富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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絵に描いた餅

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「おやまあ」

 お葉は草之介とサギが言い争う様子を微笑ましげに眺めていた。

喧嘩けんかするほど仲が良いとはこのことだわなあ)

 そう一方的な解釈をする。

(いつまでもフラフラと落ち着かぬ草之介にはサギのようにハッキリとつよう言うてくれる娘でなくては)

 二人の相性はまさに松に鶴、竹に雀、梅に鶯というくらいピッタリだとお葉は得たり顔をした。


「――あ、オヤツぢゃったっ」

 サギは(よくもオヤツの邪魔をしおったな)という目で草之介を一睨ひとにらみしてからバタバタと廊下へ走っていった。

「う~ん?わしの思い違いかあ。まあ、仕方ない。あ、そうだ。そろそろ出掛ける支度をしなくては」

 草之介はモヤモヤとしたが、持ち前の忘れっぽさですぐに気を取り直した。

「あれ?おっ母さん、わしゃ今晩も遅うなるよ」

 板間へ顔を出したお葉に料理茶屋へ遊びに出掛けるむねを伝える。

「おや、もう茶屋遊びはよしたはずぢゃないのかえ?」

 お葉は渋い顔をする。

「しかし、わしは金を出さんのだから構わんだろう?昨晩は丸正屋の熊さんのおごりだったし、今晩は伊勢屋の若旦那のおごりなんだ。みんな義理堅くてな、今までわしにおごって貰ったから次は自分がおごると言うてくれるのさ」

 草之介はフンフンと鼻歌混じりで次の間へ入ると、鏡を見ながらまげを撫で付ける。

 当世流行りの本田髷は高い位置で細く結っている。

「ほぉ~」

 お葉は我が子ながら美男っぷりに惚れ惚れとした。

 草之介のような優男やさおとこの美男には細い髷がよく似合う。

「どれ、ちょいと」

 お葉は草之介の背後に廻って自分のくしを取って後ろのたぼを整えてやる。

「おっ母さん、わしだって遊んでばかりという訳ではないんだよ。商家は付き合いがなにより大事だろう?茶屋遊びも仕事のうちなのさ」

 草之介はしれっと言うが、一緒に茶屋遊びするのは醤油酢問屋の熊五郎と鰹節問屋の若旦那なのだから、南蛮菓子の桔梗屋には醤油も鰹節も関係がない。

「伊勢屋って鰹節の伊勢屋さんかえ?あの伊勢屋さんに若旦那なんておったかえ?たしか、娘さん三人しかおらんかったような?」

 日本橋を歩けば犬の糞と伊勢屋に当たると言われるくらい伊勢屋という屋号の店は数知れずある。

「ああ、にんべんの伊勢屋だよ。若旦那ってのは娘のお紋さんの婿のことさ。手代が入り婿になったんだ」

「まあ、手代が婿に?」

 才長けた番頭や手代を娘の婿にして跡継ぎにするのは商家にはよくあることだ。

 息子は選べぬが婿なら選べるということで息子がいたとしても娘に婿を取って跡継ぎにする商家も多いのである。

 それに、たとえ見込み違いでも婿なら幾らでも取り替えが利く。

 なにより十歳ほどの小僧の年頃から同じ屋根の下で家族同然に暮らし、気心も知れているので安心だ。

「手代を娘の婿になあ――」

 お葉は今まで考えてもみなかったが、それは商家の娘には最良の縁組みではないかと思った。

(お花もお枝も他人の家へ嫁にやるのはイヤだわなあ)

 お葉は草之介の嫁にはサギともう決めたので今度は娘の婿選びのことを考え始めた。


「なあ?お枝坊はうちの小僧等は好きかえ?」

 お葉は茶の間へ入ると餡ころ餅を頬張っているお枝に訊ねてみる。

「うんっ。あたい、こぞーといっしょにてならいもするんだえ。でも、こぞーよりサギがいちばんすきだわな」

 お枝は屈託なく答えた。

「わしも小僧みんな好きだぞ。わしもサギが一番好きだけどなっ」

 訊かれていない実之介まで答える。

「ほほほ、そうかえ」

 お葉は我が意を得たりと頷いた。

 お枝には小僧、お花には若衆か手代が年齢としの釣り合いからいって婿に適当であろう。

(そうだえ。お花もお枝も奉公人から婿を決めよう)

 桔梗屋はやたらに広いので四人の子がそれぞれ所帯を持っても一緒に住まうことが出来る。

 このまま何も変わらずに家内安全で楽しく暮らせるではないか。

「ほほほ」

 お葉は自己満足に描いた子の将来にウキウキと胸が弾んだ。


 一方、

「おっ、もうカスティラが焼き上がっとるな」

 サギは座敷へ戻る途中で鼻をヒコヒコさせて作業場を覗いた。

 すでにカスティラは四つとも木枠から抜かれて作業台の上に並んでいる。

 見習いの甘太はせっせと木枠を拭いている。

 熟練の菓子職人の四人はオヤツの餡ころ餅を食べていた。

「のう?爺さん方、おめかしの菓子の白いフワフワは考えとるのか?」

 サギがせっかちに訊ねると、

「それどころぢゃないわっ。わし等は餡作りからやり直さねばならんがなっ」

 一番年長の糖吉は腹立たしげに怒鳴った。

「へっ?餡作りからやり直し?カスティラに挟む餡のどこがいかんのぢゃ?」

 サギはキョトンとする。

「これを食うたか?」

 砂吉が餡ころ餅の折り箱を指す。

「うんにゃ、まだぢゃ。わしゃ、これからオヤツなんぢゃ」

 サギは「どれ」と餡ころ餅の折り箱の蓋の裏にくっ付いている餡を指先で取ってペロリと舐めた。

「――ん――っ」

 餡は舌の上で溶けたのちいさぎよく甘味が消え失せ、後口あとくちは鎮守の森の湧き水を飲んだかのごとくすずやかに清々すがすがしい。

「――な、何ぢゃっ。この餡はっ」

 桔梗屋の熟練の菓子職人の作った餡より遥かに美味いではないか。

 さすがにどこぞの藩の御用達という羽衣屋の餡ころ餅の餡は絶品である。

「まあ、わし等は南蛮菓子の職人で餡は専門ぢゃないがな」

「しかし、ご老中の田貫様に召し上がって戴くからには最上の餡でなくてはならん」

「そうだ。妥協は許されんっ」

「羽衣屋より美味い餡を目指さねばっ」

 熟練の菓子職人等は菓子職人魂に火が付きメラメラと闘志に燃えている。

 無謀にも名店の餡を超えるほどの美味い餡を作ろうというのだ。

「ふええ、餡作りからやり直しかあ」

 サギは面倒なことになったと吐息した。

 来月のたぬき会までにおめかしの菓子が間に合うのであろうか。
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