富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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猫の手も借りたい

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 一方、桔梗屋では、

 サギが作業場でカスティラを斬るところであった。

「ええか?甘太。今度こそ、しっかり目ん玉ひん剥いて見とるんぢゃぞっ」

 そう念を押してサギは直刀をキリッと構える。

「お、おうっ」

 見習いの甘太は今度こそ見逃してなるかと作業台の向かい側に屈み込み、カスティラの高さに視線を合わせ、ゴクリと固唾を呑んだ。

 ブンブン、
 ブンブン、

 サギは直刀を風車かざぐるまのように廻してみせる。

「むむう」

 甘太は目を剥いて凝視している。

「あ、これはただの格好付けで廻しとるだけぢゃ。まだ斬っとらんぞ」

 サギはわざと肩透かしを喰わせる。

「分かっとるっ。早う斬らんかっ」

 甘太は苛立って怒鳴る。

 その刹那、

 サギは目にも止まらぬ速さで縦横無尽に直刀を振った。

「うりゃあっ、とりゃあっ、そりゃあっ」

 しかし、そのサギの掛け声の直後、

「ぶぇっくしょっ、くしゃんっ、はくしゅんっ」

 甘太がくしゃみを連発した。

 最初にサギが直刀をブンブンと廻した風力で作業台の上の粉が吹き飛び、甘太は怒鳴った拍子に鼻から粉を吸い込んでしまったのだ。

 また、それと同時に、

「くぉらっ」
「カスティラに唾が飛ぶだろうがっ」

 熟練の菓子職人二人が素早く甘太のくしゃみをけてカスティラの台座を横に引っ張った。

 勢いで切られたカスティラの耳がパタパタと倒れる。

 八等分の切れ目もすでに入っている。

「あ、ああ、斬れとる――」

 甘太はガックリと土間に膝を突いた。

 結局、甘太はまたもやサギのカスティラ斬りを見そびれたのだ。


「さてと、わし等はオヤツにするか」
「甘太、お茶」
「お、今日のオヤツは饅頭か」
「和泉町の虎屋とは有名な店だの」

 熟練の菓子職人の四人は各々が同時にしゃべりながら作業場の板間へ上がっていく。

「おっ、こりゃ美味いっ」
「おい、割り当て勘定する前に食うでない」
「ひい、ふう、みい、よ、いつ、二十五個か」
「一人五個っつだな」

 熟練の菓子職人の四人は見習いの甘太の分もきっかりと人数分を取り分ける。

 その様子を見て、サギはハタと気付いた。

「そうぢゃっ。大事なことを忘れとったっ」

 そのまま作業場を飛び出し、
 
 裏木戸を飛び出し、
 
 サギは日本橋の通りを一目散に駆けて、浮世小路へ曲がっていった。


 同じ頃、

 浮世小路の錦庵では、

「ちょち、ちょち、あわわ、かいぐり、かいぐり、とっとの目」

 子守りのおマメが赤子あかご雉丸きじまるをあやしていた。 

「ちょち」は「手打ち」のことで手をペチペチ叩き、「あわわ」で手を口に三べん当て、「かいぐり」で頭をグリグリ撫でる手付き、「とっとの目」で目を見開いてビックリ顔する。

 江戸時代から定番の赤子のあやし方である。

 そこへ、

「おうい、にゃん影、帰っとるかあ?」

 サギが錦庵の裏木戸を開けるなり、忍びの猫にゃん影を呼んでキョロキョロと裏庭を見廻した。

「あれ?サギさん」

 おマメが裏長屋の縁側へ出てくる。

「んっ?おマメ?お前、感じが変わったのう?」

 サギはおマメをまじまじと見た。

 いつの間にやら、おマメはすっきりと垢抜けしている。

 半玉の小梅の影響で流行りのおきゃんの粋な着こなしになったのだ。

 おきゃんの娘はわざと無彩色に黒っぽい着物を着る。

 すると黒っぽい着物に肌の白さと唇の赤さが際立ち、小悪魔的になまめかしく見える。

 不器量な娘は決して真似してはならぬ、器量良しだからこそのおきゃんの黒っぽい着物なのだ。

 この前までおマメが着ていた着物は赤と黄の格子柄でいかにも幼く野暮ったかった。

「赤い着物べべなんざ田舎っぺが着るもんなんだってさ。江戸っ子は黒、白、紺、茶、ねずしか着ないもんなんだって」

 おマメはツンと澄まして顎を反らす。

 小梅がよくする表情を真似っこしているのは明らかであるが、ふてくされ顔していた頃と比べたら格段に可愛い。

「ほお~」

 サギはおマメが意外に器量良しだと初めて気付いた。

「ねえ?にゃん影って黒猫のこったろ?」

 おマメは口調まで小梅の真似っこである。

「あ、そうぢゃっ」

 サギはにゃん影に用があったことを思い出し、錦庵の屋根にピョンと飛び上がった。


「にゃあああん影えええぇぇぇ」

 さほど遠くない江戸城に向かって大声で呼ぶ。

「えっ?聞こえるの?」

 おマメはビックリ顔だ。

「おう、猫は耳が良いからの、ちゃあんと聞こえるんぢゃ。あ、おマメ、書くもの貸しとくれ」

 サギは長屋のハトとシメの一軒に上がってサラサラとなにやらしたためた。

「あれ?そういや、シメは?」

 部屋の枕屏風を立てた角にきちんと布団が畳んであり唐草模様の風呂敷がかぶさっている。

「もう今日から出前してる。店はまだ、あのおクキって人が手伝いに来てるみたいだけどさ」

 おマメは小梅とは仲良くなったが、おクキのことは今でも気に入らぬらしい。

「へえ、もうすっかり腰は治ったんぢゃ」

 さすがにシメは鬼の一族なので頑丈に出来ているとサギは感心した。 

 その時、

 ヒュン。

 塀の向こうから裏庭に黒い影が飛び込んできた。

 にゃん影が江戸城から戻ってきたのだ。
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