葉だけなので、奥の棟でなら少しくらい物音を立てても平気だ。
「草之介~?晩ご飯ぢゃぞ~」
草之介の部屋の襖の前で能天気に声を掛ける。
部屋の中からは返事はないが、「グスングスン」とくぐもった嗚咽が聞こえた。
「入るぞ~」
お構いなしにサギが襖を開くと座敷の真ん中の布団が山のようにこんもりと盛り上がって震えている。
「グスングスン」
草之介が掻巻布団の中で肥えた身体を丸めて泣いているのだ。
畳の上に放り投げたように手鏡が落ちている。
日の明るいうちに自分の変わり果てた姿を見たのであろう。
「ほれ、おにぎりぢゃ」
サギは風呂敷を開いて枕元に重箱を置いた。
「――め、飯なんぞ食わんっ。こんなに肥えて食えるものかっ」
布団に潜ったまま草之介は童のように泣き喚く。
四十歳ほどに老けているというのに不様な。
「それもそうぢゃの。うんっ、当分は何も食わんで痩せたらええ。おにぎりはわしが代わりに食うてやる」
サギはこれ幸いとばかりに重箱の蓋を取った。
「――おお、美味そうぢゃあっ」
おにぎりは三種類ある。
「これはオカカと白ゴマを炒って醤油と味醂で味付けしたのをご飯に混ぜ込んであるんぢゃな」
味噌汁のだしを取った後の鰹節の再利用であるが、伊勢屋の上等な鰹節なので充分に贅沢だ。
「これは菜っ葉飯ぢゃのう」
大根の葉っぱの微塵切りを炒ったものがご飯に混ぜ込んである。
「これは、おお、カスティラの耳を細かく刻んで混ぜたご飯ぢゃ」
オカカの茶色、
大根の葉っぱの緑色、
カスティラの黄色、
色とりどりの三種のおにぎりだ。
「なんだい、どれもこれも残り物ぢゃないか」
草之介は布団の中でフンと鼻を鳴らす。
「おう、残り物でこんな美味そうなおにぎりをこしらえる台所の小母さん等は大したものぢゃのう」
サギは二つあるオカカのおにぎりからパクッと頬張った。
「んくぅ~、美味いぃ。オカカと醤油がご飯に合うて絶品ぢゃあ」
グウゥ、
布団の中から草之介の腹の鳴る音がした。
本当は腹ペコなのだ。
「なんぢゃ、痩せ我慢せんで食うたらええんぢゃ。――うん?痩せ我慢?肥えとっても痩せ我慢ぢゃろうかの?」
サギはケタケタと笑って、次は二つあるカスティラの耳のおにぎりを手に取る。
すると、
やにわに布団からバッと素早く草之介の手が伸びたかと思うと手探りで重箱を掴み取って布団の中に引っさらった。
「ガツガツ」
布団の中でがっついて食べている。
そもそも空腹を我慢する堪え性が草之介にあるはずもないのだ。
「ふうん?火鉢も鉄瓶もあるし、茶器もあるんぢゃのう」
サギは手桶から柄杓で水を鉄瓶に注いで火鉢に掛けて湯を沸かす。
以前から草之介はよく絶望の淵に沈んだと嘆いては自分の部屋に籠っていたので、いよいよ本格的に籠るにも間に合うほど色々と揃っていた。
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