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◆番外編◆ 思いがけないこと〜side夏目〜

#1

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俺が初めて彼女を目にしたときの印象は、正直、あまり好ましいものじゃなかった。

見かけは、どっかのお高くとまったモデルを彷彿とさせるような、抜群のプロポーションに、なんとも恵まれたルックス。そのうえ、医者ときたもんだ。

……親類になる要には悪いが、さぞかし我儘で、傲慢な女なんだろう……。

要の元カノであり、『YAMATO』のお得意様である大企業のお嬢さんで、有名なバイオリニストの、あのいけ好かない身勝手な女のように。

俺の身勝手な偏見かもしれないが、俺は、昔から、”この手の女”がどうも苦手だった。

というのも、何故か昔から、この手の女によく言い寄られていて、辟易していたから余計だ。

まぁ、幸いなことに、今は、大抵の女が怖がって毛嫌いする、あの”すかしたインテリ銀縁メガネ”仕様の仮の姿だ。

あっちから、勝手に怖がって、距離を置いてくれるだろう……。

そう思っていたのに、そんな俺の予想は呆気なく覆されることとなった。

そればかりか、患者である美菜ちゃんのことなんかそっちのけで、グイグイ迫ってくるという、なんとも”変わった男の趣味”であるらしい、この小石川香澄という風変わりな女に、この俺がたじろいでしまうというなんとも情けない有り様だった。

そんな俺が、渋滞に巻き込まれながらも病室に駆けつけた要の登場のお陰で、ホッと胸を撫でおろすことになって、もうあの女にもあうこともないだろうと思っていたのに……。

まさか、翌日、あの女の名刺を手にすることになろうとは、夢にも思わなかった。

ましてや、愛してやまない可愛い美菜ちゃんのご懐妊でさぞかし浮かれているだろうと思っていた要が、一足早い幸せな新婚生活を営んでいる筈の愛の巣から、この世の終わりみたいな表情をして出てくるなんてことも、モチロン夢にも思っちゃいなかった。

事情を訊けば……。

どうやら、昨日病室で、俺に美菜ちゃんが言ってた言葉を、ピンポイントで聞いてしまっていたらしい要。

――なんともタイミングの悪い奴だなぁ。

それにしても、あんなに要のことしか眼中にないって、顔に書いてあるくらい、分かり易い美菜ちゃんの、一体どこを見ているんだ、とうっかり言いたくなってしまったが……。

散々馬鹿笑いしてしまった手前、見掛け倒しで、長年EDで悩んでいただけあって、少々ヘタレなところがある要の傷口を広げないためにも、心の優しい俺はそっと心の中だけに留めてやることにした。

そんな親切な俺に、

「あぁ、そうだ。……実は、これを預かったんだが……。気乗りしないなら、別にそのままにしておいて構わないんだが……。気が向いたら、連絡してやってくれ」

なにやら、らしくない歯切れの悪い言い方で、そうっと差し出してきた一枚の名刺に、”小石川香澄”と印字されている文字を目にした俺は、危うく、がっくりと項垂れそうになってしまったくらいだ。

『気乗りしないなら、別にそのままにしておいて構わないんだが……』

なんて、言われても、美菜ちゃん以外のことでは、『YAMATO』の後継者として、幼少の頃より厳しく育てられただけあって、いつも毅然としていて、堂々としているコイツが、こんな言い方をするんだ。

きっと、そうとうごり押しされたか、弱味でも握られているんだろう……。

しょうがない、大学の頃はコイツのことを知らないうちに好きになってしまってたし。

まぁ、今は、美優のことがあったせいで、そんな気持ちも薄れ、弟っていう言い方のほうがしっくりくる。

それに、数か月前に、気づいてしまった美菜ちゃんへの想いのほうが思いのほか大きくなっていて。

でも、要のことしか眼中にない、美菜ちゃんのなんとも徹底した姿を見せつけられちゃ、初めこそ辛かったが……。

実家に帰ったのが良かったのか、美菜ちゃんと話していても、思わず触れてしまいたい、なんて衝動に駆られてしまうようなことも、ずいぶん減ってきたように思う。

――長年の親友として、兄貴分として、ご懐妊のお祝いに、一肌脱いでやるか。

一回会って、きちっとお断りすれば済むだろうし。

なんて、この時の俺は、それくらいにしか思っちゃいなかった。


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