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恋は仕勝ち
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暮れ六つ。
桔梗屋の晩ご飯時。
父の樹三郎と兄の草之介は取引先の旦那衆との付き合いで料理茶屋へ、いつも母とお花と弟妹だけの晩ご飯であった。
晩ご飯にもやはりカスティラの耳のオカズがある。
今晩は焼き茄子に味噌を塗りカスティラの耳で巻いた桔梗屋の特製カスティラ創作料理だ。
結構、美味そうな気がしないでもない。
「なあ、おっ母さんも一緒に舟遊びにおいで下されましな。実之介とお枝は家へ置いても奉公人がおるんですから何の心配があるでなし。おっ母さんも家で子守りばかりではつまらんですわな」
お花は母のお葉を熱心に誘った。
「そうは言うても、わしゃ、外で遊ぶよりも家にいてミノ坊とお枝坊の世話をしとるほうが楽しいのだから」
お葉は自分で惚れた美男の樹三郎と一緒になって授かった四人の子がみな健やかで器量良しで、この上なく幸せであった。
「それだから、お花、お前にもわしのように惚れたお方と縁を結んで幸せになって欲しいわなあ。そのためには、くれぐれも『恋は仕勝ち』ということを覚えておいておくれ」
お葉はまだ幼い娘と思っていたお花に妾奉公などという話が持ち上がったためにこんな訓示をしておきたくなったのだ。
「――恋は仕勝ち?」
お花はキョトンとして訊き返した。
「そう、恋は仕掛けた者が勝つという意味だわなあ。たとえ恋敵が幾人いようとも諦めずに押しの一手。恋に遠慮は無用なのだから。わしだって美男で評判の旦那様に女だてらに婿に来て下されと申し込むのにはどれだけ恥ずかしく度胸がいったことか――」
お葉は思い出しても頬を赤らめた。
「ええ、おっ母さんの度胸あればこそ、お父っさんと結ばれて、お陰様でこうしてあたし等がおるんですわな。女だてらになどと恥じるには及びませぬ。あたしもおっ母さんを見習いまする。押しの一手ですわな?」
お花は母の言葉にいたく励まされ、『恋は仕勝ち』を肝に銘じた。
(夢だけじゃイヤだ。児雷也と相惚れになりたい。あたしゃ、勝負を掛けるわな)
お花は黙々とご飯を食べ続けながら一計を案じていた。
一方、同じ頃、
錦庵でも晩ご飯時。
「――『わいのう』『わいのう』言うんぢゃ。おクキという女子は」
サギは桔梗屋での出来事をかいつまんで我蛇丸、ハト、シメに話してきかせた。
「ああ、なんでも、おクキどんが十歳で桔梗屋に奉公へ上がった頃の女中頭が元禄元年生まれのお方だとかで、その女中頭に躾られたので古めかしい言葉が移ったそうなんぢゃ」
シメは江戸へ出てきて、かれこれ三年もおクキのおしゃべりに付き合っているので詳しかった。
「元禄生まれっ?そりゃあ、相当な年寄りぢゃ」
ハトがビックリとして言う。
とっさに元禄元年生まれの年齢を判断出来たのはハトだけであった。
「のう?のう?兄様はキツネ顔とタヌキ顔ではどっちが好みぢゃ?」
サギはさりげなく探りを入れる。
「なんぢゃ?だしぬけに」
我蛇丸は怪訝に片眉を上げた。
「ええから、どっちぢゃ?」
サギはしつこい。
「――う~ん、わしは色白のスッとした細面で切れ長の目元の涼しげなキリリとした顔立ちが好みぢゃのう」
やけに具体的だ。
「ふうん、そいぢゃ、キツネ顔のほうぢゃな」
サギはおクキの色白の細面で吊り上がった目元のキツネ顔を思い浮かべた。
「ああ、なんぢゃ。おクキどんが我蛇丸を狙うておるからそんなことを訊きよるんぢゃろう?」
シメは目ざとい。
「うん。あの女子、舟遊びで兄様に言い寄るつもりぢゃ。気色悪い流し目をしよるんぢゃ」
サギは気が気でない。
「おう、そりゃあ、願ったり叶ったり。何にせよ、噂好きのおクキどんはわし等にとっちゃ便のいい情報源ぢゃ。わざわざ聞き込みする手間が省ける」
我蛇丸は平然として煮物を口に放り込む。
非情な忍びの者だけにおクキの好意も利用する気満々らしい。
「それにしても、桔梗屋さんで屋形船を借りて舟遊びに招いて下さるとはのう。サギ、お手柄ぢゃ」
我蛇丸が珍しくサギを褒める。
「うへへ」
サギは得意満面でモリモリとご飯を頬張った。
自分だけ美味いカスティラの耳を食べたことは言い難いので、ちんちんもがもがの駆け比べとカスティラ斬りのことは話していない。
サギは何も考えずに行き当たりばったりだが首尾良く事が運んでいる。
明日も桔梗屋へ遊びに行くとお花と約束したのだ。
もうサギは今から楽しみであった。
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