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芸妓の修行
しおりを挟む「あの、ほんの気持ちばかりの品にごさりますれば、どうぞお納め下さりまし――」
お花は鈴木越後の日本一高い羊羮を差し出す。
「まあ、これはこれは、良いものを――」
熊蜂姐さんは鈴木越後の掛け紙を見るや、あからさまな笑みを浮かべた。
「おマメを励ましにお出で下すったそうで。うちでお預かりしたからにはみっちりと仕込んで売れっ子になることは請け合いにござんすよ」
熊蜂姐さんはおマメの身内の反対などは意に介さぬらしい。
「あの、芸妓はどういう修行をされるんでしょう?」
お花は早々と話を切り出す。
おマメの家出にかこつけて本音は自分が芸妓の修行について知りたくて来たのだ。
「あたし、てっきり、おマメちゃんは下働きからするものと思っておりました」
お花は桔梗屋の菓子職人見習いのように見習いの修行といったらまずは掃除の雑巾掛けからと思ったのだ。
「まっ、ほーっほほっ」
熊蜂姐さんは呆れ顔してから大笑いした。
「ぶふっ」
おピンまで袖で口元を押さえて吹き出す。
「ほほほっ、三百両は下らぬ振り袖を着せる子に雑巾なんざ持たせる訳がござんせんよ」
たしかに手荒れなど許されぬほど上等な振り袖なのだ。
「芸妓は唄って踊って、殿方につまらぬ浮世の憂さを忘れさせる一夜の夢のようなもの。そう、喩えるなら竜宮城の乙姫様になっておもてなしをするんでござんすよ」
熊蜂姐さんは長火鉢にゆったりと片肘を突いて白魚のような細い指に煙管を挟んだ。
まるで錦絵に描かれた美人そのままの姿だ。
芸妓は富貴な旦那衆に願望を抱かせて貢がせるのだから金をつぎ込む価値のある上玉でなくてはならない。
その芸妓を目指す仕込みっ子に下女中の真似などさせる訳がないのだ。
「まあ、ほんに」
お花は熊蜂姐さんの艶やかさに気圧されて我ながら馬鹿なことを訊いてしまったものだと赤面した。
「まずは美しい所作を身に付けることが肝心にござんしょ。さっそくおマメは明日から踊りの稽古でござんすえ」
熊蜂姐さんはヒラヒラと踊る手振りをしてみせる。
「まあ、踊りの稽古?」
お花はそんな稽古事なら自分はとっくに身に付けていると自信を持つ。
「それと茶の湯にござんしょ」
熊蜂姐さんの話をお花と物見高いおクキは熱心に頷きながら聞いている。
「ふんふん」
サギはといえば我関せず、
まだ縁起棚の前に立って棚の置物をあれこれと眺めていた。
(お、鳥もおった。鶴、鳳凰、梟ぢゃ。奥にあったら目立たんのう)
鳥の置物を勝手に先頭に並べ変える。
「これでよしっ」
にんまりと満足げなサギであった。
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