富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
17 / 312

恋は仕勝ち

しおりを挟む
 
 ゴォン。
 
 暮れ六つ。
 
 桔梗屋の晩ご飯時。
 
 父の樹三郎と兄の草之介は取引先の旦那衆との付き合いで料理茶屋へ、いつも母とお花と弟妹だけの晩ご飯であった。

 晩ご飯にもやはりカスティラの耳のオカズがある。
 
 今晩は焼き茄子に味噌を塗りカスティラの耳で巻いた桔梗屋の特製カスティラ創作料理だ。
 
 結構、美味そうな気がしないでもない。
 
「なあ、おっ母さんも一緒に舟遊びにおいで下されましな。実之介とお枝はうちへ置いても奉公人がおるんですから何の心配があるでなし。おっ母さんも家で子守りばかりではつまらんですわな」
 
 お花は母のお葉を熱心に誘った。
 
「そうは言うても、わしゃ、外で遊ぶよりもうちにいてミノ坊とお枝坊の世話をしとるほうが楽しいのだから」
 
 お葉は自分で惚れた美男の樹三郎と一緒になって授かった四人の子がみなすこやかで器量良しで、この上なく幸せであった。
 
「それだから、お花、お前にもわしのように惚れたお方と縁を結んで幸せになって欲しいわなあ。そのためには、くれぐれも『恋は仕勝ち』ということを覚えておいておくれ」
 
 お葉はまだ幼い娘と思っていたお花に妾奉公などという話が持ち上がったためにこんな訓示をしておきたくなったのだ。
 
「――恋は仕勝ち?」
 
 お花はキョトンとして訊き返した。
 
「そう、恋は仕掛けた者が勝つという意味だわなあ。たとえ恋敵が幾人いようとも諦めずに押しの一手。恋に遠慮は無用なのだから。わしだって美男で評判の旦那様に女だてらに婿に来て下されと申し込むのにはどれだけ恥ずかしく度胸がいったことか――」
 
 お葉は思い出しても頬を赤らめた。
 
「ええ、おっ母さんの度胸あればこそ、お父っさんと結ばれて、お陰様でこうしてあたし等がおるんですわな。女だてらになどと恥じるには及びませぬ。あたしもおっ母さんを見習いまする。押しの一手ですわな?」
 
 お花は母の言葉にいたく励まされ、『恋は仕勝ち』を肝に銘じた。
 
(夢だけじゃイヤだ。児雷也と相惚れになりたい。あたしゃ、勝負を掛けるわな)
 
 お花は黙々とご飯を食べ続けながら一計を案じていた。
 
 
 
 一方、同じ頃、
 
 錦庵でも晩ご飯時。
 
「――『わいのう』『わいのう』言うんぢゃ。おクキという女子おなごは」
 
 サギは桔梗屋での出来事をかいつまんで我蛇丸、ハト、シメに話してきかせた。
 
「ああ、なんでも、おクキどんが十歳とおで桔梗屋に奉公へ上がった頃の女中頭が元禄元年生まれのお方だとかで、その女中頭に躾られたので古めかしい言葉が移ったそうなんぢゃ」
 
 シメは江戸へ出てきて、かれこれ三年もおクキのおしゃべりに付き合っているので詳しかった。
 
「元禄生まれっ?そりゃあ、相当な年寄りぢゃ」
 
 ハトがビックリとして言う。
 
 とっさに元禄元年生まれの年齢を判断出来たのはハトだけであった。
 
「のう?のう?兄様あにさまはキツネ顔とタヌキ顔ではどっちが好みぢゃ?」
 
 サギはさりげなく探りを入れる。
 
「なんぢゃ?だしぬけに」
 
 我蛇丸は怪訝に片眉を上げた。
 
「ええから、どっちぢゃ?」
 
 サギはしつこい。
 
「――う~ん、わしは色白のスッとした細面で切れ長の目元の涼しげなキリリとした顔立ちが好みぢゃのう」
 
 やけに具体的だ。
 
「ふうん、そいぢゃ、キツネ顔のほうぢゃな」
 
 サギはおクキの色白の細面で吊り上がった目元のキツネ顔を思い浮かべた。
 
「ああ、なんぢゃ。おクキどんが我蛇丸をねろうておるからそんなことを訊きよるんぢゃろう?」
 
 シメは目ざとい。
 
「うん。あの女子おなご、舟遊びで兄様あにさまに言い寄るつもりぢゃ。気色悪い流し目をしよるんぢゃ」
 
 サギは気が気でない。
 
「おう、そりゃあ、願ったり叶ったり。何にせよ、噂好きのおクキどんはわし等にとっちゃ便のいい情報源ぢゃ。わざわざ聞き込みする手間が省ける」
 
 我蛇丸は平然として煮物を口に放り込む。
 
 非情な忍びの者だけにおクキの好意も利用する気満々らしい。
 
「それにしても、桔梗屋さんで屋形船を借りて舟遊びに招いて下さるとはのう。サギ、お手柄ぢゃ」
 
 我蛇丸が珍しくサギを褒める。
 
「うへへ」
 
 サギは得意満面でモリモリとご飯を頬張った。
 
 自分だけ美味いカスティラの耳を食べたことは言い難いので、ちんちんもがもがの駆け比べとカスティラ斬りのことは話していない。
 
 サギは何も考えずに行き当たりばったりだが首尾良く事が運んでいる。
 
 明日も桔梗屋へ遊びに行くとお花と約束したのだ。
 
 もうサギは今から楽しみであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

夏色パイナップル

餅狐様
ライト文芸
幻の怪魚“大滝之岩姫”伝説。 城山市滝村地区では古くから語られる伝承で、それに因んだ祭りも行われている、そこに住まう誰しもが知っているおとぎ話だ。 しかしある時、大滝村のダム化計画が市長の判断で決まってしまう。 もちろん、地区の人達は大反対。 猛抗議の末に生まれた唯一の回避策が岩姫の存在を証明してみせることだった。 岩姫の存在を証明してダム化計画を止められる期限は八月末。 果たして、九月を迎えたそこにある結末は、集団離村か存続か。 大滝村地区の存命は、今、問題児達に託された。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

ブラッドの聖乱 lll

𝕐𝔸𝕄𝔸𝕂𝔸ℤ𝔼
歴史・時代
ーーーー好評により第三弾を作成!ありがとうございます!ーーーー I…https://www.alphapolis.co.jp/novel/621559184/960923343 II…https://www.alphapolis.co.jp/novel/621559184/959923538 いよいよ完結!ブラッドの聖乱III 今回は山風蓮の娘そして紛争の話になります。 この話をもってブラッドの聖乱シリーズを完結とします。最後までありがとうございました! それではどうぞ!

夜珠あやかし手帖 ろくろくび

井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

処理中です...