199 / 314
月に叢雲
しおりを挟む「ほら、月がまっぴかりだよ」
熊蜂姐さんは縁側へ立って月を眺めた。
風情を重んじる熊蜂姐さんなのでサギの生い立ちを語るにも、もったい付けるつもりらしい。
「うんっ、大福みたいな月ぢゃっ」
サギは大福を手に持って月に翳し、
「おおっ、アンコの透け具合がちょうど月の模様みたいぢゃ。ほれっ、ほれっ」
大発見のように嬉々として、熊蜂姐さんの目の前に大福を突き出す。
「……」
熊蜂姐さんはサギに風情を求めるのは諦めて大福には目もくれず座敷へ戻った。
「サギ、お前は自分のホントの生い立ちをまだ知りゃしないんだろう?」
床の間の前の脇息に肘を凭れて、足を横に伸ばし、しどけなく座る。
いちいち美人画から抜け出したような身のこなしが習い性になっているのだ。
「うんにゃ、生い立ちなら婆様に聞いたから知っとる。十四年前の秋、わしの母様は富羅鳥山で行き倒れになったんぢゃ。山の夜廻りをしとった父様と兄様に見つけられて、その夜中にわしは産まれたんぢゃ」
サギの産まれた夜の月もまっぴかりであった。
「まあ、そのとおりだけどさ、お前の母親がいったい何者かまでは聞いてやしないんだろう?」
「うんにゃ、聞いとる。母様は旅芸人ぢゃったって」
「そりゃデマカセなのさ」
「デマカセ?」
「そうさ、どうしようかねえ。あたしの口からホントのことを話していいものか。けど、富羅鳥の連中ときたら、いつまでもお前に黙っているもんだから、あたしゃ端から見ていてもイライラしちまってさ」
またも熊蜂姐さんはもったい付ける。
「なんぢゃあ、こっちがイライラするぢゃろうがあ?さっさと話さんかあっ」
サギはせっかちに喚く。
「ああもう、そんなら、お望みどおりにさっさと話しちまうけどね。お前の父親は富羅鳥藩のお殿様、母親はその側室だったのさ」
熊蜂姐さんはホントにさっさと早口に言った。
「わしの父親が富羅鳥のお殿様、母親がその側室?」
サギは呆気に取られた。
(な、なんちゅう下手っぴいな冗談ぢゃ)
(面白うないけど笑うてやらんといかんぢゃろうか?)
(晩ご飯も菓子もたっぷりご馳走になったことぢゃしのう)
熊蜂姐さんは反応を確かめるようにじっとサギの顔を見ている。
「……」
サギには熊蜂姐さんが己れの冗談がウケたか気にしているかのように見えた。
気まずい。
「はははっ、はははっ、わしがお殿様の御子ぢゃと?なんちゅう面白い冗談ぢゃ。はははははっ」
サギはわざとらしく大笑いしてみせる。
まったく棒読みの笑い声ではあるが他人に気を遣うとはサギも江戸へ来てからますます成長したものだ。
「なにが冗談なものかい。ホントなんだよ」
熊蜂姐さんはグッと苛立ちを抑える。
「ぢゃって、お殿様の側室が山奥の忍びの隠れ里なんぞにおる訳がないぢゃろうが?」
サギは大笑いで一応の義理を果たし、やれやれと大福をパクッと口に咥えた。
「んふぃ~」
まだ餅が固くなっておらず、ヤワヤワでモチモチの大福がビロ~ンと伸びる。
「なんでお殿様の側室が山奥の忍びの隠れ里にいたか?それをあたしがこれから話してやろうというんぢゃないか」
熊蜂姐さんは煙草盆から煙管を手に取った。
気取って吹かすだけで煙管は熊蜂姐さんにとっては手持ちのお洒落小物に過ぎない。
「んぐんぐ」
サギは大福を頬張りながら熊蜂姐さんに熱心な顔で頷いてみせた。
これからもいつでも上菓子をご馳走になるつもりなのだ。
そのためなら実年齢五十八歳の婆さんの茶飲み話に付き合ってやるくらいお茶の子さいさいというものだ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる