富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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名代粟餅

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「あっ、もう客が並んどるっ」
 
 不覚にも出遅れた。
 
 タタターッ、
 
 サギは粟餅屋へ向かう人々を凄まじい速さでゴボウ抜きし、行列に並んだ。
 
「名代、名代、お江戸で評判、満福屋の粟餅でございぃ~」
 
 粟餅屋の店先では男衆三人が大きなうすを囲んで二人がきねを振り下ろし、一人がこね手をしながら快活に唄い出した。
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
「粟餅の曲搗きょくつきぢゃ。そりゃつく、やれつく、そりゃつく、やれつく♪何をつく、麦つく、米つく、ひえをつく、証文手形に判をつく、旦那の尻へ供がつく、女郎はお客のゑりにつく、朝のわかれた山寺のずんぼら坊さん鐘をつく、うそつく、たてつく、食らいつく♪さぁさ、これぞ、名代、名代ぃぃ」
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
「そりゃつく、やれつく、そりゃつく、やれつく♪」
 
 行列の客までも杵搗きに合わせて手を振りながら唄い出す。
 
「そりゃつく、やれつく、そりゃつく、やれつく♪」
 
 サギもノリノリで手を振りながら唄い出した。
 
「そーれっ」
 
 男衆が搗き上がった粟餅を杵でポーンと宙高く飛ばすと店の女衆三人が大皿で粟餅を受け取った。
 
「わあ~」
 
 客は拍手喝采だ。
 
「ふぃ~」
 
 サギは宙を飛んだ粟餅に目を丸くした。
 
 店の中では女衆三人が手早く粟餅を千切っては餡を詰めて丸めている。
 
 丸められた粟餅には仕上げにきな粉がまぶされた。
 

「さぁさ、お待たせえ」
 
 接客の若い娘三人が注文を取る。
 
「五つおくれ」
「六つ」
「八つだ」
 
 客は待ってましたと粟餅を注文する。
 
「あっ、わしゃ、幾つ買うたらええぢゃろ?え~と、わしが五つ、お花と実之介が三つ、お葉さんとお枝が二つ、あっ、草之介もおったの」
 
 サギは指折り数えて粟餅の勘定をした。

 そこへ、
 
「おい、粟餅を買うのならこっちにしろ」
 
 美男侍がいきなりサギの腕を掴んで行列から引っ張り出した。
 
「あっ、なにするんぢゃ?せっかく並んどったのにっ」
 
 サギは文句を言ったが美男侍は聞く耳持たずズンズンとサギを引っ張っていく。
 
「あの満福屋の粟餅はいかん。たしかに評判の行列の出来る粟餅屋ではあるが派手な曲搗きで客寄せをしておるだけだ。肝心の粟餅の味はいたって並み。不味くはないが美味くもない」
 
「へえ~」
 
「わしが江戸一と認める粟餅屋は、それ、その金福屋だ」
 
 美男侍が指差した先を見るとひなびた農家がある。
 
 すでに農家の庭先には馬の黒鹿毛と黄金丸が繋がれている。
 
 首尾良く美男侍がお供に命じて馬二匹を引いてきたのだ。
 
「ここが粟餅屋か?」
 
 金福屋という看板も気付かぬほどに小さなものが軒下に掛かっているだけだ。
 
「わざと目立たぬようにと言い付けてあるのだ。ここの粟餅の美味さが知れ渡って行列など出来ては困る。わしが気ままにブラリと立ち寄って食えなくなるからなっ」
 
 美男侍はウハハと愉快げに笑う。
 
「威張りん坊のうえに食いしん坊ぢゃっ」
 
 サギもウハハと笑って美男侍の後にくっ付いて農家へ入った。
 

「これはこれは」
 
「ようお越し下さりました」
 
 爺さんと婆さんが戸口の美男侍を見るなり、奥からすっ飛んできた。
 
 そのニコニコ顔を見ると心から美男侍を歓迎していることが分かる。
 
 サギは美男侍と庭先の縁台に座って婆さんの運んできた冷やし水を飲んだ。
 
「はあ、美味いのう」
 
 サギはホッと一息つく。
 
 日本橋から目黒まで早馬で喉も渇いたので冷やし水の美味さは一際ひときわだ。
 
「爺さん婆さん。この小童こわっぱに粟餅をこしらえてやってくれ。幾つ、入り用だ?」
 
 美男侍は飲み干した冷やし水のさかずきをわざわざ水屋へ戻してサギに向かって訊ねる。
 
「あ、ええと、そいぢゃ、五十個っ」
 
 サギは五本指をパッと広げて答えた。
 
「へえ、そりゃあ、ちょうど一臼分ひとうすぶんだの」
 
 爺さん婆さんはテキパキと粟餅を搗く支度を始める。
 
「粟餅を五十個も何に入れて持ち帰るつもりだ?」
 
 美男侍はまた縁台に座った。
 
「――へ?え~と?」
 
 サギは懐を探ったが今日は急いで出たので風呂敷は持っていない。
 
「ふ~む」
 
 美男侍は農家の土間をキョロキョロと見廻し、
 
「おい、爺さん、あのかごをくれまいか?」
 
 大根の入った四角い手提げ籠を指した。
 
「へえ、そんなムサい籠でよろしければ」
 
 爺さんは恐縮して頷く。
 
 美男侍はまた立って手提げ籠の中の大根をせっせと取り出し、水屋に片付ける。
 
「ああ、もったいない。お侍様がそのような真似をなさってはっ」
 
 婆さんは大慌てで美男侍の手から大根を引ったくる。
 
「やれやれ、大根も持たせて貰えん。ほれ」
 
 美男侍は手提げ籠をパンパンと綺麗にはたいてからサギに手渡した。
 
「こりゃあ助かる。見かけによらず気が利くのう」
 
 サギは手提げ籠を喜んで受け取った。
 
「お前は幾つだ?――あ、粟餅を食う数ではなく年齢を訊いておるのだぞ」
 
 美男侍はサギの早合点しがちなところまで先廻りする。
 
「わしゃ十五ぢゃ」
 
 サギはキョトンと美男侍を見返した。
 
 言われなければサギは必ずや粟餅の数を答えていたであろう。
 
 サギの頭の中は粟餅のことでいっぱいだからだ。
 
 美男侍は早くもサギのそういう性質を飲み込んでいるようだ。
 
「そうか。十五。わしがお前の年齢としには江戸城へ小姓として出仕しておった」
 
「ほお~」
 
「つまり、日夜、気を利かせねばならん勤めをしておったということだ。目配り、気配り、心配り。もはや、それが習い性となっておるのだ」
 
 美男侍はいまだに小姓時代の習い性の抜けぬ己れに口惜しげだ。
 
「なるほど~」
 
 サギは深く頷いた。
 
 細やかに気の利く美男侍はいかに小姓として優秀だったかを物語っている。
 
 おそらく出世して今ではさぞや立派な役職に就いているのであろう。
 
 後にサギは美男侍の正体を知ってビックリ仰天することになる。
 
 それはさておき、
 
 そのうち庭先にうすが置かれ、婆さんがこね手で爺さんが杵を振って粟餅を搗き出した。
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
「どれ、わしにも搗かせてくれ」
 
 美男侍はもう一本の杵を手に取って爺さんと二人で搗く。
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
「わしもっ、わしも搗きたいっ」
 
 サギは何でもやってみたくなる。
 
 爺さんの杵を借りてサギは美男侍と二人で搗く。
 
「よっ」
 
「ほいっ」
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
 不思議なほどに息がピッタリと合う。
 
「よっ」
 
「ほいっ」
 
 二人共、熱中して杵を振るう。
 
 ペッタン、
 ペッタン、
 
 気付くと、ほとんどサギと美男侍とで粟餅を搗き上げてしまった。
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