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怪しい童
しおりを挟む「ふぃ~、まいった、まいった。可愛いお花も鬼のシメも中身はさほど変わらんの。見た目は大違いぢゃが」
サギはお花の乱暴からヨレヨレと逃れて階下の厠へ行った。
縁側の突き当たりにある厠は中へ入ると大用と小用に壁を隔てて分かれている。
壁は上の四分の一ほどが空いている。
サギは大用のほうへ入った。
贅沢三昧の桔梗屋は厠も豪勢である。
サギは見たことなどないが将軍様の使うような黒漆塗りのツヤツヤの便器。
漆塗りの箱に入った落とし紙は桜花紙という高級品だ。
「はあ、柔いのう」
サギはスリスリと桜花紙に頬ずりする。
錦庵では浅草紙と呼ばれる安い灰色のザラザラしたチリ紙を使っているが、桜花紙は白く薄く柔らかい。
吉原の遊郭で使われているのが桜花紙であった。
カタン。
厠の戸が開く音。
(おや?)
小用のほうで誰かが用を足しているらしい。
奉公人は裏庭にある厠を使うので、家族の厠で小用のほうを使う男子は今時分は誰もいないはずだ。
(実之介は手習い所から帰らんし、草之介は攫《さら》われて帰らんし、旦那が珍しく家におるのか?)
サギがコソッと壁の上の隙間から覗くと九歳ほどの童だ。
実之介によく似ているが実之介ではない。
「誰ぢゃ?お前?」
サギが声を掛けると、
「わっ」
九歳ほどの童は壁の上の隙間に突き出たサギの顔を見てビックリと厠から飛び出ていった。
「あっ、何で逃げるんぢゃっ」
なんだか怪しい童だ。
「待ていっ」
サギも厠を飛び出し、縁側を走っていく怪しい童の襟首をはっしと掴んだ。
「は、放さんかっ」
九歳ほどの童は襟首を掴まれたままジタバタと亀のように手足を振って暴れる。
「どうしましたえ?お前さ――」
お葉が大声を聞いて慌てて裏庭に面した座敷から出てきて、
「――っ」
九歳ほどの樹三郎がサギに掴まれているのを見て焦ったように言葉を切った。
「サギ?何だえ?泥棒っ?」
お花もバタバタと二階から下りてくる。
「何の騒ぎでござりまするっ?」
おクキまで台所から走ってきた。
「こいつ、怪しい奴ぢゃっ」
サギは襟首を掴んだまま童を前に突き出した。
「えっ?どこの子?」
お花はキョトンとして童を見る。
「おや?それはミノ坊様の浴衣でござりますわいなあ?」
おクキは泥棒を見るような目で童を見た。
「いや、違うんだえ。その子は、ええと、そう、親戚の子だわな。ミノ坊の従兄弟でな。ちょっと家で預かることになったんだわな」
お葉はしどろもどろに出鱈目を言った。
「――へ?従兄弟?」
サギはパッと襟首から手を放した。
「ふんっ」
九歳ほどの樹三郎は高慢な態度で襟元を引っ張り合わせると逃げるように奧の棟へ走っていった。
「わ、わしも奥に――」
お葉もあたふたして後を追って走っていく。
「聞いとらんわな。従兄弟を家に預かるなんて。そりゃあ、伯父さんのところは子が五人もおるらしいけど、今まで一度だって家へ来たことなかったのに」
お花は首を捻った。
お花は事情を知らぬが樹三郎もお葉も草之介も昔から盆暮れの挨拶にやってくるだけで伯父を甚しく嫌っているのだ。
「今の子、旦那様によう似とりましたわいなあ」
おクキが怪しむように言った。
「あっ、ひょっとして、お父っさんの隠し子っ?」
お花はビックリと声を上げた。
「だって、今朝からお父っさんは具合が悪いって姿を見せんし、おっ母さんはソワソワしとるみたいだし、様子がおかしかったもの。あの隠し子が来たせいだわな。なあ?おクキ?」
「へえ、いえっ、まさか、そんなことは――」
おクキも返事を濁したものの隠し子ではと怪しんでいた。
手代の銀次郎から聞いた話で樹三郎に浮気者という疑惑を持ったので、隠し子もいるのではと思ったのだ。
「従兄弟なんて嘘だわな。伯父さんとお父っさんは兄弟でも全然、似とらんのに、あの子はお父っさんにソックリだもの」
お花は確信したような顔である。
「ほえ~」
サギはマズいことをしたと思った。
あの童がいるせいで今日は桔梗屋の晩ご飯に呼ばれそうにない。
今晩もまた蕎麦だ。
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