富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
27 / 312

お葉の目論見

しおりを挟む


「お花っ、もっぺんあすぼっ」
 
 サギはあっという間に桔梗屋へ戻ってきた。
 
 ペペン♪
 
「銀のピラピラかんざしぃ さまからもろうて 落とさぬようにと 讃岐さぬき金毘羅こんぴらさんにがんでもかけましょか いやさのようさでいやざんざよんやさ~♪」
 
 ペペン♪
 
つがい離れぬあの蝶々をぉ見るにつけても可愛ゆらし  花にたわむれ舞い遊ぶ それこそ よいよいよいやな~♪」
 
 二階の窓からお花の小唄が聞こえる。
 
『銀のピラピラ簪』は文化、『番い離れぬ』は天保の頃に流行った小唄。
 
「うん。お花は唄は上手ぢゃ」
 
 サギがフンフンと鼻歌で水口から中へ入ると、
 
「おや、サギさん。今しがたミノ坊様が手習い所からお帰りで、サギさんと一緒にオヤツを召し上がるとお待ちにござりますわいなあ」
 
 女中のおクキが台所で待ち構えていたようにサギを茶の間へ連れていった。
 

「ほれ、サギ、ここぢゃ、ここぢゃ」
 
 ミノ坊様と呼ばれている実之介が自分の隣をパタパタと叩いてサギに勧める。
 
 茶の間には実之介と向かい合わせに母のお葉とお枝も座っていた。
 
 おタネとおクキが目八分に箱膳を掲げてオヤツを運んでくる。
 
「ほほ、今日のオヤツは特別にカスティラの耳にあんを挟んだものだえ」
 
 お葉はわざわざ熟練の菓子職人に店の南蛮菓子には使わぬ餡をこしらえさせていた。
 
「うわぃ、美味そうぢゃあ」
 
 サギは目を輝かせて箱膳の真上からオヤツを眺めた。
 
 朱の漆塗りの菓子皿に餡を挟んだカスティラの耳が拍子木ひょうしぎ切りに並んでクロモジが添えてある。
 
 贅沢なおもてなしの菓子のようだ。
 
 香りの良いお茶まである。
 
 この時代はお茶が高価な贅沢品であった。
 

「もお、サギは実之介やお枝の遊び相手でないわな」
 
 お花がおクキに呼ばれてプリプリして二階から下りてきた。
 
 せっかく自分の部屋で恋の唄なんぞ唄って年頃の娘らしくオヤツ時を過ごしたかったのに弟や妹が一緒では台無しだ。
 
「――あれ?お客様用の漆塗りの皿?カスティラの耳に餡まで挟まっとる」
 
 お花はいつになく豪華なオヤツを見て、
 
「お節句でもないのにおっ母さんはどしたんだろの?」
 
 どうにもせぬとコソッとおクキに訊ねた。
 
「へえ、ええ、さあ?」
 
 おクキはいかにも誤魔化すような曖昧な返事をする。
 
 実はお葉は密かにおタネとおクキにこんなことを言っていたのだ。
 
 
 
  それは昨夜のこと、
 
「わしゃ、すっかりサギが気に入った。うちのお花に勝るとも劣らぬ器量良し、活発で丈夫そうな身体、加えて男顔負けの教養、そのくせ高ぶらず素直で明朗な気立て、申し分ないわなあ。わしゃ、決めた。もう草之介の嫁にはあのサギしか考えられん」
 
 キュッと寝間着の紐を結び、お葉はそう言い放った。
 
「まあ、けれど、若旦那様には良い家柄のお嬢様とのご縁談が引きも切らずにござりましょう?」
 
 床をのべていたおタネとおクキは驚いて敷布を伸ばす手を止めた。
 
「そりゃあ、結構な家柄の娘との縁談はあるが、どっおせ不器量な娘だえ。美人と評判の蜂蜜とかいう芸妓げいしゃにのぼせ上がっとる草之介の気に入ろうはずがない。わしだって不器量な嫁だけはイヤだわなあ」
 
 お葉はキッパリと断じた。
 
 美男の貧乏御家人の三男を自分の婿に選んだお葉だけに家柄や財産よりも器量こそが肝心要かんじんかなめなのである。
 
 草之介といい、お花といい、面喰いはこの母譲りらしかった。
 
 大店の跡取り息子で評判の美男の草之介には降るように縁談が舞い込むがお葉はことごとく跳ね返していた。
 
 わざわざ先方から縁談を持ち込んでくる娘など見るまでもなく不器量に決まっている。
 
 なにしろ江戸ははなはだしい嫁不足。
 
 年頃の娘は引く手あまたなのだ。
 
 妹のお花の長唄、踊り、お茶、お華の稽古仲間でも器量良しの娘はとっくに嫁ぎ先が決まっていて、めぼしい娘など一人も残ってやしない。
 
 そのうえ、町人でも器量自慢の娘は将軍家や大名家に女中奉公へ上がって玉の輿を目指す高望みが多かった。
 
 いまいましいことに器量自慢の娘は裕福な大店でも町人の嫁などでは満足しない欲深なのである。
 
 そんなこんなで、ずっと草之介の嫁探しには頭を悩ませていたお葉であったが、
 
「それが、まあ、ひょんなところから、あれほどの器量良しで丈夫で教養高い念願叶った娘が現れようとは」
 
 これこそ縁結びの神様のお引き合わせに違いない。
 
 
 そう天啓を受けたのがサギの書いた漢詩からうたの書を見た昨日の夕方。
 
 そこで、思い立ったが吉日とお葉は美味しい食べ物でサギを手懐てなずけんと昨夜から手筈てはずを整えていたのであった。

 そんなお葉の目論見もくろみなど知る由もなく、
 
「うんっ、こりゃあ美味いっ。カスティラの耳の甘さと餡の塩気がええ加減ぢゃあ」
 
 サギはオヤツをペロリと平らげて、お茶も何杯も飲んだ。
 
「ほほ、まだまだあるが、晩ご飯もたっぷりご馳走したいからオヤツで腹いっぱいにせんようになあ」
 
「えっ?今日も晩ご飯を食うてええのか?うわぃ、ご馳走ぢゃあ」
 
 サギは座ったまま飛び上がるほど万歳する。
 
「ほほ、毎晩でもここで晩ご飯していくとええわなあ」
 
 お葉は狙いどおりに喜ぶサギを見て得たり顔である。
 
 この調子でカスティラの耳のエサで易々やすやすとサギを釣れると確信を持った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

夏色パイナップル

餅狐様
ライト文芸
幻の怪魚“大滝之岩姫”伝説。 城山市滝村地区では古くから語られる伝承で、それに因んだ祭りも行われている、そこに住まう誰しもが知っているおとぎ話だ。 しかしある時、大滝村のダム化計画が市長の判断で決まってしまう。 もちろん、地区の人達は大反対。 猛抗議の末に生まれた唯一の回避策が岩姫の存在を証明してみせることだった。 岩姫の存在を証明してダム化計画を止められる期限は八月末。 果たして、九月を迎えたそこにある結末は、集団離村か存続か。 大滝村地区の存命は、今、問題児達に託された。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

ブラッドの聖乱 lll

𝕐𝔸𝕄𝔸𝕂𝔸ℤ𝔼
歴史・時代
ーーーー好評により第三弾を作成!ありがとうございます!ーーーー I…https://www.alphapolis.co.jp/novel/621559184/960923343 II…https://www.alphapolis.co.jp/novel/621559184/959923538 いよいよ完結!ブラッドの聖乱III 今回は山風蓮の娘そして紛争の話になります。 この話をもってブラッドの聖乱シリーズを完結とします。最後までありがとうございました! それではどうぞ!

夜珠あやかし手帖 ろくろくび

井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

処理中です...