富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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昼の弁当

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 ようやく待ちに待った昼の休憩だ。

 佐保さほ師匠が盆を運んできて、サギの入門のご挨拶の菓子が手習い子に配られた。

「さあ、一袋ずつ取って順々に盆を廻しなされ」

 佐保師匠は桔梗屋からのご進物が高価な砂糖だったのでホクホクと上機嫌である。

「わあ、桔梗屋のボーロだあ」
「やったあ」

 手習い子は滅多に食べられぬ上菓子にみな大喜びである。

 普通は手習い子にご挨拶に配る菓子は煎餅せんべい一枚ずつだが、桔梗屋はボーロ二枚ずつと奮発した。

 ボーロは花の形をして真ん中に穴の空いた焼き菓子だ。

 手習い子はボーロを二つ持って目に当て、穴から覗いたりしてはしゃいでいる。

 昼ご飯を家で食べてくる子はボーロを大事に持って帰った。

 午後の稽古は来ても来なくても自由なのである。


「いよっ、待ってましたぢゃっ」

 サギは掛け声と共に重箱の蓋を開けた。

 ニオイでだいたい分かっていたオカズが綺麗に彩り良く並んでいる。

「うほほ、ちいとも崩れとらん」

 飛び跳ねたいのを我慢した甲斐があった。

 二段重で二の重にはおにぎりが五個も詰まっている。

「んくうぅ、美味いっ。お仕置きの後に食べる弁当は格別ぢゃあっ」

 サギは梅干しのおにぎりをモリモリと頬張った。

 昼の弁当は実之介とお枝の他に手習い子四人と師匠見習いの芯平が一緒だ。

 手習い子三人は日本橋の傘問屋と紙問屋と塗物問屋の子でやはり裕福そうだ。

 もう一人は意外にも先ほどカミナリ師匠にサギのことを言い付けた男子であった。

仁助にすけさんは席書会でいつも一席なんだ。医者をこころざしとるんだ」

 実之介は心の内で(サギが来るまでは一席だったけどな)と思っていた。

「ほお、医者かあ。そりゃ立派ぢゃ」

 サギは美味しい弁当で機嫌が直ったので仁助がカミナリ師匠に言い付けたことも気にしていない。

 席書会で一席と聞いても表に貼り出してあった習字を見た限りでは自分の敵ではないので余裕綽々だ。

「わしは来年から漢方医の先生に弟子入りするんだ。一人前の医者になったあかつきにはお前等のお抱え医になってやるからなっ」

 仁助は出世払いというつもりなのか遠慮なく実之介や他の子の弁当からオカズを摘まんでパクパクと食べている。

 どうやら貧乏そうだが見栄も外聞もなくガツガツとした野心家のようだ。

「ほお、そいぢゃ、手習い所は今年までなんぢゃな」

 それでは手習い所で最後の秋の席書会の一席を自分が奪ってしまうことになる。

 サギはちょっとばかり仁助に悪いような気もしたが席書会も勝負なのだから手加減などしてやらぬのだ。

「漢方医かあ。仁助は末頼もしいなあ」

 師匠見習いの芯平は羨ましげだ。

「若師匠はいつかご自身の手習い所を持つのでござりますか?」

 仁助が芯平に訊ねる。

「自分の手習い所かあ。――わしは四年前に自分で長屋を二軒分も借りて大工に頼んで壁を取っ払って稽古場を作って手習い所を始めてみたものの、一度も教えた経験もない部屋住みの若輩者に子を預ける親などいるはずもなく、残ったのは長屋を引き払う時の壁の修繕代の借金だけ。内職で貯めた金もすべてドブに捨てたようなものだったなあ――」

 芯平は陰鬱にボソボソと呟く。

「なんぢゃあ、辛気臭い話ぢゃのう」

 サギは弁当が不味くなるとばかりに口をゆがめた。

「あいや、これは申し訳ない。せっかく美味い弁当をご馳走になりながら辛気臭い話を――」

 芯平はペコペコと頭を下げる。

「ほれ、わしの卵焼きもやるからシャキッとせえ」

 サギは芯平の取り皿に卵焼きをのせてやる。

「これはかたじけない」

 芯平は卵焼きに嬉しげにまたペコペコと頭を下げた。

 見習いとはいえ頼りなさげな若師匠である。


「さてと、弁当も食べたし、わしゃ帰るかのう」

 サギはからっぽの重箱を風呂敷に包んで、すっくと立ち上がった。

「えええ~」

 実之介と他の三人はガッカリと声を揃えた。

「そりゃ午後の稽古は気が散らんで助かるな」

 仁助はまだ戸口の先頭に貼り出されたサギの漢詩からうたの書を見ていないのでサギをただの田舎者とあなどっているようだ。

「サギがかえるなら、あたいもかえるわな」

 お枝が廊下から追い掛けてきたので、サギは一緒にとっとと手習い所を後にした。


「やれ飛べ、蜻蛉とんぼ♪」

「それとべ、とんぼ♪」

「飛ばんと羽をきりぎりす~♪」

「とばんとはねをきりぎりす~♪」

 そして、片手で弁当包みを振り廻し、片手でお枝と手を繋ぎ、飛び跳ねて唄いながら帰っていった。
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