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ひょっとこ連
しおりを挟むサギが人垣の後ろに着くと、
ペペン♪
ペペン♪
何が始まったのやら葦簀で仕切られた屋台から三味線の音が聞こえてきた。
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
甲高い女の唄声。
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
続いて屋台の前の人垣も手拍子しながら男の太い声で唱和する。
屋台は見世物で人垣は見物客だったのだ。
「わはははっ」
屋台の前の見物客から笑い声が湧き起こる。
「わははっ」
「うひうひっ」
「がははっ」
先ほどの田舎侍の三人組も手を打ちながら笑っている。
「なんぢゃ?なんぢゃ?」
サギはキョロキョロと左右を見廻した。
見物客の大の大人の男等の背に阻まれて小柄なサギには屋台の中がちっとも見えやしない。
「ぅむぅ」
サギは見物客の足元へ四つん這いで潜り込んで屋台の真ん前へ突進した。
屋台の中には一間ほどの腰高の舞台があった。
「おっ?」
舞台に張り付いてピョコンと顔を出すと、舞台の奥に座っている花魁もどきの打ち掛けの女の後ろ姿が見えた。
花魁もどきの横兵庫髷にふんだんに差した鼈甲の笄からチラと覗く白い頬はピチピチと張りがあって若い女のようだ。
ペペン♪
ペペン♪
三味線を弾いて唄っているのは年増女で、木戸番に中年男がいる。
「へい、お次の番は?」
木戸番に呼ばれて見物客の先頭のチンピラっぽい男が八文を払って屋台の中へ入った。
木戸番がチンピラに火吹き竹を手渡す。
釜戸でご飯を炊く時にフウフウと吹くあの火吹き竹だ。
(……?)
サギは舞台に顎を乗せたまま首を捻った。
いったい見世物の舞台で何が行われるというのであろう?
それはサギがまったく想像だにせぬ江戸の女日照りの男等の言語に絶する馬鹿っぷりであった。
火吹き竹を渡されたチンピラは舞台の向こう側で花魁もどきの女の前に立った。
チンピラと花魁もどきの女との間には半間ほどの間隔がある。
ペペン♪
ペペン♪
また三味線の音が鳴り出す。
その刹那、
「おわっ?」
サギは我が目を疑った。
後ろ姿しか見えぬ花魁もどきの女がやおら両足をM字に開き、着物の裾をパッと左右に開いたのだ。
「うっしゃあっ」
火吹き竹を持ったチンピラは大興奮で拳を突き上げて気合いを入れる。
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
三味線の年増女の甲高い唄声。
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
見物客の男等が手拍子を打ちながら太い唄声を揃える。
舞台の向こう側のチンピラが中腰になり、火吹き竹を口元に構えた。
「すううっっ」
チンピラは火吹き竹を花魁もどきの女の両足の間に狙いを定めて、思いっきり息を吸い込む。
(な、なんぢゃ?)
サギは思わず息を呑んで火吹き竹のチンピラを凝視する。
だが、
「ふうっ、ふっ、ふっ、だ、駄目だっ。ぶはははっ」
チンピラは息を吹こうとして吹けずに地べたに膝を突いて笑い崩れた。
見物客もゲラゲラと笑い出す。
「はは、はぁ」
チンピラが袖で涙を拭き拭き笑いながら屋台を出ると次の順番の男が屋台の中へ入る。
また木戸番が火吹き竹を手渡す。
ペペン♪
ペペン♪
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
唄が始まった。
「ふっ、ぐふ、ぶははっ」
次の男も火吹き竹を構えたまま笑い崩れた。
(……?)
いったい、どういう見世物なのか?
サギにはまったく理解不能であった。
これは客が花魁もどきの女の玉門に火吹き竹で息を吹きかけ、見事、玉門に息が当たると女が「あっあ~ん」とよがり声を上げながら腰を振ってくれるという世にも珍奇な見世物なのである。
しかし、この時代の人はよほど笑い上戸だったとみえて笑わずに成し遂げられると「でかした」と褒められたそうだ。
ちなみに玉門というのは女性器に対する上品な美称である。
ペペン♪
ペペン♪
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
ペペン♪
ペペン♪
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
火吹き竹を構えたひょっとこ連の乱痴気騒ぎは日暮れて暗くなるまで続くようだ。
「火吹き男」が「火男」で「ひょっとこ」と変じたといわれる。
こういった珍奇な見世物は大人気で、他にも客が赤い布製の張りぼてを玉門に投げて当たると女がよがり声を上げて腰を振ってくれるという見世物や、玉門から風鈴をぶら下げた女が腰を振って踊ってチリンチリンと鳴らすという見世物もあったそうだ。
さすがに男の八割が独り者だった女日照りの著しい江戸の町だけにスケベな娯楽が栄えたのである。
ペペン♪
ペペン♪
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
ペペン♪
ペペン♪
「当てられたなら、当ててみなんせ♪」
「……」
サギは一人ポカーンとして花魁もどきの女の後ろ姿と火吹き竹を吹き損ねて笑い崩れる男等を見ていた。
開いた口が塞がらぬとはこのことかと思った。
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