上 下
211 / 427
縺れあう糸

#27

しおりを挟む
「……え!?」

木村先輩からまさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかった私の口から出てきたのはそんなもので。

そしたら木村先輩は、一瞬ふっと柔らかい笑みを零して、

「そんな驚かれると俺、自信なくなっちゃうんだけど、美菜ちゃんだからしょうがないか。俺、美菜ちゃんと話すようになって、誰に対しても裏表なくて素直だし可愛い子だなって気になってから今まで、ずっとアピールしまくってたのに、美菜ちゃん全然気づいてくれないんだもんな。それどころか、俺のこと先輩としてしか見てないから警戒もしなくて。
そんなこと今までなくてさ、美菜ちゃんのことがますます気になって、どんどん好きになっちゃって、気づいたら、手出すのも怖くなっちゃってた。その間にもどんどん美菜ちゃん綺麗になっていちゃって、そしたら副社長と婚約したって、聞いて。美菜ちゃんが幸せならって諦めようと思ってたのに、こんなの見ちゃって……」

驚きすぎて涙も引っ込んじゃって、さっきと同様木村先輩のことを瞠目したまま凝視し続ける私に向けて、これまでのことを話してくれた木村先輩。

私が混乱気味の頭の中で、木村先輩の言葉を反芻したところで、情報処理が追いつくはずもなく、もはやフリーズ状態だ。

そんな私に向けて、木村先輩は、

「なのに、こんな証拠突きつけられても、まだ『別れたくない』なんて言わせちゃう副社長がうらやましよ。でも、どんなに美菜ちゃんが副社長のこと好きでも、婚約者がいるのにこんなこと平気でやれちゃうような男のことなんて、早く忘れたほうがいい」

今度は私のことを優しく諭すように言ってきた。

けれども、フリーズしてしまってた私は、その言葉に即座にハッとなり、当然そんなことを聞き流すことなんてできないから、

「やだ、別れたくないし、忘れたくもないっ!きっと理由があったんですよ、そうじゃなかっ……っん!?」

反論を試みた私の口は、優しかった表情を再び泣きそうなものに豹変させた木村先輩の唇によって、封じられてしまうのだった。


何がどうしてこうなっちゃったのか、なにがなにやらさっぱり理解できない。

木村先輩に反論したとたん、もうなにも言わせないという風に、口を唇で塞がれてしまっている私は、目をひん剥いたまま硬直してしまっている。

今私の目の前には、瞼を伏せた木村先輩の顔がドアップで映し出されていて。唇にはやけにリアルにしっとりと生暖かな感触が……。

――これは、夢じゃなくて、本当に現実なんだ。

この短時間の間に、あまりにも色んなことが立て続けで起こったせいで、もしかして夢なんてオチが待っているんじゃないか、なんて、都合の良すぎることを考えてしまっていた私は、皮肉にも木村先輩のキスのお陰で現実世界へと引き戻されたのだった。

ただただ固まったまんまで、なんの反応も返さない私の反応に、視界の中の木村先輩が瞼を上げて、私の様子を窺ってきて。

そのタイミングで、木村先輩のことを両手で突き飛ばすようにして押し返した私。

すぐに、

「……ごめん。美菜ちゃんがあんまりかたくなだから……つい」

と、木村先輩から声がかけられたようだったけれど、そんなの完全無視。

――謝るくらいなら、そんなことしてほしくなかった。

私は依然ベンチに座ったままで、隣の木村先輩のことを視界には入れないように俯いて、手の甲で自分の唇を何度も何度も強く擦って、木村先輩の唇の感触を拭うことに必死だ。

でも、いくら頑張ってみたことろで、木村先輩の唇の感触が生々しく残っていて、少しも消えてなんかくれない。

それでも、一刻も早くなんとかして消し去ってしまいたくて、何度も何度も擦り続けた。

――何か理由がある筈だ、とは思いながらも……そんな根拠も、自信もない。

もしかしたら、木村先輩の言うように、本当に裏切られてるかもしれないというのに……。

どんどん要さんへの罪悪感が沸き起こってきてしまう私は、そんな自分のことが不憫になってきた。

それに、もし裏切られていたとしても、これまでと変わらず、私のことを傍に置いてくれるなら……それでも構わない、なんてことを思ってしまっている自分に対しても……。

――これじゃ、契約という鎖で繋がれてた頃と一緒だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

処理中です...