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揺らめく心と核心~後編~

#11

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静香さんは、「奇遇ね」なんていいながら傍まで歩み寄ってくると。

驚いて何も言えないでいる私に、なにやら意味深に微笑んでから、

「見直したわ。なんにもできない可愛らしいお嬢さんかと思ったけど。見かけによらず、意外とあざといところがあったのねぇ」

なんて、感心したように、訳の分からないことを言いながら、ベンチに座っている私の隣に腰を下ろしてきて。

「……え!? ど、どういう意味ですか?」

困惑気味の私の言葉に、何をどう勘違いしたらそうなってしまうのか……。

「”どういう意味”って、旨くやったわねって褒めてるだけよ。要くんだけじゃなく、あのすかした銀縁メガネの秘書やショコラティエまで手玉に取って、『YAMATO』の社長夫人の座まで手に入れるなんて……。人は見かけによらないっていうけど、ホントね。まんまと騙されちゃったわぁ」

「……言ってる意味がよく分かんないんですけど」

見当違いなことを一方的に話し始めてしまった静香さんに、私の頭はますます混乱するばかりだ。

そんな私の様子も言葉も、なにもかもを置き去りにして、静香さんの話はどんどん加速していく。

「あら、結構ガード堅いのねぇ。まぁいいわ。けど、まだそんなに若いのに、いくら『YAMATO』の社長夫人になるためとはいえ、子供まで身ごもるなんて、私には無理だわ。体形が崩れちゃうもの。

それに、要くん、EDなんでしょ?まぁ、昔から、後継者として厳しく育てられてたから、プレッシャーだったのは分かるわ。それなのにEDだなんて、相当焦ってたんでしょうねぇ……。それも計算だったってことよね? お見事だわ」

「……あの、私の話聞いてました?」

「もう、まだ惚ける気?あなたも強情ね。今は私が話してるんだから、ちょっと黙ってなさいっ!」

「……」

勘違いしたまま、どんどん飛躍していく静香さんの話に、とうとう黙っていられなくて口を挟んだ私の言葉は、

キッと目を吊り上げた静香さんによって、ピシャリと跳ね返されてしまう始末。

――もう、好きにしてください。

反論を諦めた私のことをやっぱり置き去りにしたまま、静香さんの話は続いていくのだった。

「まぁ、EDは薬でなんとかなったのかもしれないけど、そんなの一時のものでしょ? せいぜい、セックスレスにならないように頑張りなさい。あぁ、だから、あの秘書とそういう発散はちゃっかりしてるって訳ね。でも、その秘書の夏目さんも可哀想よね? あなたは知らなかったんでしょうけど……。大学の頃からずっと好きだったらしい要くんと、好きだった妹が付き合って、そのことで色々あったっていうのに。今度は要くんの婚約者であるあなたとも、道ならぬ恋をすることになるなんて。それを仕事とはいえ、傍で見守らなきゃならないなんて、ホント不憫だわぁ。

以前、バーで居合わせたショコラティエに聞いたんだけど。夏目さん、あなたが入社してすぐの頃から、色々あなたのこと気にかけてんですってね? だから夏目さんと付き合ってるんじゃないかって、勘違いしちゃったらしいし。その頃からあなたを想ってたなんて、純愛よねぇ?」

そして、ご丁寧にも、私が知らなかったことまで話してくれた静香さん。

「あら、なんだか顔色が優れないようだけれど……大丈夫?」
「……は、はい」

静香さんにそう言って声をかけられた私が、なんとか返事を返したちょうどその時。

「――はっ!? どうしてお前がここに居るんだ? 俺のテリトリーには近寄らないって約束だったはずだっ!」
「ちょっと知り合いにのお見舞いに来ているだけよ。そんなに怖い顔しなくても、すぐに失礼するわ」
「ちょっと待てっ! お前、美菜にまた妙な事言ったんじゃないだろうな?」

譲さんと話を終えた要さんの登場により、場の空気が一気に緊張感を孕んだものになった。

激怒した要さんの声と、どこまでもマイペースな静香さんの声とが響く中、私の頭の中では、さっき聞いたばかりの静香さんの言葉が渦巻いていて。

やっぱり、要さんのこと好きだったんだ。

夏目さんが私のことを?まさか、そんな筈ない。

バイである夏目さんが、要さんのことを好きになるってのは分かるけど、私みたいなお子ちゃまに興味ないっていつも言ってたもん。

そう思いかけていた私の脳裏には、今まで引っかかっていたものが次々に浮かんできてしまうのだった。

以前、屋上で木村先輩と夏目さんとが対峙してた時の二人のやり取りや、カラオケボックスで木村先輩に好きな人が誰かを訊かれたときに、何故か夏目さんの名前があがった時のこと。

美優さんのことを話していた時に、いつもと様子が違った夏目さんのこと。

確か、美優さんの話をした次の日、急に実家に帰ると言い出したらしい夏目さん。

先週聞いたばかりの、『要と出逢ってからの美菜ちゃんは、入社したての頃とは比べもんになんねーくらい綺麗になった……んじゃねーかなぁ? あれ? どうだっけ?』夏目さんの言葉。

そして、今日、妊婦健診の時に、夏目さんとのことをそれとなく訊いた要さんに、『今のところ脈なしって感じですかね? なんか好きな人が居るらしくて。でも、諦めるつもりはないですけどねぇ』そう言ってた香澄さんの話等々……。

……それらすべてが、静香さんの言ってたことを裏づけているように、ピッタリと当てはまってしまった。

てことは、今まで、何かあるたびに、優しい夏目さんのことを頼ってばかりいた私は、知らず知らずのうちに、夏目さんのことを苦しめてたってことになるんだ。

もし、私が夏目さんの立場だったとしたら……。

そう想像しただけで、胸が張り裂けそうになる。

それに、要さんが後継者のためにEDの薬を使ったみたいなこと言ってたよね?

やっぱり、そういうことだったの?

ウソ、違うよね?

――あーもう、なんか分かんなくなってきた。

こんな感じで、次から次に浮上してくるのに、処理が追いつかなくて、頭の中がもうぐちゃぐちゃだ。

そんな私の頭は、どうやら容量の限界を超えてしまったようで、私の思考はそこで、突然プツリと途切れてしまうのだった。

「おいっ!美菜?どうした?」

徐々に遠のいていく意識の中で、大好きな要さんが私の名前を必死に呼び続ける声だけが響いていた。

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