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◆番外編◆ 夏目くんの誤算~side夏目~
#4
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それからというもの、俺は、美優を今までと同じように妹として見ることができなくなってしまった。
そんな俺は、今まで以上に受験勉強に没頭するようになって、美優もそんな俺に倣うようにして勉強に集中しているようだった。
けれど、夜遅くまで仕事をしている母さんが帰ってくる時間はこれまで通りな訳で。
学校から帰ってきてからは、俺と美優との二人きりで、夕飯を食べるのも一緒で、気まずいながらもこれまで通りに振る舞っていた。
あくまでも表面上はだけれど。
それが数ヶ月続いたある秋の夜、その日に限って勉強に集中できなかった俺が自分の部屋のベッドに寝転がっていた時だった。
コンコンと控えめにドアをノックする音がして。
けれど、転寝《うたたね》してしまってた俺は寝起きで頭が働かなくて、返事なんてすぐにはできなかったんだ。
俺の部屋のドアノブが回るのを働かない頭が理解するよりも先に、僅かに開けられたその隙間から遠慮がちに覗く美優の姿が現れて。
「爽兄、寝ちゃった?」
「……いや、ちょっと転寝してた」
「ちゃんと布団被ってないと風邪ひいちゃうよ?」
「あぁ……」
「……爽兄」
「ん?」
「……あのね、私、彼氏にフラれちゃった。慰めてくれる?」
美優が部屋に入ってくる前から、なんとなくそんな気がしてはいたけれど、それを分かっていても、それを咎めることなんてできなかった。
なぜなら、俺も、あの日美優に触れてしまってからというもの、ことあるごとにあの夜知ってしまった美優の白く滑らかな柔肌の感触や甘い声を思い出してしまっていたからだ。
――俺は、ずっと、美優に触れたくて触れたくて仕方なかった。
そんなことを思ってしまってた俺は、自分のそんな感情を抑えることなんてできなかったんだ。
美優はフラれたって言っていたけど、本当は理由なんてどうでも良かった。
――ただ美優に触れたかった。ただ美優に触れて欲しかった。
優しかった修一さんの優しい笑顔が頭を掠めても、その衝動だけはどうしても抑えられなくて……。
そのたびに、『これで最後だから』と、そう何度も自分に言い聞かせた。
けど、美優に触れてしまうたびに、美優への想いは募るばかりだった。
あの頃、美優に『好きだ』と伝えられていたら、どんなに楽だっただろう……。
――美優に好きだと言ってしまいたい。
それでも、どうしても、『好きだ』という言葉を口にすることだけはできなかった。
そんな関係がしばらく続いてはいたが、俺が大学に進学して、バイトを始めてからは美優と一緒に過ごす時間も少なくなっていった。
本当は、これ以上美優のことを好きになってしまわないように、ワザとそう仕向けていたからだ。
昼間はコンビニでバイトして、夜は友人の知り合いのバーでバイトをさせてもらってた。
そうやって、少しでもお金を貯めて、一人暮らしをするために。
その甲斐あって、大学の二年になる頃には安いボロアパートではあったが、念願だった一人暮らしができるようになっていた。
それからは、母さんに『たまには家に帰ってきて、元気な顔見せなさい』というメールも無視して、忙しさを理由に、家にはほとんど帰ることもなくなっていった。
母さんは、そんな俺のことを心配して、たまに美優に様子を見に来させるようになって。
また、美優とそういう関係になりそうになった時のことだった。
たまたま、大学の同じサークルの女の友人が訪ねてきて、俺はその友人のことを彼女だと美優に紹介し。
彼女が帰ってから、美優には、『彼女とは将来を考えているから、もうそういうことはできない』そう告げて。
美優は、ショックだったのか、なかなか泣きやまなかったが、それでも最後には、納得してくれたようだった。
その証拠に、その日を境に、二人きりになっても、以前のように美優から誘ってくることもなくなって、俺の住むアパートにも美優一人だけで来ることもなくなった。
自分が望んでそうした筈なのに、心にぽっかりと穴が開いたようで、寂しくて、辛くてしょうがなかった。
そんな穴を埋めるように、男でも女でもダレカレ構わず、誘われたら応じるようなそんなことをしたこともあった。
そうして少しずつ美優のことも考えなくなって、気づけば、俺も、社会人になっていた。
運よく大手の証券会社に入社できた俺は、忙しくも充実した日々を送っていた。
そんなある日のことだった、美優からメールが届いたのは。
メールの内容は、『結婚を考えてる人がいるから逢ってほしい』というもので。
そして、数日後に美優から紹介されたのが、大学からの親友である神宮寺要だった。
美優に大学の友人を逢わせたことはなかったが、まさかこんな偶然があるなんて思いもしなかった。
なんでも二人は、美優の父親である修一さんが入院していた光石総合病院の待合室で出逢ったのだという。
光石総合病院は要の亡くなった父親の実家が経営していて、祖父の虎太郎さんが入院していたこともあり、要もよく訪れていたらしい。
修一さんが危篤になってしまった日、待合室で泣きじゃくる美優のことをたまたま居合わせた要が放ってはおけず慰めてやったらしく。
数年経って、ガンだった修一さんの娘である美優は、母さんの勧めで、毎年、年に一度はガン検診を受けていたのだが……。
その時にも、待合室で偶然再会し、これもなにかの縁かもしれないからと、携帯のアドレスを交換したのがきっかけだったのだという。
そのことを俺に話してくれている美優は、時折隣の要に寄り添うようにして、嬉しそうに、要のことを見つめていて。
隣の要の方も、美優のことを大事そうに、これまで見たこともないような優しい眼差しで見つめていて。
本当に幸せそうなお似合いな二人のことが眩しすぎて、直視できないくらいに輝いて見えた。
――美優から離れた俺の判断は間違ってなかったんだな。
って、嬉しい反面、いや、本当は、ショックでしかなかった。
美優との出逢いが、血の繋がりがないとはいえ、兄妹としてじゃなかったら、美優の隣には、要じゃなく俺が居たかも知れないと思うと……。
悔しくて、悲しくて、そんなこと思ってもどうにもならないっていうのに、そう思わずにはいられなかった。
美優の想いに気付いたあの時、包み隠さず全てを伝えることができていたらと、後悔せずにはいられなかった。
けど、本当は、心のどこかで思っていたのかも知れない。
――美優はずっと俺のことを好きでいてくれるって。
けど、全ては俺の思い上がりだったようだ。
――なにもかも誤算だった。
こんなにも、美優のことを好きになっているなんて思いもしなかった。
そして、美優と逢いたくても逢えなくなってしまう、そんな日が訪れるなんて、思わなかった。
‐fin‐
【次回は、~贖罪~この想いごとすべてside夏目になります】
そんな俺は、今まで以上に受験勉強に没頭するようになって、美優もそんな俺に倣うようにして勉強に集中しているようだった。
けれど、夜遅くまで仕事をしている母さんが帰ってくる時間はこれまで通りな訳で。
学校から帰ってきてからは、俺と美優との二人きりで、夕飯を食べるのも一緒で、気まずいながらもこれまで通りに振る舞っていた。
あくまでも表面上はだけれど。
それが数ヶ月続いたある秋の夜、その日に限って勉強に集中できなかった俺が自分の部屋のベッドに寝転がっていた時だった。
コンコンと控えめにドアをノックする音がして。
けれど、転寝《うたたね》してしまってた俺は寝起きで頭が働かなくて、返事なんてすぐにはできなかったんだ。
俺の部屋のドアノブが回るのを働かない頭が理解するよりも先に、僅かに開けられたその隙間から遠慮がちに覗く美優の姿が現れて。
「爽兄、寝ちゃった?」
「……いや、ちょっと転寝してた」
「ちゃんと布団被ってないと風邪ひいちゃうよ?」
「あぁ……」
「……爽兄」
「ん?」
「……あのね、私、彼氏にフラれちゃった。慰めてくれる?」
美優が部屋に入ってくる前から、なんとなくそんな気がしてはいたけれど、それを分かっていても、それを咎めることなんてできなかった。
なぜなら、俺も、あの日美優に触れてしまってからというもの、ことあるごとにあの夜知ってしまった美優の白く滑らかな柔肌の感触や甘い声を思い出してしまっていたからだ。
――俺は、ずっと、美優に触れたくて触れたくて仕方なかった。
そんなことを思ってしまってた俺は、自分のそんな感情を抑えることなんてできなかったんだ。
美優はフラれたって言っていたけど、本当は理由なんてどうでも良かった。
――ただ美優に触れたかった。ただ美優に触れて欲しかった。
優しかった修一さんの優しい笑顔が頭を掠めても、その衝動だけはどうしても抑えられなくて……。
そのたびに、『これで最後だから』と、そう何度も自分に言い聞かせた。
けど、美優に触れてしまうたびに、美優への想いは募るばかりだった。
あの頃、美優に『好きだ』と伝えられていたら、どんなに楽だっただろう……。
――美優に好きだと言ってしまいたい。
それでも、どうしても、『好きだ』という言葉を口にすることだけはできなかった。
そんな関係がしばらく続いてはいたが、俺が大学に進学して、バイトを始めてからは美優と一緒に過ごす時間も少なくなっていった。
本当は、これ以上美優のことを好きになってしまわないように、ワザとそう仕向けていたからだ。
昼間はコンビニでバイトして、夜は友人の知り合いのバーでバイトをさせてもらってた。
そうやって、少しでもお金を貯めて、一人暮らしをするために。
その甲斐あって、大学の二年になる頃には安いボロアパートではあったが、念願だった一人暮らしができるようになっていた。
それからは、母さんに『たまには家に帰ってきて、元気な顔見せなさい』というメールも無視して、忙しさを理由に、家にはほとんど帰ることもなくなっていった。
母さんは、そんな俺のことを心配して、たまに美優に様子を見に来させるようになって。
また、美優とそういう関係になりそうになった時のことだった。
たまたま、大学の同じサークルの女の友人が訪ねてきて、俺はその友人のことを彼女だと美優に紹介し。
彼女が帰ってから、美優には、『彼女とは将来を考えているから、もうそういうことはできない』そう告げて。
美優は、ショックだったのか、なかなか泣きやまなかったが、それでも最後には、納得してくれたようだった。
その証拠に、その日を境に、二人きりになっても、以前のように美優から誘ってくることもなくなって、俺の住むアパートにも美優一人だけで来ることもなくなった。
自分が望んでそうした筈なのに、心にぽっかりと穴が開いたようで、寂しくて、辛くてしょうがなかった。
そんな穴を埋めるように、男でも女でもダレカレ構わず、誘われたら応じるようなそんなことをしたこともあった。
そうして少しずつ美優のことも考えなくなって、気づけば、俺も、社会人になっていた。
運よく大手の証券会社に入社できた俺は、忙しくも充実した日々を送っていた。
そんなある日のことだった、美優からメールが届いたのは。
メールの内容は、『結婚を考えてる人がいるから逢ってほしい』というもので。
そして、数日後に美優から紹介されたのが、大学からの親友である神宮寺要だった。
美優に大学の友人を逢わせたことはなかったが、まさかこんな偶然があるなんて思いもしなかった。
なんでも二人は、美優の父親である修一さんが入院していた光石総合病院の待合室で出逢ったのだという。
光石総合病院は要の亡くなった父親の実家が経営していて、祖父の虎太郎さんが入院していたこともあり、要もよく訪れていたらしい。
修一さんが危篤になってしまった日、待合室で泣きじゃくる美優のことをたまたま居合わせた要が放ってはおけず慰めてやったらしく。
数年経って、ガンだった修一さんの娘である美優は、母さんの勧めで、毎年、年に一度はガン検診を受けていたのだが……。
その時にも、待合室で偶然再会し、これもなにかの縁かもしれないからと、携帯のアドレスを交換したのがきっかけだったのだという。
そのことを俺に話してくれている美優は、時折隣の要に寄り添うようにして、嬉しそうに、要のことを見つめていて。
隣の要の方も、美優のことを大事そうに、これまで見たこともないような優しい眼差しで見つめていて。
本当に幸せそうなお似合いな二人のことが眩しすぎて、直視できないくらいに輝いて見えた。
――美優から離れた俺の判断は間違ってなかったんだな。
って、嬉しい反面、いや、本当は、ショックでしかなかった。
美優との出逢いが、血の繋がりがないとはいえ、兄妹としてじゃなかったら、美優の隣には、要じゃなく俺が居たかも知れないと思うと……。
悔しくて、悲しくて、そんなこと思ってもどうにもならないっていうのに、そう思わずにはいられなかった。
美優の想いに気付いたあの時、包み隠さず全てを伝えることができていたらと、後悔せずにはいられなかった。
けど、本当は、心のどこかで思っていたのかも知れない。
――美優はずっと俺のことを好きでいてくれるって。
けど、全ては俺の思い上がりだったようだ。
――なにもかも誤算だった。
こんなにも、美優のことを好きになっているなんて思いもしなかった。
そして、美優と逢いたくても逢えなくなってしまう、そんな日が訪れるなんて、思わなかった。
‐fin‐
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