48 / 314
自責の念
しおりを挟む「奥様、お百度参りで傷めた足はすっかりと治うとるようにござりまするなあ?」
シメが見たところ、お葉は普段と変わりなく歩いていた。
「まあ、お百度参りのことまでご存知とは。へえ、昨晩、金煙をほんの少し――」
お葉は気まずそうに俯く。
お百度参りの小走り往復で擦れて赤剥けになった足は金煙で跡形もなく綺麗に治っていた。
「……」
サギはムズムズと身体を動かして落ち着かぬ様子。
「左様なれば、愚かな隠しだては無駄と観念を致し、何もかも正直に申し上げましょう。話せば長うなるかと存じまするが――」
お葉が話を切り出す。
「えっ?話が長うなるのか?わし、ちょいと厠へ行くから待っとくれっ」
サギは我慢の限界で客間を出て、厠へすっ飛んでいった。
「――どうぞ、構わず続けて下され」
我蛇丸がお葉に話の先を促す。
「へえ、あの『金鳥』は十数年前に桔梗屋の先代であるわしの父、弁十郎が知人より預かり受けしものにござります。『金鳥』を使うて桔梗屋を今以上に大きな店にするようにと、知人はそれを条件に『金鳥』を父に渡されましたそうにござります」
「その知人とは?」
「さあ?父は知人の名をわし等には秘めておりましたゆえ、古くからの知人というので、おそらく長崎で蘭学を学んでおりました頃に知り合うた方ではなかろうかと――」
お葉は父の知人の正体をうすうす察していたが知らぬ振りをした。
「十数年前とは?」
「へえ、たしか、お花が生まれた年の暮れのように覚えがござりまするが――」
たいがいの母というのは子を産んだ年に基づいて物事を記憶しているものだ。
「お花様はサギと同じ酉年の生まれぢゃ」
「桔梗屋の先代が『金鳥』を手に入れたのは十四年前ということぢゃのう」
シメとハトがさてはと察する。
「奥様、あの『金鳥』は我が富羅鳥藩に代々、受け継がれし藩外不出の秘宝にござりまする」
我蛇丸が厳かに告げる。
「なんと、富羅鳥藩の秘宝――?」
お葉は恐れおののく。
「あれは、忘れもせぬサギが生まれし十四年前、藩主、鷹也様が何者かの陰謀により儚くおなり遊ばされ、混乱のどさくさに富羅鳥のご城内より盗み出されたものにござりまする」
我蛇丸の声は低くくぐもる。
「ま、まあ、よくも、そのような恐ろしい手段で盗まれたものを父に――」
お葉はゾッと身震いした。
「あぁ、そのようないわくのある秘宝とは、まったく存じ上げず――」
お葉は頭を垂れた。
藩主が暗殺されて盗まれた秘宝の『金鳥』の金煙を気軽に傷薬代わりに使っていたと思うと自責の念に駆られた。
「ところで、先代はどうして亡くなられたのでござろうか?金煙を吸えばどのような重篤な病もたちどころに癒えてしまうはず」
我蛇丸が解せぬように訊ねる。
「へえ、父、弁十郎は金煙のおかげで身体も頑健で年齢よりもずっと若々しゅうて、親しいお仲間と頻繁に遠乗りに出掛けておりましたが、あれは四年前、次女のお枝が生まれた年のこと、遠乗りで急な雷鳴に驚いた馬が暴れだし、落馬した父は頭を打ち、即死だったそうにござります」
お葉はしんみりと声を落とす。
「即死ならば金煙も役には立たずという訳ぢゃのう――」
我蛇丸は納得した顔で頷いた。
一方、
「はあ、スッキリぢゃっ」
サギは厠を出て縁側の手水鉢で手を洗い、
濡れ手を振り振り雫をピッピと飛ばしながら客間へ戻ろうとした矢先、
「サギ?客間へ戻るのかえ?」
お花が縁側の曲がり角で待ち構えていた。
怖い顔で睨んでいる。
飛ばした雫がお花の顔に掛かったが、お花はそれで怒っている訳ではない。
「なあ?おっ母さんと我蛇丸さんは客間で何の話をしとるんだえ?何であたしが一緒にいちゃいけないんだわなっ」
お花はプリプリしてサギに詰め寄る。
「えっ?わしゃ、知らん。おっ母さんがお花に客間へ来んようにと言うたんぢゃろうが」
サギはブンブンと首を振る。
お花に客間での話を聞かれては困る。
お花には自分等が忍びの者だと知られたくはない。
殊に自分が『くノ一』だという正体は知られたくはないのだ。
「何であたしが除け者なんだえ?なあ?『金鳥』って何だえ?客間ではその話をしとるに決まっとるわなっ」
お花は両手でサギの筒袖を掴んでグイグイと揺さぶる。
「わしゃ、知らん。ホントに知らんっ」
サギは早く客間に戻りたいが、お花がサギを掴んで邪魔をする。
とうとうサギまで客間でのお葉と我蛇丸の話を聞きそびれてしまった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる