【R18】訳あり御曹司と秘密の契約【本編完結・番外編不定期更新中】

羽村美海

文字の大きさ
上 下
212 / 427
縺れあう糸

#28

しおりを挟む
あれからしばらくの間、どうしようもないくらい要さんのことを好きになってしまっている私は、不憫な自分のことを嘆いては、涙を流してしまっていた。

その間も、私にキスをしてしまったことを詫びながら、傍で見守り続けた木村先輩。

昼休憩も残り少なくなってしまってたこともあって、木村先輩には、『一人にさせてください』とだけ伝え、早々に引き取っていただいたのだけれど……。

散々泣きじゃくってしまったせいで、顔はぐちゃぐちゃだ。とても仕事になんて戻れるような心境でもない。

――どうしよう……。

そう思っていたところに、ポケットのスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
見れば、発信者は夏目さんだった。

きっと、いつもなら戻ってきている時間なのに、戻ってこない私のことを心配してくれてるんだろう……。

それに加え、隼さんのこともあるから余計心配してくれてるのかもしれない。

画面をタップして応じようとしていると、不意に、以前ここで、夏目さんと木村先輩が対峙したとき、夏目さんから木村先輩のことで忠告されたことを思い出してしまった。

――もしかして夏目さんは、木村先輩の気持ちを知ってたのかな? 

そういえば、一昨日も、夏目さんから、高梨さんが木村先輩を好きだって聞いた私が、余計なことをしないようにって、釘を刺されちゃったし。

――そうか、知ってたから忠告してくれてたんだ。

それなのに、そんなこととも知らずに、私は自分のことしか考えてなかった。

さっきも、木村先輩は私のことを心配してくれていたのに……。

木村先輩が私にキスしたのだって、木村先輩の気持ちも考えないで、私が酷いこと言っちゃったせいだろうし。

結局私は、木村先輩のことを傷つけて、辛い思いさせちゃったんだ。

――どうしよう、全部私のせいだ。

ベンチに座ったままスマートフォン片手に、ようやく収まっていた涙がジワジワとまた溢れてきて、タイトスカートに覆われた膝に、雫を落としては濃いシミを作ってゆく。そこへ……。

木村先輩が現れた時のように、突然開け放たれた出入り口の扉の向こうから、走ってきたのか、すかしたインテリ銀縁メガネ仕様の息を切らせた夏目さんの姿が現れた。

「姿が見えないと思ったら、やっぱりここだったか」

どうやら、帰ってこない私のことを心配して探してくれていたようだ。


ベンチの傍まで歩み寄ってきた夏目さんは、泣きじゃくってぐちゃぐちゃな顔の私のことを見るなり、

「……もしかして、また隼くんに何か言われちゃった?……あれ、でも今日休みの筈なんだけど……」

そう言いつつ、ベンチにいる私の斜め前まで来ると、足元にしゃがみこんだ。

私は答えることもできずにただ泣くばかりで、首を左右に振ることでしか意思表示できない。

夏目さんは、少しだけ困ったような表情で微笑んでから、自分の羽織っているスーツのジャケットのポケットから、綺麗にアイロンがけされたハンカチを取り出して、私の手の傍で差し出してくれている。

それを私がおずおずと受け取ると、夏目さんはスクッと立ち上がって、私の隣に腰を下ろしてきた。

「今日は室長もいないし、噂好きのウルサイ女どももいないし、ちょっとだけサボっちゃおっか?それでも無理そうなら、医務室で休んでてもいいし。
あー、それにしてもいい天気だなぁ……。昼寝するにはこれからだと日差しがきつくなるから、医務室にでも行って食後のコーヒーでも飲んじゃう? 
あっ、そうそう、お弁当、メチャクチャうまかった。ごちそうさま」

あれこれ訊かれるんだろうと思って身構えていたのに、何にも触れてこない夏目さんの優しさが心に沁みてくるものだから……。

余計に涙が溢れて止まらなくなってしまった私は、気づいた時には、隣の夏目さんの肩口に額をもたげて泣いてしまっていて。

「……美菜ちゃん?」

そんな私の行動に、最初こそ少し驚いていたようだったけれど、夏目さんは遠慮がちに私の方に向けて、僅かに身体を傾けてきた。

夏目さんの肩口で額をもたげて泣き続けることしかできないでいる私が、楽な体勢でいられるようにしてくれたようだ。

でもそれだけで、夏目さんはやっぱりそれ以上はなにも言わずに、私の頭に大きな手を乗せてきた。

そうしてポンポンと宥めるようにして、優しく何度も撫でてくれている。

どうやら夏目さんは、私が泣き止むのをこのまま黙って待っていてくれるようだ。

夏目さんの優しさが大きな手からじんわり伝わってくるようで、あったかくて、なんだか安心できる。

もしかすると夏目さんは、昔、五歳違いの美憂さんが泣いたときには、よくこうしてあげてたのかもしれない。

だから、こういうことにも慣れてるんだろう……。

いつもガキンチョ扱いの私に対してもこんなに優しいんだから、好きだった美優さんに対しては、さぞかし優しかったのだろうな。

そりゃ、美優さんが好きになるのも無理はない。

美憂さんがそうだったように、夏目さんが気になるといってた女性にも、夏目さんの想いが伝わってくれてるといいのになぁ。

……そんな感じで。

いつの間にか、自分を責めて泣いてばかりいた私は、違うことを考える余裕も出てきて、少しずつ落ち着きを取り戻していった。



♪゜・*:.。. .。.:*・♪



そして現在。

私は、優しい夏目さんの計らいによって、医務室のベッドに腰を下ろして、ペットボトルのスポドリで、カラカラに渇いた喉を潤している。

その傍らでは、表向きには仕事の合間を縫って体調の悪い私の様子を見にきてくれた夏目さんが、キャスターの付いた椅子に座って、アイスコーヒーを飲んでいる。

ちなみに、あの後、泣き止んだ私に医務室まで付き添ってくれてから、一度秘書室に戻って、またすぐに来てくれた夏目さんとは、まだ何も話してはいない。

それから、『仕事の邪魔をしたくないので、要さんには言わないでください』とお願いしてあったため、まだ要さんにも黙ってくれているようだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

処理中です...