富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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猫魔の忍び

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 一方、錦庵では、
 
「へえ?桔梗屋の奥様がお百度参りを?」
 
 シメはずいぶんと気が早いものと驚いた。
 
 若旦那が帰らぬといってもまだ夜四つ(午後十時頃)にもならぬ宵の口なのだ。
 
「ふうん、草之介はまだ帰っとらんのぢゃな」
 
 サギはもう寝間着に着替えていた。
 
「まあ、さぞかし若旦那のことが心配なんぢゃろう」
 
 神社でお百度参りのお葉を見掛けたのは貸本屋の文次ぶんじという三十男であった。
 
 文次も富羅鳥から江戸へ出てきた者で錦庵の裏長屋に住まうている。
 
 
「母心ぢゃろう。気の毒ぢゃなあ?」
 
 ハトは赤子の雉丸のおしめを替えながら我蛇丸をチラリと見やった。
 
「ああ」
 
 我蛇丸は素っ気ない。
 
「あっ、そうぢゃ」
 
 ふいにサギは思い出した。
 
兄様あにさま、さっき、虎也という火消をご同業と言うとったぢゃろ?」
 
 サギは我蛇丸のかたわらへいざり寄る。
 
 嘘かまことか忍びの者は隣の部屋でのみが跳ねる音でさえ聞き取れる地獄耳といわれているのでボソッと呟いた声でも聞き逃さない。
 
「おう、あの火消の虎也の身のこなし。おそらく猫魔の忍びぢゃろう」
 
 我蛇丸は不快げに顔をしかめた。
 
「――猫魔の忍び?」
 
 サギはハッと目を見開いた。
 
 猫魔といえば富羅鳥とは戦国の世からの天敵、否、宿敵と聞いたことがあった。
 
「虎也、その名からして間違いなく猫魔の一族ぢゃのう」
 
 貸本屋の文次が頷いた。
 
 文次も富羅鳥の忍びの者である。
 
 だからこそ夜目が利くので暗闇の神社でお葉の顔も見分けられたのだ。
 

「ははあ、猫魔の一族なら我蛇丸とよう似とるのも道理ぢゃ」
 
 ハトがついポロッと口走った。
 
「……」
 
 たちまち我蛇丸の顔が険しくなる。
 
 
 実は我蛇丸を産んだ母はおたまという猫魔の頭領の娘であった。
 
 父の大膳だいぜんとお玉はかたき同士にも関わらず若気の至りで無分別にも深間ふかまの仲になってしまった。

 大膳が十九歳、お玉が十七歳の頃のことだ。
 
 猫魔の娘のお玉は忍びの猫をあやつる貴重な猫使いで、にゃん影はお玉が連れていた忍びの猫の孫猫に当たるのである。
 
 しかし、お玉は我蛇丸が物心も付かぬうちにわずか十八歳の若さであの世へ旅立った。
 
 猫魔にとって富羅鳥は貴重な猫使いであった掌中の珠を奪った憎むべきかたきなのであった。
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