45 / 314
やましい関係
しおりを挟む「はぁ~、蕎麦も卵焼きも美味かったし、我蛇丸さんは男前だし、言うことないね。明日も来ようっと」
「あたしも来よっと。松千代姐さんの奢りぃ」
「やなこったえ。奢ってやるのは今日だけだよ」
「ちえ~」
錦庵のある浮世小路を出た松千代と小梅が笑い合いながら日本橋の通りを歩いていると、
前方からズカズカと桔梗屋の旦那の樹三郎が近付いてきた。
「あれ、旦那。お出掛け?」
小梅はシレッとして言った。
樹三郎の苦虫を噛み潰したような顔で小梅が桔梗屋へ行ったことを怒っているのは一目瞭然だ。
「小梅、ちょうど良かった。これから大亀屋へお前を呼んで貰おうと思うておったんだ」
樹三郎は日本橋の大店の旦那ともあろうものがお供も付けずに一人で出歩いている。
よほど小梅のことを店の者に知られたくないのであろう。
「へえぇ、そう」
小梅は開き直った。
「ちょいと旦那?半玉の小梅だけでは参れませぬが、他に呼ぶ芸妓は?」
松千代が横から口を出す。
半人前の半玉だけをお座敷へ呼ぶことは出来ぬのが決まりで、必ず同じ芸妓屋から姐さん芸妓を一緒に呼ばなくてはならない。
「ああ、お前でいいっ」
樹三郎はイライラと言い捨て、三人は日本橋芳町の料理茶屋、大亀屋へ向かった。
大亀屋の座敷へ入ると樹三郎は松千代に席を外させて、小梅と二人きりになった。
「おい、困るだろうが。家などへ来て、女房に知らすつもりかっ?」
樹三郎は十五歳の小娘相手に情けなく動揺していた。
「なにさ、芸妓遊びなんざ男の甲斐性だろ?奥様に知られて何が困るって言うのさ?それとも奥様に知られたら、あたしの水揚げを出来なくなるとでもお言いかえ?」
小梅は腕組みして顎をツンと突き上げ、偉そうに樹三郎を見据える。
「――う、うぅむ」
樹三郎は言い淀む。
小梅の言うとおりなのだ。
お葉にバレたら水揚げは出来なくなるに決まっている。
娘のお花と同い年の半玉を水揚げするなどとお葉に知られれば無事では済むまい。
もう跡継ぎの草之介が一人前の年齢だ。
入り婿の自分はお葉に愛想を尽かされたら離縁されて桔梗屋から追い出されてしまうであろう。
それだけは困る。
だが、しかし、
この小梅の水揚げの旦那になるためにどれほどの金を湯水のごとく使ったことか。
すでに京の呉服商に来春のお披露目の着物は注文してある。
縮緬三枚重ね、上着は黒、光琳の紅白梅模様。下着は利休鼠、同模様。長襦袢は紅綸子匹田絞り。帯は紫紺地綾地錦、吉野廣東縞蔦の模様だ。
お披露目の支度だけで三百両は使った。
今更、お葉にバレて水揚げがおじゃんになったらどうしてくれよう。
小梅に執着している訳では決してない。
よくよく考えれば小梅など美しいだけの小生意気な小娘に過ぎない。
だが、一番の売れっ子の半玉というところに価値があるのだ。
小梅の贔屓客には『近江屋』『伊勢屋』『上州屋』『駿河屋』『加賀屋』という名だたる大店の旦那衆がいる。
みな、小梅の水揚げを望んだが、水揚げの栄誉を獲得したのは樹三郎であった。
売れっ子の水揚げは贔屓客の旦那同士が競り合う勝負だ。
一番、金を使った者が勝ち取るという分かりやすい勝負なのだ。
もはや後には引けない。
樹三郎は内心でジタバタと焦った。
「……」
小梅は猫を思わせる見透かしたような目で樹三郎を見ている。
たかが十五歳の娘であるが、海千山千の花柳界を身一つでのし上がってきただけに樹三郎などよりはよっぽど肝が据わっていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる