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◆番外編◆ 贖罪~この想いごとすべて~side夏目

#1 ~始まり~

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「こら、またよそ見してる。ただでさえ美菜ちゃんは朝に弱いんだからさぁ、せめてよそ見せずに食べなよ。……まぁ、言ったところでムダだろうけどさっ」

「……あぁ、はい。って……え、言ってもムダって、夏目さんてばヒドー! そんなことないですよ! これからはちゃんと食べます」

「……どうだか」

「あっ、その表情《かお》疑ってるー!」

「そんなことないよ。さぁ、食べよ食べよ」

「はーい」


毎度のことながら、要のことが気になって仕方ない様子の美菜ちゃんは朝食そっちのけ。さっきから要の方をチラ見してばかりいる。

それを俺にバレたと焦って、慌ててバターロールにかじりつきかけた美菜ちゃんだったのだけど……。

今度は、俺の返した反応がお気に召さないらしく。文句を言ってくるのを、俺が難なく丸め込むという、いつもの朝の光景だ。

どこかで聞いたことのあるような、兄と妹みたいなやり取り。ホント無邪気な子供だ。

こんな無邪気な子供みたいな美菜ちゃんが要と不埒な契約を交わしてるなんて、誰も思いもしないだろう。

このことをあの木村が知ったら……、さぞかし驚くに違いない。

やっと朝食に集中しだした美菜ちゃんを俯瞰しつつ、そんなこと考えてる俺だって、まさかこんなことになるなんて、夢にも思っちゃいなかった。あの日までは……。


「夏目、先にジムに向かってくれないか?」
「了解」

いつものように仕事を終え、後部座席の要からの声に答えつつ、会社の駐車場を出てすぐ、大通りの車の流れに沿って車のスピードを緩やかに加速させかけた、ちょうどその時だった。

会社の店舗の側面に華やかに飾られたディスプレイの端で、街のシンボルともいえる、同じく店舗に掲げられた大きな時計をぼんやりと見上げている女の姿が視界の隅に割り込んできた。

女というよりは、女の子って言い方のがしっくりくるだろうか。

その女の子というのは、今日、副社長室にチョコの試作品を持ってきた、新入社員の綾瀬美菜のことで。

俺が、その女の子のことをフルネームで覚えているのには、ある理由が二つあった。

そのうちの一つのことで、後部座席に深く身体を沈めて、車窓の外の流れる景色に意識を向けてたらしい要から、

「夏目、例の女について、何か分かったか?」

そう声をかけられた俺は、その子から、ルームミラーに映る要へと意識をシフトさせた。

「おいおい、要、そんなに急かすなよ。いくら優秀な秘書の俺でも、今日午後イチのことだったのに、んなすぐに調べられねーよ。どした? そんなに気になってんの?」

「……いや、別に。ちょうど今見かけて、どうなったか気になっただけだ」

――嘘こけ。メチャメチャ気になってるクセに……。素直じゃねーよな、たくっ。

今だって、俺とこうして話してる間にも、まだしっかり視界の隅であの子のこと捉えちゃってるクセに……。

運転中の俺が気づかないだろうと思ってるんだろうけど、ルームミラー越しでもちゃんと見えてるんだからな。

「ふーん」

なんて、なんにも気づいちゃいないフリして答えながら、俺もちゃっかりあの子のことを視線で追ってしまってることは極秘事項だ。

でも、別にこれくらいのことをしたってバチは当たらないだろう……。

今日初対面だった要なんかよりも、俺があの子のことを見つける方が少しばかり早かったんだし。

運転に集中しつつも、心中ではそんなことを独り言ちていた俺は、あの子のことを初めて見かけた日のことを思い返していた。



あれは半月ぐらい前。四月に入ってすぐ、まだあどけなさの残る新入社員を社内で頻繁に目にするようになった頃。

要の好物でもあるチョコレートをいつものように店舗に取りに行っていた俺は、店舗の奥にある商品開発室の出入口近くの通路で、ショコラティエである小日向部長と仕事の話をしていた時のことだった。

商品開発室の奥の作業台の辺りから、

「わぁ!おいしそう! これ、全部木村先輩が作ったなんて凄い! どれもメチャクチャお洒落で綺麗で、食べちゃうのが勿体ないくらいですね?」

男ばかりの空間に、場違いな女の子の明るい声が聞こえてきて。

話の合間、俺が視線を声のした辺りに向けてみたら、そこには新入社員らしき女の子がショコラティエの木村と楽しそうに話している姿があった。

「ハハ、ありがとう。でも、小日向さんのようになるにはまだまだだよ。とりあえず、今日はこの食材に、オレンジの風味を合わせてみたから、開発部でも試食してみて、データ化してもらいたいんだ」
「はい、分かりました。戻ったら部長にそう伝えておきますね?」
「うん、宜しくね?美菜ちゃん」
「はい!じゃぁ、お仕事頑張ってください。失礼します」

俺が視界に捉えた時には、話し終えた"美菜ちゃん"と呼ばれたその子が、ちょうどクルリとこちらに向き直り、出入口に向かって歩いてくるところだった。

俺が邪魔にならないように、小日向さんの後ろの扉の方へスライドするように移動すると、

「お話の途中で邪魔してしまって、すみません」

申し訳なさそうに深々と頭を下げて詫びてくるその子の頭が、小日向部長の頭越しに、俺の視界に飛び込んできて。

直後、顔を上げて小日向さんに向けてその子が放った、ひまわりのような明るい笑顔がキラキラと輝いて見えた。

その笑顔が、何故か一瞬、子供の頃の、無邪気に笑う美優の姿にダブって見えたような、そんな妙な錯覚に陥ったのを今も鮮明に覚えている。
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