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やかましい
しおりを挟む(――あっ?にゃん影?)
窓から覗いているサギがハッとして見やると、
にゃん影は黒いつむじ風のように車座の若侍八人の周りをグルグルと走り廻っている。
若侍八人の背後の料理の膳から刺身が一切れずつ消えていく。
盗み食いだ。
(にゃん影め、上手いことしおって)
サギは呆気に取られた。
(そうぢゃっ。アヤツは元々、人の食い物を盗み食いする泥棒猫ぢゃった)
サギはにゃん影に今までオヤツをやらなかったことを一時でも反省してしまったことを悔やんだ。
(どれ、わしもご相伴に預かろうかの)
にゃん影に倣ってサギも窓からヒラリと座敷の中へ飛び下りる。
若侍八人は吉原細見を熱心に覗き込んでいて、まるでサギに気付かない。
にゃん影の後に付いて若侍八人の背後をサササーッと素早く這い廻りながら、ちょいちょいと料理を盗み食いしていく。
(んふぃ、こりゃ美味いっ)
サギは若侍八人の周りをグルグルと這い廻った。
どの料理も八人分から一つずつ摘まんでいるので見た目にはそれほど分からない。
「まあまあ、昼買いならば安くお得でござろう」
「一番安いと廻し部屋にござるが――」
貧乏旗本の習い性か、奢りの吉原遊びだというのに予算を気にしてしまう。
吉原の妓楼では登楼三会目でようやく床入りになるので三会は登楼しなくてはならない。
遊女は気に入らぬ客を振ることも出来るので床入りは遊女に気に入られたらである。
「それがしの口から申し上げるのも如何なものかとは存じまするが、廻し部屋は御免 蒙りたく、是が非でも部屋持ちを願いまする」
「実にご尤も」
部屋持ちは自分の客間を持っている高級遊女で、自分の客間を持たない下級遊女は廻し部屋という他の客と屏風一枚を隔てただけで何組もの寝床がズラーッと並んでいるような大部屋である。
しかし、吉原でも一番安いのは羅生門河岸と呼ばれる場所にある切見世であった。
切見世は細い路地に長屋が何軒も並び、一軒一軒がたった二畳の座敷に寝床が敷かれて、最下級の遊女はたったの百文ぽっきり。
一ト切(約十分)という安い、早い、の手軽さで人気の遊女の長屋の軒先は順番待ちの大行列であったという。
「それでは、妓楼は金屋、昼買いで三会、部屋持ちということで異存なきかと存じまする」
さすがに勘定見習いというお役目だけにサラサラと得意の筆算で八人で妓楼は金屋、三会登楼、部屋持ちの遊女という吉原遊びの予算がまとまった。
かなりな金額である。
勘定見習い三人はたとえ嫁にと申し込んだところで禄が少ないがために婿に選ばれぬのは分かりきっている。
それで持参金のお福分けを提案したのであろう。
勘定見習いというお役目だけに計算高いのだ。
申し込んで選ばれるとしたら五百石の小納戸三人のうちの誰かに違いない。
それと後ろ姿の一人、黙して語らぬ若侍の禄が幾らであるかだが、
(――あれ?)
サギは盗み食いしながら八木の背に隠れて、手前の若侍の顔を見やった。
たしかに見覚えがある。
(あっ、美男侍のお供の若侍ぢゃっ)
若侍は美男侍のお供の若侍であった。
サギがピョンピョンと飛び跳ねていた時に(天狗か?)と怪しんでいた若侍だ。
この若侍は名を蝶谷長太郎といい、家は千石以上の上級旗本であった。
しかし、見合いで嫁を望むつもりはなさそうだ。
実は蝶谷は仲人から「どうせなら八人にしたほうが末広がりで縁起が良い」というだけの理由で見合いに参加するよう命じられたに過ぎなかった。
先日は美男侍の美男っぷりにかすんで分からなかったが、こうして十人並みの勘定見習い三人と並んでいると結構な美男の若侍だ。
(ほお~)
サギはついうっかりと蝶谷の顔をまじまじと見てしまった。
「……?」
視線を感じた蝶谷が顔を上げて八木と猪野が並んだ隙間から覗いているサギと目が合った。
(ヤバいっ)
サギはピュンと車座の若侍八人の頭上を飛び越えて窓から逃げ出す。
(サ、サギ殿っ?)
八木が尻尾のようなサギの黒髪が窓を一直線に落ちていくのをビックリとして見た。
「い、今のはっ?」
蝶谷が驚いて窓を振り返る。
「猫っ、猫でござるぅぅ」
八木は慌てて床の間で置物のように澄ましているにゃん影を指差した。
「おお、福を招く黒猫とは縁起が良い」
動物好きらしい小納戸の馬場がにゃん影を抱き上げた。
日本では昔から黒猫は縁起の良い福猫である。
八木と蝶谷以外はサギが頭上を飛び越えていったことすら気付いていないようだ。
(窓から逃げたのは、いったい――?)
蝶谷はまだ怪しむように窓から外を見たが、サギはとっくに浮世小路を後にしていた。
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