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口八丁手八丁
しおりを挟む「店の若い衆だけ、ちょいと集まっとくれ」
草之介は店の若い衆に集合を掛けた。
「そりゃっ」
おそらくサギのことは呼んでいないと思われるが、サギは我先に廊下を走っていく。
「若旦那様がお呼びだ」
「何だろう?」
「若い衆って小僧のわし等もかな?」
「分からんけど行ってみよう」
小僧等は顔を見合わせながら廊下を走っていく。
「兄さん、何の話だろの?」
「昼前に兄さんはとてつもなく急いでどこかへ出掛けたんだ」
お花も実之介も小僧の後に付いて走っていく。
手代と若衆も何事かと店の裏側の板間に集まった。
「みんな、聞いとくれっ。わしは今夜から火の用心のために日本橋の北側一帯を夜廻りするつもりだっ」
草之介がキッパリと宣言した。
「――えええ?」
みな驚いて目をパチクリと見開く。
「みんなも知ってのとおり昨夜は日本橋の北側で二ヶ所も火事があった。それも付け火だそうだ。それで町火消のい組が今夜から夜廻りをすると聞いた。しかしっ、わしは考えた。町火消のい組ばかりに夜廻りを丸投げというのは筋違いでなかろうかと。日本橋が焼けて困るのは他ならぬ我々、日本橋の商家ではないか。日本橋は我々、日本橋の商家の者が率先して守らねばならんのではなかろうかっ」
草之介は熱を込めて捲し立てる。
ただ、ただ、い組に代わって夜廻りすることで虎也に『金鳥』を取り返す仕事だけに専念して欲しいという切実に利己的な思いからである。
「ほおお~」
そんな裏事情は知らぬ若い衆はみな感服したように吐息を漏らす。
こういう小芝居をしてみせる時には草之介は美男だけにみな惚れ惚れと感動してしまうのだ。
「若旦那様、それならば、僭越ながら、この銀次郎に夜廻りの取りまとめ役を一任して下さりましっ」
さっそく銀次郎が名乗りを上げた。
「なに?銀次郎、お前が?」
草之介は驚いてみせたが内心でにんまりとした。
正義感の権化の銀次郎が自分が率先してやると言い出すのは狙いどおりだ。
「わたし等もっ」
「わたし等も夜廻りを致しまするっ」
若衆も小僧も前へ進み出る。
「しかし、みんな、店の仕事の後で疲れておるのに、夜廻りまでさせるのは――」
草之介はすまなそうな顔をしてみせた。
「いえっ、日本橋の北側だけの夜廻りでしたら湯屋の行きに少しばかり遠廻りすれば訳もないことにござりますっ」
銀次郎は早くも考え付いた夜廻りの道順を日本橋の切絵図(地図)を示して説明した。
「小僧、若衆、手代と湯屋へ行く時分がそれぞれ半時(約一時間)ほど異なりまするゆえ、夜廻りは一晩に三度も廻ることになり万全かと存じまする」
夜廻りの道順は桔梗屋のある本石町から、小舟町、芳町、小伝馬町、大伝馬町、室町とグルリと一廻りだ。
「ほんに、湯屋へ行くついでなら夜廻りなんぞ苦でも何でもござりませんっ」
「ほんに、ほんに」
若衆も小僧も夜中におおっぴらに町を歩き廻れるのがちょっとウキウキと楽しみになっている。
殊に芳町あたりは色町なので夜になるほど賑やかなのだ。
「みんな、有り難う。これは、自身番で借りてきた拍子木だ。銀次郎、任せたぞっ」
草之介は火の用心の拍子木を銀次郎に差し出す。
「へえっ」
銀次郎は意気込んで拍子木を受け取った。
これで草之介は夜廻りを銀次郎に丸投げするであろう。
あっという間に若い衆は今夜から夜廻りをすることに決まった。
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