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腹も身の内
しおりを挟むその晩、
サギは桔梗屋の晩ご飯に呼ばれた。
「お花は我が儘でお転婆な娘だけれど仲良うしてやっておくれ」
お花の母のお葉はふっくらと優しげな笑みを浮かべた。
痩せていた頃はさぞや美人であろうという片鱗を残し、お花を二廻りも丸くしたような容貌である。
やはり贅沢に砂糖をふんだんに使ったカスティラの耳を毎日毎日、朝昼晩のオカズでは肥えるに違いない。
今日の晩ご飯にもカスティラの耳のオカズが並んでいる。
「これはハンペンをカスティラの耳で挟んで巻いたものだわな」
お花が辛子醤油を勧める。
「うん、ハンペンとカスティラの耳が辛子醤油と合うとる。めっぽう美味えっ」
サギは江戸っぽい言葉で言ってみた。
「耳じゃなくカスティラを食べさせてやりたいけど、毎日、焼く分は予約注文だけなんだわな」
お花は自分のオカズもサギにやる。
「美味いから耳だってええ」
サギはカスティラの耳のオカズが大いに気に入った。
「ご老中の田貫様がうちのカスティラがことのほかお気に入りでな。予約注文のうちの半分は田貫様のお屋敷へお届けなんだわな」
お花は伯父の企てた妾奉公の一件など知りもしないので田貫兼次にはカスティラ好きのご老中という認識しかない。
「――老中の田貫?」
サギはその名を聞いてハトとシメが言っていた田貫兼次の悪評を思い出し、
「あっ、そりゃ、賄賂、賄賂でタヌキのカネヅクの悪い奴ぢゃなっ?」
言うや否や、
「これ、黙らっしゃいっ」
お葉にピシャリと叱り付けられた。
「ご無礼な口をお聞きでない。田貫様はそれはそれはご立派なお方。世間の噂を真に受けて言うとるようだが、田貫様を悪く言うのは、まあ、貧乏人の僻み妬みに過ぎぬわなあ。錦庵さんは貧乏人の来るような店でもあるまいに、何故そのような噂が耳に入ったのやら――」
お葉は貧乏人と言う時に憎々しげに侮蔑を込めた。
桔梗屋にとって目の上のたんこぶである貧乏御家人の義兄、白見根太郎に対する憤懣から貧乏というものに激しく嫌悪を抱いているのである。
「ふうん」
サギは目をパチクリさせる。
「桔梗屋は田貫様とは古いお付き合いでようく存じ上げておる。何も関わり合いのない者が何も知らずに噂だけで田貫様を悪く言うのだから、ほんに困りものだわなあ」
お葉は頬に手を当てて大袈裟に吐息した。
田貫兼次はお葉の父である先代の弁十郎と昵懇だったうえにお花の妾奉公を断ってくれたことで桔梗屋にとって有り難い大恩人となっていた。
「うんっ。そういえばそうぢゃ。わしゃ、いっぺんも逢うたことない人を噂だけで悪い奴などと言うてしもうた」
サギはお葉の言葉に納得したように頷く。
元々が無知なだけにサギに固執した考えはない。
「分かっておくれのようだね。気立ての素直な子だわな。お花の仲良しがそういう素直な子で、わしゃ、ホッとした。ほれ、たんとお上がりな」
お葉は満足げに笑んで自分のオカズもサギに差し出す。
「うわぃ、わしゃ五人前は食べるからの。あ、腹が鳴った。わしゃ美味いものを食うと腹の虫がグウグウ鳴っておかわりの催促するんぢゃ。――ご飯、おかわりぃ」
サギは遠慮なしに女中のおクキに茶椀を突き出す。
「へえ、大盛りによそいますわいなあ。ほほっ」
おクキは吊り上がった目を細めて盆に茶椀を受け取る。
「わしのもお上がり」
「あたいのも」
今までおとなしく黙っていた弟の実之介と妹のお枝もサギにオカズを差し出す。
みなカスティラの耳のオカズにほとほと飽き飽きしているようであった。
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