富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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銭は銭だけ

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 二百両を懐に入れたらさっさと帰ると思いきや、
 
「――ところで、お葉さん、昨今の嫁入り道具というものは豪勢になっておるそうだの?」
 
 根太郎はお葉に美根の婚礼支度の相談などを始めた。
 
「そりゃあ、もう、箪笥たんす、長持、針箱、鏡台、化粧道具、茶道具、火鉢、貝桶、歌留多、すずり箱、文箱。お道具はどれもこれも漆塗りの金蒔絵の揃えで持たせてやらねば体面が保てませぬわなあ」
 
 お葉も女子おなごの受け持ちの話になると得意にスラスラと並べ立てる。
 
 嫁入り道具はとてつもなく金が掛かりそうだ。
 
「ほほう、それほど嫁入り道具があるとは思うてもみなんだ」
 
 根太郎は美根の縁談がまとまれば婚礼支度でも金の無心に来るつもりであろう。
 
「着物も幾らかあつらえてやらねばならんそうだの?」
 
「そりゃあ、もう」
 
 どうやら根太郎は尻に根が生えたごとく長っ尻するらしい。
 
「むぅん」
 
 サギは婚礼支度の話など興味なく盗み聞きにも飽きてしまった。
 
 次の間をスルリと音もなく出ると縁側をソロソロと忍び足で引き返す。
 
「お前さんはちいとも効かんようぢゃな」
 
 途中で立て掛けてある逆さ箒に向かってケケケと笑う。
 
 
 そこへ、
 
「サギさぁん?甘酒屋さんが来とりますがあ?」
 
 台所から下女中の声が聞こえた。
 
「甘酒屋の小父さんぢゃっ」
 
 サギは急いで台所へ走った。
 
 
「昨日、錦庵さんへ寄ったら、お前さんは桔梗屋さんにおるからそっちへ行っとくれと言われたでな」
 
 甘酒屋は裏木戸の外に甘酒の天秤桶を下ろして待っていた。
 
「そうぢゃ。わしゃ、毎日、甘酒を飲むと決めたんぢゃ」
 
 サギは台所にある酒徳利を借りて桔梗屋のみなの分まで甘酒を三升半も買った。
 
「へい、まいど。二百八十文だがな」
 
 甘酒屋はいっぺんに三十五杯分も売れたのでホクホク顔だ。
 
「そいぢゃ、これで」
 
 サギは一両小判を差し出す。
 
「ふへ?がはは、おひゃらかしちゃいかん。甘酒屋にそだな釣り銭があるわきゃなかろうが」
 
 甘酒屋は甘酒を注ぐ柄杓ひしゃくを振って笑い飛ばした。
 
「ま、そうぢゃろと思うたんぢゃ。けど、銭はないんぢゃ」
 
 金は日常のオヤツ代に使う額じゃないので銭がないと買い物も出来やしない。
 
「そしたら、両替屋へ行って銭に替えて貰ったらええんだがや」
 
 
 そうして、
 
 甘酒屋が案内してくれてサギは初めて両替商へやってきた。
 
「全部、銭に替えとくれ」
 
 サギは一両小判を出して言った。
 
 両替商はこういう田舎者には慣れた対応である。
 
「全部、銭に?百文の銭束が五十束にござりますよ」
 
 それは持ち歩くには重たそうだ。
 
 一文銭もあるが四文銭が便利なので物の値段は四の倍数になっている。
 
 粟餅は四文、甘酒は八文、屋台の蕎麦は十六文という具合である。
 
 結局、両替商に勧められて一両小判は一分金四枚に替えて、うち一枚を銭に替えることにした。
 
 金の単位は両、分、朱とある。
 
 四分で一両、四朱が一分である。

 だが、安永のこの時代は一朱金、二朱金は通用していない。
 
 
 サギは一分金三枚を財布に仕舞った。
 
 金一分は千二百五十文になる。
 
 両替商はドサドサと四文銭の穴に紐が通してある束を十二束と四文銭十二枚と一文銭二枚を並べた。
 
 一束が百文である。
 
「――ん?百文なら四文銭が二十五枚ぢゃないのか?一枚足らんぞっ」
 
 サギは素早く枚数を数えて文句を言った。
 
 これでも富羅鳥山では毎日一羽だけ鳥を捕り、仲買人に売り、峠の茶屋で団子を食べ、土産物屋で買い物し、余った銭は竹筒の中に貯めてとチマチマと銭勘定していたサギなので金銭感覚はしっかりしているのだ。
 
「四文は両替の手間賃として初めから引いてあるんでござります」
 
 百文の束は最初から両替の手間賃の四文を引いた二十四枚であった。
 
「――へ?そいぢゃ、十二束で四十八文も引かれとる?」
 
 サギは呆然とした。
 
 両替をしたら銭が減ってしまった。
 
 銭を数えただけのくせにそんなにも手間賃を取る両替商とは何とあこぎな商売であろうかと思った。
 
 この両替商が後々に銀行となるのである。
 
「四十八文、粟餅が十二個も食えたのに――」
 
 サギはすこぶる損した気分で両替商を出た。
 

「ほい、ほい、二百八十文」
 
 甘酒屋は四文銭二束と四文銭二十枚を受け取った。
 
「一束は九十六文ぢゃぞ。八文、足らんぢゃろ?」
 
 サギは怪訝そうな顔をする。
 
 甘酒屋が一杯分を負けてくれた訳ではない。
 
「こりゃあ束のままで使うなら百文で勘定するんだがな」
 
 買い物をするにも銭が束のままであれば数える手間賃と紐代で四文が引かれるのだ。
 
 江戸の九六勘定というやつである。
 
「なんぢゃ?そうなんぢゃ?ややこしいのう」
 
 サギは分かったような分からぬような顔をした。
 
 富羅鳥山には両替商などないのでサギはチマチマと貯めた銭をバラのままでしか使ったことがなかったのだ。
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