187 / 314
梟の宵だくみ
しおりを挟む「ほえぇ、銀次郎どんは怒るとおっかないのう」
サギが四つん這いのまま縁側へ出てきた。
忍びの習いで地獄耳のサギは井戸端での手代三人の会話が丸聞こえだったのだ。
「ああ、銀次郎は明和の大火で両親と弟と妹いっぺんに亡くしとるからな。銀次郎がまだ十四歳の小僧の頃だった」
「それで、お桐さんの身の上が他人事とは思えんのでござりまするなぁ」
金太郎と銅三郎がしんみりとして言った。
「そうぢゃったか――」
どうりで能天気な桔梗屋の中で銀次郎だけはやけに落ち着いてしっかりしていると思った。
銀次郎が誰よりも火の用心に真剣に取り組んでいるのもそういう事情があったためなのか。
「そいぢゃ、おやすみ」
金太郎と銅三郎も縁側に上がって寝間へ入っていく。
「おやすみぢゃあ」
サギは寝間着のまま縁側に一人残った。
それにしても金太郎と話したのは今が初めてであるが、まったく、ごくごく普通の男ではないか。
本当に密偵なのであろうか?
(いや、ごくごく普通が怪しいんぢゃっ)
サギはバッと立ち上がり、拳を握り締めて気合いを入れる。
グウ~、
気合いを入れたせいか腹が鳴った。
(そうぢゃ。今日は八木のメエさんのオヤツが来んかったから食べ足らんのぢゃっ)
腹が減っては眠れない。
(茶漬けでも食べさせて貰うとするかの)
サギは長い縁側をパタパタと台所へ向かった。
台所では今日も茶屋遊びに出掛けた若旦那の草之介が帰るまでは不寝番の下女中三人が起きて待っている。
廊下までペチャクチャと下女中のおしゃべりの声が聞こえてきた。
「やっぱしぃ?二人もそう思ったんだね?」
「ああ、はにかんだような?困ったような?あれはさ、恋する乙女の顔だったよ」
「わしゃ、ピーンと来たね。お桐さんは貸本屋の文次さんにホの字なんだわさ」
暗い台所の板間で下女中三人は蝋燭一本を真ん中に灯し、まるで百物語でもするかのように顔を付き合わせてペチャクチャとしゃべっている。
(――へっ?お桐さんが文次に?何ぢゃと?)
サギは興味津々に廊下から台所へ入っていったが、下女中三人はおしゃべりに夢中で背後のサギに気付きもしない。
カパッ、
コポコポ、
サギは勝手にお櫃の冷や飯を丼鉢に大盛りによそい、火鉢に掛かった鉄瓶のお茶を注ぐ。
「たしか、文次さんって三十歳くらいだったかねえ?お桐さんとは年廻りもちょうど良いぢゃないか」
「ああ、一緒に縁側にいたところなんざ、そりゃあ似合いの二人に見えたよ」
カチャ、
チャカ、
サギは勝手に棚を物色し、梅干しやら佃煮やらを取っていく。
「お桐さんはまだ十五歳の時に二十歳も年上の森田屋の一番番頭さんに親の言いなりに嫁入りさせられてさ、きっと文次さんが初恋なんぢゃないかねえ」
「そうに違いないわさ。ああ、お桐さんを文次さんと添わせてやりたいねえ」
下女中三人はお桐と文次をくっ付ける気満々のようだ。
(ほほぉ、お桐さんと文次ぢゃと?そんなの考えてもみんかったのう)
サギは茶漬けをザバザバと三膳も食べながら下女中三人のおしゃべりに聞き入っていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる