富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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密命

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「主命にて馳せ参じつかまつりましたぁぁ。いえぇ、して、急な用件とはぁぁ?」
 
 サギはさっそく八木の語尾が震える口調を真似した。
 
「ああ、違う、違う。こうぢゃ。おおぉ、これが例の『アレ』でござるかぁぁ?」
 
 シメも八木の口調を真似してみせる。
 
「いや、おおぉ、これが例の『アレ』でござるかぁぁ?いや、ござるかぁぁぁ?ぢゃろう」
 
 ハトも負けじと真似する。
 
「うひゃひゃっ」
 
 サギとシメとハトは八木の物真似で盛り上がった。
 
 遊んでいるようでも物真似は大事な忍びの習いの一つだ。
 
 その時、背後から声が、
 
「おおぉ、これが例の『アレ』でござるかぁぁ?」
 
 一瞬、「本人かっ?」と驚いて三人が振り向くと、声の主は我蛇丸であった。
 
「さすが兄様あにさまぢゃっ」
 
 サギは感服した。
 
 我蛇丸は大福帳から目を離さずに売り上げの勘定を付けながらも八木の物真似もサラッと完璧だ。
 
 
 それから半時(約一時間)も経つと、
 
「ニャッ」
 
 江戸城からにゃん影が帰ってきた。
 
「上様からふみぢゃ」
 
 みなは縁側の座敷に車座になる。
 
 我蛇丸が緋鹿子の首輪をいてふみを取り出す。
 
「おう、お毒見係のお三方は金煙を吸うて無事、正気に戻ったそうぢゃ」
 
「良かったのう」
 
 サギは将軍様のふみを手に取って見た。
 
 今度は端っこにお庭番の八木の似顔絵が描いてある。
 
「元々、死ぬような毒ではなく上様へのおどしに盛った幻薬ぢゃろう。お毒見係を死なせば脅しも一時いっとき。幻薬でほうけた姿を十数年も見せ続けるほうが脅しには効くというものぢゃ」
 
 シメが誰ともなしに解説する。
 
「おう、そうぢゃ。相手に毒殺される懸念はないので上様も油断なされる。『まあ、温和おとなしゅうしておれば良いか』と諦める。ジワジワと相手の思う壺ぢゃ」
 
 ハトも解説する。
 
「むうん、その幻薬を盛った奴はネチっこい性分ぢゃのう」
 
 サギも腕組みして、いっぱしの忍びを気取る。
 
「上様はお毒見係といえど家臣が犠牲になるよりはご自身がまつりごとから引っ込んでしまわれることをいさぎよしとする良くも悪くも情け深いお方ぢゃからのう」
 
 貸本屋の文次も頷く。
 
「あれっ?いつの間にか文次が混ざっとるっ」
 
 サギはいったい何時いつから文次が横に座っていたのかまったく気付かなかった。
 
 さすがに文次は三十歳で年長の忍びの者だけに神出鬼没だ。
 
「上様はただの遊び好きでまつりごとをそっちのけにしとった訳ぢゃないんぢゃな。お毒見係の身を案じてまつりごとに口出しせんかったということぢゃ。やっぱり、上様はお優しいお方ぢゃ。うんうん」
 
 サギは幾度となく頷いてから、
 
「あっ?そしたら、上様の食膳に幻薬を盛ってお毒見係をほうけさせたのは、今、まつりごとの実権を握っとる奴ということかっ?」
 
 ハッとして我蛇丸を見返った。
 
 いくら物知らずなサギでもそれくらいは分かった。
 
まつりごとの実権を握っておるのは老中の田貫兼次たぬき かねつぐぢゃ。しかし、毒を盛った証拠はない」
 
 我蛇丸が渋面する。
 
「タヌキのカネヅク。ぢゃけど、田貫様はご立派なお方ぢゃって、桔梗屋の古くからのお得意様ぢゃって、お葉さんが言うとったのに――」
 
 サギはお葉の田貫兼次への信頼に溢れた表情を思い出す。
 
「そりゃあ菓子屋にとっちゃ菓子をしこたま買うてくれる人がご立派なお方というだけぢゃわ」
 
 シメはフンと鼻を鳴らす。
 
「上様の食膳に幻薬を盛るような奴でも菓子をしこたま買うてくれたらご立派なお方か?」
 
 サギは善人ばかりの桔梗屋がそんな悪者と繋がりのあることが信じられない。
 
「桔梗屋はそんなことは知らんのぢゃろうから仕方ない。そもそも、『金鳥』のようなあぶなげな怪しいものを何ら警戒心も持たずに気軽に使こうとった脳天気なやからぢゃからのう」
 
 ハトが嘆息する。
 
「そんなに『金鳥』はあやういものか?」
 
 サギは身を乗り出す。
 
「おう。富羅鳥城には昔、金煙を吸い過ぎて亡くのうてしもうたお方がおったんぢゃ」
 
「だ、誰ぢゃ。それは?」
 
「富羅鳥藩主の鷹也たかなり様のご正室の凰子おうこ様ぢゃ」
 
「ご正室の凰子おうこ様?」


 それはこういう事情であった。
 
 
 サギが生まれるより前のこと、
 
 富羅鳥藩の若き藩主の鷹也たかなりは十九歳の年齢としに公家の息女を正室に迎えたが、凰子おうこは鷹也よりも五歳上の二十四歳であった。
 
 凰子は子に恵まれず、三年後に鷹也のお手付きとなった側室の十七歳のお鶴がすんなり身ごもって若君、鳶千代を産んでお鶴の方となった。
 
 正室の凰子は心中、穏やかならず。
 
 公家の息女の凰子は温室育ちで身体が虚弱であったが、お鶴は下っ端の奥女中として働いていたので身体も丈夫であった。
 
 それでなくとも若い妊婦が子の健やかな発育に望ましいとされ、三十歳にもなれば出産は危険とされた時代ゆえ子作りのお呼びも掛からなくなる。
 
 さらに、お鶴の方が二人目を懐妊(中にはサギ)。
 
 三十歳を間近にして凰子は焦った。
 
 若返って子作りを――。
 
 そう思い詰めた凰子は『金鳥』の危うさを知らぬまま玉手箱の蓋を開けて金煙を吸い込んだ。
 
 
「そ、それでどうなったんぢゃっ?」
 
 サギは固唾を呑む。
 
「凰子様の絶叫に駆け付けた爺やの雁右衛門がんえもん殿が素早く玉手箱の蓋を閉じたが、時すでに遅し――」
 
「抜け殻になった凰子様の打ち掛けを取り上げると、畳の上には小さな深紅しんく血塊けっかいだけが――」
 
「つまり、産まれる前の母親の胎内にいた時ほどの姿に戻ってしまったという訳ぢゃのう」
 
「そんな姿になっては年寄りの銀煙を使こうても元に戻るのは無理ぢゃ。血塊では銀煙を吸い込めんからのう」
 
 シメとハトは痛ましげに眉根を寄せる。
 
「ひいぃ、恐ろしいのう――」
 
 サギは震え上がった。
 
「ご正室の凰子様がそのようにはかなくなられて、鷹也様は忌まわしい秘宝を封印すべしとお考えぢゃったのぢゃ。不老不死など自然のことわりに背く災いの元ぢゃと。上様は鷹也様の遺志を尊重され、代わって『金鳥』を封印なされるおつもりぢゃ」
 
 我蛇丸がキッパリと告げる。
 
「――我等、富羅鳥の忍びの密命は秘宝『金鳥』『銀鳥』の封印っ」
 
「うんっ。危なげな秘宝なんぞ封印して誰にも使わせんほうがええっ」
 
 サギは強く頷く。
 
 まだ十五歳のサギには若返りの欲求など分かろうはずもなかった。
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