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縺れあう糸

#28

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あれからしばらくの間、どうしようもないくらい要さんのことを好きになってしまっている私は、不憫な自分のことを嘆いては、涙を流してしまっていた。

その間も、私にキスをしてしまったことを詫びながら、傍で見守り続けた木村先輩。

昼休憩も残り少なくなってしまってたこともあって、木村先輩には、『一人にさせてください』とだけ伝え、早々に引き取っていただいたのだけれど……。

散々泣きじゃくってしまったせいで、顔はぐちゃぐちゃだ。とても仕事になんて戻れるような心境でもない。

――どうしよう……。

そう思っていたところに、ポケットのスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
見れば、発信者は夏目さんだった。

きっと、いつもなら戻ってきている時間なのに、戻ってこない私のことを心配してくれてるんだろう……。

それに加え、隼さんのこともあるから余計心配してくれてるのかもしれない。

画面をタップして応じようとしていると、不意に、以前ここで、夏目さんと木村先輩が対峙したとき、夏目さんから木村先輩のことで忠告されたことを思い出してしまった。

――もしかして夏目さんは、木村先輩の気持ちを知ってたのかな? 

そういえば、一昨日も、夏目さんから、高梨さんが木村先輩を好きだって聞いた私が、余計なことをしないようにって、釘を刺されちゃったし。

――そうか、知ってたから忠告してくれてたんだ。

それなのに、そんなこととも知らずに、私は自分のことしか考えてなかった。

さっきも、木村先輩は私のことを心配してくれていたのに……。

木村先輩が私にキスしたのだって、木村先輩の気持ちも考えないで、私が酷いこと言っちゃったせいだろうし。

結局私は、木村先輩のことを傷つけて、辛い思いさせちゃったんだ。

――どうしよう、全部私のせいだ。

ベンチに座ったままスマートフォン片手に、ようやく収まっていた涙がジワジワとまた溢れてきて、タイトスカートに覆われた膝に、雫を落としては濃いシミを作ってゆく。そこへ……。

木村先輩が現れた時のように、突然開け放たれた出入り口の扉の向こうから、走ってきたのか、すかしたインテリ銀縁メガネ仕様の息を切らせた夏目さんの姿が現れた。

「姿が見えないと思ったら、やっぱりここだったか」

どうやら、帰ってこない私のことを心配して探してくれていたようだ。


ベンチの傍まで歩み寄ってきた夏目さんは、泣きじゃくってぐちゃぐちゃな顔の私のことを見るなり、

「……もしかして、また隼くんに何か言われちゃった?……あれ、でも今日休みの筈なんだけど……」

そう言いつつ、ベンチにいる私の斜め前まで来ると、足元にしゃがみこんだ。

私は答えることもできずにただ泣くばかりで、首を左右に振ることでしか意思表示できない。

夏目さんは、少しだけ困ったような表情で微笑んでから、自分の羽織っているスーツのジャケットのポケットから、綺麗にアイロンがけされたハンカチを取り出して、私の手の傍で差し出してくれている。

それを私がおずおずと受け取ると、夏目さんはスクッと立ち上がって、私の隣に腰を下ろしてきた。

「今日は室長もいないし、噂好きのウルサイ女どももいないし、ちょっとだけサボっちゃおっか?それでも無理そうなら、医務室で休んでてもいいし。
あー、それにしてもいい天気だなぁ……。昼寝するにはこれからだと日差しがきつくなるから、医務室にでも行って食後のコーヒーでも飲んじゃう? 
あっ、そうそう、お弁当、メチャクチャうまかった。ごちそうさま」

あれこれ訊かれるんだろうと思って身構えていたのに、何にも触れてこない夏目さんの優しさが心に沁みてくるものだから……。

余計に涙が溢れて止まらなくなってしまった私は、気づいた時には、隣の夏目さんの肩口に額をもたげて泣いてしまっていて。

「……美菜ちゃん?」

そんな私の行動に、最初こそ少し驚いていたようだったけれど、夏目さんは遠慮がちに私の方に向けて、僅かに身体を傾けてきた。

夏目さんの肩口で額をもたげて泣き続けることしかできないでいる私が、楽な体勢でいられるようにしてくれたようだ。

でもそれだけで、夏目さんはやっぱりそれ以上はなにも言わずに、私の頭に大きな手を乗せてきた。

そうしてポンポンと宥めるようにして、優しく何度も撫でてくれている。

どうやら夏目さんは、私が泣き止むのをこのまま黙って待っていてくれるようだ。

夏目さんの優しさが大きな手からじんわり伝わってくるようで、あったかくて、なんだか安心できる。

もしかすると夏目さんは、昔、五歳違いの美憂さんが泣いたときには、よくこうしてあげてたのかもしれない。

だから、こういうことにも慣れてるんだろう……。

いつもガキンチョ扱いの私に対してもこんなに優しいんだから、好きだった美優さんに対しては、さぞかし優しかったのだろうな。

そりゃ、美優さんが好きになるのも無理はない。

美憂さんがそうだったように、夏目さんが気になるといってた女性にも、夏目さんの想いが伝わってくれてるといいのになぁ。

……そんな感じで。

いつの間にか、自分を責めて泣いてばかりいた私は、違うことを考える余裕も出てきて、少しずつ落ち着きを取り戻していった。



♪゜・*:.。. .。.:*・♪



そして現在。

私は、優しい夏目さんの計らいによって、医務室のベッドに腰を下ろして、ペットボトルのスポドリで、カラカラに渇いた喉を潤している。

その傍らでは、表向きには仕事の合間を縫って体調の悪い私の様子を見にきてくれた夏目さんが、キャスターの付いた椅子に座って、アイスコーヒーを飲んでいる。

ちなみに、あの後、泣き止んだ私に医務室まで付き添ってくれてから、一度秘書室に戻って、またすぐに来てくれた夏目さんとは、まだ何も話してはいない。

それから、『仕事の邪魔をしたくないので、要さんには言わないでください』とお願いしてあったため、まだ要さんにも黙ってくれているようだ。

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