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福引き
しおりを挟む「さあさあ、宴もたけなわ。いよいよ、お待ちかねの福引きにござりますぅ~」
「一等の大当たりは桔梗屋の若旦那から金二分の賞金にござりますぅ~」
太鼓持ち二人が大袈裟な身振りで告げると芸妓衆はワアッと盛り上がった。
そもそもお座敷の福引きは正月の新年会で行うものである。
だが、草之介は母のお葉に「これっきりだえ」と釘を刺されたので今晩が最後の茶屋遊びと思って特別に余興に福引きも入れたのだ。
お座敷の福引きのやり方は宴席に呼ばれた旦那衆がそれぞれ景品を持ち寄る。
今晩は二十人分の景品が用意された。
その二十個の景品の包みの一つ一つに長い紐を結び付け、次の間に並べ置いて、閉じた襖から二十本の紐だけを出してお座敷の畳の上に扇のように広げる。
その紐を芸妓衆がそれぞれ選んで、「せーのっ」で引っ張り、ジャーンと襖を開いて次の間に並んだ景品を引き当てるのだ。
紐をとりどり色分けする福引きもあるが、そうすると何色の紐が大当たりか教えるイカサマも出来るので草之介の福引きはイカサマなしの紐はすべて同じ紫色だ。
お遊びなので旦那衆もわざとつまらぬものも景品に持ってくるので包みを開けて何が出るかはお楽しみである。
芸妓衆はそれぞれの紐をちょっと引っ張って重さを確かめたりしてから各々が選んだ紐を引っ張った。
「せーのっ」
「そぉーれっ」
太鼓持ち二人が襖を左右から一気に開く。
芸妓衆は紐を引っ張って自分の膝元までスルスルと引き寄せた包みを開いて見た。
「あ~あ、丸正屋の醤油だよ。熊さんの景品だ」
「こっちは佃煮の詰め合わせぇ」
「なにこれ?やだっ。フンドシがいっぱい』
つまらぬ景品を引いた芸妓衆はブウブウと文句を言う。
「うわっ、へんちくりんな柄の反物。加賀屋の若旦那ぁ?売れ残りを持ってきたね」
蜂蜜は悪趣味な柄の反物を広げてケラケラ笑う。
「わあっ、あたしゃ伊勢屋の若旦那の鰹節だっ」
小梅は上物の鰹節を引いて大喜びだ。
「なんだ。土瓶?――あっ、やったあ。大当たりの金二分だよっ」
大当たりを引いたのは松千代であった。
わざと重たくなるように金二分の祝儀袋は土瓶の中に入れてあったのだ。
「はははっ」
草之介は上機嫌で笑った。
しばらく鬼ヶ島にいたので久々の茶屋遊びの愉しさはまた格別だ。
こんな愉快きわまる茶屋遊びをどうして今晩限りでやめられようか。
やがて、宴もお開きが近付いた頃、
「ちょいと憚り様」
草之介はようようご不浄へ立った。
南蛮菓子屋だけに甘党の草之介は酔っぱらうほどは飲まぬので縁側を進んでいく足取りもしっかりしている。
「こちらにござりますぅ」
草之介を厠へ案内していく半玉は小梅である。
馴染みの茶屋で厠の場所を覚えている客でも半玉が厠の手前まで送り迎えするのが作法だ。
厠を出た草之介が縁側の手水鉢で手を洗う。
「お手をどうぞぉ」
柄杓で手に水を掛けてやって、手拭いを渡してやるのも半玉の仕事だ。
そこへ、
「若旦那、折り入ってお話が――」
いきなり縁側の下から虎也がスルリと姿を現した。
さすがに猫魔は猫のように縁の下も得意なのだ。
「お、お前さんは、い組の虎也?」
草之介はポカンとした顔で虎也を見返す。
日本橋の町火消でい組の纏持ちの虎也といえば美男と評判なので当然ながら草之介も知っていた。
「あのぉ?」
小梅はわざと困ったような顔で草之介を見やる。
「ああ、小梅は広間へ戻っていておくれ」
草之介は気軽に虎也の話を聞くつもりだ。
やたらに顔が広く遊び仲間の仲間はみな仲間という草之介なので同じ日本橋の火消が混ざっていても仲間の誰かの連れだろうと不審にも思わない。
「……」
小梅は虎也と他人行儀に会釈し合って座敷へ戻っていく。
「ええと、立ち話もなんだし――」
貸し切りなので宴の広間二間の他は空いている。
草之介は虎也と空き座敷へ入った。
「すまんなあ。せっかく隠れておったのに。てっきり小梅が最後とばかり思うて祝儀は小梅にやってしまったんだ」
どうやら草之介は虎也がかくれんぼでまだ隠れていたのだと思ったらしい。
「いや、そんな話ではござりませぬ。かくれんぼもしておりませぬ」
虎也は全力で否定する。
とっくにお座敷は福引きで盛り上がっていたのに、気付かずに縁の下に隠れていた間抜けと思われるのは心外である。
「そいぢゃ、話というのは?」
草之介はキョトンと首を傾げる。
「内密の話にござりまするゆえ、若旦那、ちと、お耳を拝借――」
虎也は草之介に顔を寄せてヒソヒソと耳打ちした。
「――ええっ?」
草之介はビックリと叫んでから興奮気味にゴクンと喉を鳴らし、声を潜めて訊き返した。
「――『金鳥』を取り戻してくれるだって――?」
もう期待と興奮で目は爛々と輝いている。
「無論、タダという訳には参りませぬ。報酬は千両。前金として半額の五百両をご用意、願えましょうか?残りの半額は『金鳥』と引き換えということで――」
虎也としては相当にふっかけたつもりである。
だが、
「えっ?千両っ?たったそれだけでっ?」
やはり、草之介の金銭感覚はどうかしていた。
これまで桔梗屋は月に四度の販売会で一晩に三百両も稼いでいたのだから千両など安いものと思っているのだ。
「あっ、それはそうと、どうして『金鳥』のことを知っとるんだい?いったい、お前さんは?」
草之介は『金鳥』を取り戻せるという喜びで肝心なことを訊くのを忘れていた。
「実は、わたしは、かくかくしかじかで――」
虎也は忍びの正体を明かした。
「ええ?忍びの者?へえ、初めて逢うた。へええ、意外と身近におるものなんだなあ」
草之介は疑り深い母のお葉と違って単純だ。
「そりゃあ江戸は将軍様のお膝元。その江戸の中心は日本橋。忍びの者はウジャウジャとおりまする」
「なるほどなあ」
「ええ、これを機にお見知りおきを――」
虎也はあまりに話が簡単に進んだので拍子抜けした。
草之介も攫われて鬼ヶ島へ連れて行かれるという珍しい体験をしたのでさほどのことでは驚かぬようだ。
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