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◆番外編◆ 消えないもの~side要~
#3
しおりを挟む過去のことを思い返していた俺の耳に夏目の笑い声が届いて、意識を窓の外を見ていた筈の夏目へと向けてみれば……。
そこには、さっきまでのなんとはなしに寂しげだと感じた表情なんて微塵もなく、声を上げて可笑しそうに笑う夏目の姿があって。
「やっぱりなー。そーじゃないかと思ったんだよなー。やっぱりそうだったのかぁ」
一頻笑った後で、フウと盛大に息をついた夏目は、俺の方にチラリと視線と一緒にそんな言葉を寄越してきた。
どうやら俺は、カマをかけられていたらしかった。
「おっ……お前、カマかけたのか?」
「……ん? さぁ、なんのことだか」
「……チッ」
夏目の寄越したさっきの言葉で、ようやく状況を把握することになってしまった可哀想な俺の声も虚しく。
なんとか笑いを収めた夏目にシレシレッと惚けられてしまったため、これ以上何を言ったところでキリがないし、はぐらかされるだけだ。
急にバカバカしくなった俺は、舌打ちするしかなかった。
それが面白くなくて気でも静めようと、コーヒーの注がれたカップを口に運んだところで。
「茶化すつもりはなかったんだけどさぁ……。要があんまり幸せそうな表情してたからさぁ? つい、弄りたくなった。そんなに怒るなよ、ごめん」
さっきの笑い声はなんだったんだろうと思ってしまうようなシュンとした声で言い訳してきた夏目が、今度は俺のことを宥めるように謝ってくると、後ろから首に両腕を回して軽く抱き着いてきた。
「……いや、別に怒った訳じゃない」
俺の声を聞いた途端、ホッと安堵したように息を吐いてから、スッと何事もなかったように俺から離れると。
「俺の役目も終わってヤレヤレって感じだわ。やっぱ、ショコラティエの木村と離して、美菜ちゃんを秘書室に異動させた俺の采配が功を奏したって感じ?
あっ、けど、俺らのことは美菜ちゃんには気づかれないようにしなくちゃな? 美菜ちゃん、自分のことは鈍感でボーッとしてるけど、結構こーいう勘、鋭そうだからさぁ。
それに来週末には、要の弟の隼くんも出張から帰ってくるし。美優とのことバラされちゃう前に、美菜ちゃんにも説明しとかなきゃな?
要がまだ美菜ちゃんに言うの無理そうなら、仕方ないけどさぁ……」
また、さっきのように窓の外へ視線を移した夏目が今日のスケジュールでも言うような口振りで一方的に喋り続ける。
夏目のその言葉が静かな部屋の中に響いて聞こえなくなってからも、夏目が部屋から居なくなってからも……。
『俺らのことは美菜ちゃんには気づかれないようにしなくちゃな?』と言った夏目の言葉が俺の頭の中で繰り返し再生され続けた。
美優を失ってからというもの、EDになったせいで、寂しさや欲を女で紛らわせることができなくなってしまった俺は、酒に溺れていた時期があった。
夏目の所為じゃないのに、もしかしたら、俺の恋人である美優と兄妹以上の関係だったことで、俺に対しての罪悪感みたいなものもあったのかも知れない。
まぁ、こればっかりは、俺には分からないけれど……。
とにかく、酒に逃げることしかできなかった脆くて弱い俺に見かねた、面倒見のいい夏目が俺の身の回りのことをしてくれるようになって。
うちに転職して正式に俺の秘書になった頃には、一緒に暮らすようになって。
気づいた時には、酒に酔った俺は元々バイではなかったのだが、溜まりにたまってどうすることもできない寂しさや欲の全てを元々バイだったらしい夏目に、一度だけだが、ぶつけてしまったことがあった。
――といっても、俺は泥酔状態だったため、まったく憶えてはいないのだが……。
美菜には、女避けの為のカモフラージュだと伝えてはいたが、穢れの知らない真っ白な美菜がもし俺と夏目のことを知ってしまったら、軽蔑されるのかも知れないと思うと、怖くてとてもじゃないが言える訳がない。
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