富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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宝の持ち腐れ

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 その頃、

「ズルズル」
「スルスル」

 すでに、サギは五枚目、お花は三枚目の蕎麦に箸を付けていた。

「んくう~、蕎麦の付け合わせのカスティラの耳には七色唐辛子が合うのう。ズルズル――」

「うん、あたしも七色唐辛子たっぷりだわな。けど、サギ、蕎麦はズルズルぢゃなくスルスルとすするものだえ?」

「えっ?スルスルか?」

 ずっとこれまでサギ以外はスルスルと蕎麦を啜っていたのであった。

 あの百貫デブの熊五郎でさえもスルスルだ。

「わしゃ吸い込みが強かったんぢゃな。スルスル」

 サギがたこのように口を突き出して蕎麦をスルスルと啜っていると、縁側から小梅がパタパタと戻ってきた。

「あああ、いきなりお馬さんがやってきちまってさ。ご不浄で紙団子をこしらえてたら遅くなっちまった」

 小梅はご不浄が長かった言い訳を娘ならではの理由で誤魔化した。

「へえ、紙団子?あたし、使ったことないわな」

「そう?ずれなくていいよ」

「……?」

 お花と小梅は当たり前のように話しているがサギには何が何のことやら。

(お馬さんがやってきた?厠にかっ?)

(紙団子?)

(いったい何の話ぢゃあ?)

 サギはあんまり物知らずな田舎者と思われたくないので分かっているような顔していたが、さっぱり謎であった。

 お馬さんというのは女子おなごの月経のことである。

 和紙とちり紙を重ねて股にあてがうための下帯が馬の顔のようなのでそう呼ばれたらしい。

 紙団子は和紙を筒状に丸めたもので詰めて使う。

 どっちみち、『くノ一』のサギにお馬さんが訪れることはないので知る由もなかったのだ。


「――ん?これ、何?」

 小梅が大鉢に盛られた短冊切りのカスティラの耳に顔を近付けた。

「カスティラの耳だわな」

 お花が小梅にも大鉢を勧める。

「あ、ホント。カスティラだ。桔梗屋のカスティラはしょっちゅう食べてっけど耳なんざ初めて」

 小梅はカスティラの耳を口の端にくわえてモグモグとむ。

「えっ?小梅はしょっちゅう食べてるのかえ?あたしだってカスティラは耳しか食べられんのに?」

 お花は憤慨したような顔で小梅を見返す。

「うん。だって、贔屓のお客が手土産にしょっちゅうお座敷に持って来てくれるんだもん」

 高価な桔梗屋のカスティラも小梅にとっては珍しくもない普段のオヤツなのだ。

「ズルいわなあ。芸妓げいしゃは。旦那衆と一緒に贅沢しとるんだから」

 お花は盛大に溜め息をついた。

「あたしゃ小梅とちごうて長唄の稽古だって好きだし、唄だって得意だし、芸妓になる器量は充分に備わっておると思うわなあ?」

 お花は同意を求めるようにサギを見やる。

「うんっ。お花の唄はそりゃ上手ぢゃっ」

 サギはカスティラの耳を頬張りながら請け合う。

「ふうん、小町娘と評判のお花様ほどの器量良しで、そのうえ唄まで上手いってのに箱入り娘だなんてさ、宝の持ち腐れだね。稼げる器量があるのにさ。大損だよね」

 小梅はあっさりと言った。

「うんっ」

 お花は小梅の言うとおりだと大きく頷く。

 にわかに裕福な日本橋の大店の娘がつまらぬものに思えてきた。

 この美貌もこの美声も箱入り娘のままでは宝の持ち腐れなのだ。

「小梅はおっ母さんも芸妓なんだえ?」

 お花は興味津々に訊ねる。

「うん。ふるい付きたくなるような色っぽい美人でさ。『男殺し』と評判の売れっ子芸妓なんさ。実際、何人か殺してるんだってさ」

 小梅は事もなげに言う。

「――こ、殺してる?」

 お花とサギはキョトンと揃って首を傾げた。

 まさか、冗談だと思ったのだが、小梅の話は事実であった。

「なにしろ、ふるい付きたくなるような色っぽい美人だからさ、無理やり迫ってきた男を、こうかんざしでさ」

 小梅は自分の髪に差した銀のピラピラ簪を人差し指と中指に挟んでスッと引き抜き、クルッと簪を廻し、ブスッと一気に刺す真似をした。

「――と、こんな具合さ」

 小梅はまた簪をクルッと廻し、顔の横にかざして得意げにキリッと流し目を決めた。

 同じ十五歳と思えぬ艶っぽさだ。

「ほお~」

 お花とサギは小梅の鮮やかな所作に惚れ惚れとする。

 小梅の母が『男殺し』と呼ばれたのは伊達じゃないのだ。

 江戸時代は女子おなごみさおを守るためなら手込めにしようとした相手をあやめても無罪であった。

 つまり、小梅の母のような猫魔の忍びの娘が相手を色仕掛けではめて狙い打ちすることも可能なのだ。

 その血を引く小梅もなにやら怪しいが間抜けなことにサギはまったく怪しんでいなかった。

「さすが江戸の芸妓ぢゃあっ」

「そんな凄技がないと売れっ子芸妓にはなれんのだわなっ」

 田舎者のサギも、箱入り娘のお花も、江戸の芸妓はそういうものかと納得していたのだ。
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