富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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菓子の仕上がり

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 あくる日。

「やれ、軍鶏鍋しゃもなべをご馳走になろうかのう~ぉぉ」

 サギは初めての芝居見物で覚えた台詞せりふを真似しては桔梗屋の人々に披露して悦に入っていた。

「軍鶏鍋をご馳走になろうかいな~ぁぁ」

 さらにドスドスと四股しこを踏んでみせる。

「ふ~ん、軍鶏鍋と力士だけぢゃ何の芝居か分かりゃしねえ」

 菓子職人見習いの甘太は素っ気ない。

「わしも分からんのぢゃ。軍鶏鍋の台詞しか覚えとらんのぢゃ。やれ、軍鶏鍋をご馳走になろうかのう~ぉぉ」

 サギはまたしつこく同じ台詞を繰り返してドスドスと四股を踏む。

「あんまりサギがしつっこいからおっ母さんが晩ご飯は軍鶏鍋にするってお言いだわな」

 お花は耳にタコが出来るほど同じ台詞を聞かされてやれやれという顔をする。

「えへ~?わしゃ、べつに軍鶏鍋の催促をした訳ぢゃないんぢゃがのう~」

 サギは誤魔化すようにクルンクルンと廻った。

 昨日の夕方に芝居から帰ってというもの五十回以上は「やれ、軍鶏鍋をご馳走になろうかのう~ぉぉ」の台詞を繰り返していた。

 軍鶏鍋といえば日本橋和泉町の『玉鐵たまてつ』(江戸中期から現在も日本橋人形町にある親子丼発祥の鳥料理店『玉ひで』の前身)という店が有名らしいがお約束がいっぱいで席が取れぬというのでお葉は家で軍鶏鍋を作らせることにしたのだ。

「おっ母さんは軍鶏しゃもを六羽も注文しなすったんだ」

「そうだわな」

 実之介もお枝も軍鶏鍋が待ち遠しい様子で作業場の壁際の空き樽に腰掛けて足をブラブラさせている。

「六羽っ?」

 甘太は(それなら奉公人の分まであるのだろうか?)と思って目を輝かせた。

「一人一羽ずつぢゃな。やれ、軍鶏鍋をご馳走になろうかのう~ぉぉ」

 サギは当たり前のように言うが一人で一羽も食べるのはサギだけであろう。


 そうこうして、

「ちょいと、軍鶏しゃもが届いたから誰か手を貸しておくれぇ」

 台所から下女中五人が軍鶏を相手にてんてこ舞いの声がした。

「おいきたっ」

 甘太は張り切って下女中が軍鶏をさばくのを手伝いに隣の台所へ駆けていった。

「軍鶏鍋をご馳走になろうかいな~ぁぁ」

 サギが「軍鶏鍋、軍鶏鍋」と繰り返しているうちに作業場の蒸籠せいろから湯気が上がり、なにやら甘いニオイが漂ってきた。

「――おっ?アンコのニオイぢゃっ」

 サギはすぐにニオイに反応する。

 熟練の菓子職人が蒸籠から蒸し上がった羊羮を取り出した。

「へええ?羊羮?」

 サギ、お花、実之介、お枝は作業台を取り囲んで黒々と艶やかな羊羮に目を見張った。

 いつの間に菓子職人は蒸し羊羮など作っていたのか。

「うむ、あれから試行錯誤を繰り返した結果、おめかしのカスティラに挟むのは餡ではなく薄切りの羊羮と決めたでな」

「ほおお」

「餡では水気が多くて薄切りのカスティラに染み込んで綺麗な縞模様にゃならんでな」

「なるほどなあ」

 サギもお花もすっかり忘れていたが、熟練の菓子職人の四人はたぬき会へ手土産のおめかしの菓子の試作を続けていたのだ。


「ほれ、サギ。さっそく、カスティラを薄切りにしてみい」

 熟練の菓子職人の糖吉がサギに直刀を手渡した。

 焼いてから一日置いて食べ頃のカスティラが試作に一棹、用意してある。

「いざっ」

 シュパ、
 シュパ、

 サギは直刀を振り廻し、横に寝かせたカスティラを縦に二分にぶ(約6㎜)ほどの薄さに切り分けた。

 さらにカスティラより半分ほどの薄切りにした羊羮を熟練の菓子職人の四人が丁寧にカスティラと交互に挟んで重ねていく。

 薄切りのカスティラ六枚に羊羮五枚が重なって一寸三分(約5㎝)ほどの高さになった。

「あ、そうだ。外側を覆う白いフワフワは何にしたんだい?」

 実之介がハタと思い出して訊ねる。

「これにござりますがな」

 熟練の菓子職人の砂吉が得意げに大鉢に入った白いフワフワしたものを見せた。

「これは何ぢゃ?」

 サギがヒコヒコとニオイを嗅ぐ。

「これは淡雪あわゆきと言うて卵の白身を泡立てたものだがな」

 淡雪はメレンゲのようなものだが江戸時代にはすでにある和食の料理だ。

「ほほお」

 みなは熟練の菓子職人がカスティラと羊羮を縞模様に重ねた一棹に淡雪を塗り付けていくさまを見守った。

「よし、サギ。これを一人前ずつ、そうさな、一寸幅に切り分けてみい」

「おっしゃ、一寸(約3㎝)ぢゃな」

 シュパ、
 シュパ、

 シュパ、
 シュパ、

 サギは直刀を振り廻し、きっかり一寸幅に菓子を切り分ける。

 断面に綺麗な縞模様が現れた。

 ついに、おめかしの菓子の完成だ。

「おお、仕上がりぢゃなっ」

「まあ、切り口が綺麗にシマシマだわな」

「きっちり縞模様が揃っとるぞっ」

「わあっ」

 盆のおめかしの菓子に四方から手が伸びる。

「これっ、いかん、いかん」

 熟練の菓子職人はサッと素早く菓子の盆を引き離した。

「まずは奥様にお味見をして戴くんだがな」

 熟練の菓子職人の糖吉がおめかしの菓子の盆を恭しくかかげて言った。
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