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縺れあう糸

#23

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夏目さんの言葉にムッとしてしまった私が、
 
「……もう、違いますっ!早い時間に起きちゃったから、お弁当作ってたんですよ」

そう言って、抗議するように返せば……。
 
「なんだ、そうだったんだ? 俺はてっきり腹へって目覚まして、なんか食ってんのかと思ってさぁ……。いやぁ、ごめんごめん。そんな怒んないでよ?」

いつもの明るい声で、とか言いつつ、アイランドキッチンに居る私の傍まで来た夏目さん。
 
私の隣に並んだ夏目さんは、完成したばかりのお弁当をどれどれって感じで覗き込んできて、

「おー、生姜焼弁当だ。さっすがガキンチョ。タコさんウインナーにカニさんウインナーまである。……ん? でも、なんで三つもあんの? もしかして、美菜ちゃんって結構大食いなの?」

感嘆の声を上げた直後、またまた失礼発言を次々に繰り出してきた。

――ますますムッとしてしまう私もどうかと思うけれど、夏目さんだってさっきからデリカシーがないにも程がある。

憤慨した私は、頬をこれでもかってくらいに最大限に膨らませ、隣の夏目さんへ向けてキツく言い放つのだった。

「もー、違いますってばっ!これはいつもお世話になってるお礼にと思って作った、夏目さんのお弁当ですよっ!」
「……」
 
それなのに、夏目さんは黙りこんだままで、なんの反応も返してはくれなくて。

どうしたのかと、気になった私が、夏目さんの顔を見上げたら、そこには、どこか切な気な表情の夏目さんの姿があった。
 
けれども、それはほんの一瞬のことで、私の気のせいだったのかもしれない。

だって、夏目さんは、すぐにいつもの明るくてちょっと軽い口調で、
 
「えっ!?マジで!?
……いや、でも、有り難いんだけどさ。秘書室で俺がそんな可愛らしい弁当食ってたら何言われるか分かんないし、気持ちだけでいいよ。ありがとね」

最初こそ嬉しそうな表情をしてはくれたものの、もっともらしい理由をつけて、やんわりとけれど、キッパリとそう返されてしまい。
 
――やっぱり、ガキンチョの私が作った子供っぽいお弁当なんて、迷惑でしかないんだ。そう思うと、要さんの反応まで怖くなってきて……。

「さーて、朝飯の準備でもすっかなぁ」とか言いながら、冷蔵庫から野菜を取り出して洗い始めた夏目さんを尻目に、
  
「お礼なんて言っても、こんなことくらいしかできないし。……でも、やっぱり、私が作ったお弁当なんて、子供っぽくて、見られたら恥ずかしいし、食べる気にもなんないですよね? ごめんなさい。責任もって自分で食べます」

さっきまでの元気はどこへやら、シュンとしてしまった私は、小さくボソボソと呟きを零しながら、そそくさと片付けを開始したのだった。そこへ……。

そんな私のことを不憫に思ったのか、いつになく慌てた様子の夏目さんが、野菜を洗うのを中断し、

「あー、いや、そういう意味じゃなくてさ。実は俺、女の子に弁当なんて作ってもらったのなんて初めてで……あっ、いや、そういうことでもなくて……んーと……」
 
そこまで言ってきて、焦っている所為か、自分で何を言ってるかが分からなくなったのか、ハタマタ上手く言葉にできないだけなのか……。

本人じゃないからなんとも言えないけど、とにかく頭の後ろをガシガシと掻きむしるような仕草で、壁紙と同じアイボリーの天井を仰ぎ、難しい顔で考え込む素振りを見せる夏目さん。
 
私は、滅多にお目にかかることのできない、余裕のない夏目さんの姿を前に、呆気にとられながら見つめることしかできなくて。
 
暫くすると夏目さんは、気を取り直すようにして、
 
「……とっ、とにかく。せっかくだから、有り難く食べさせてもらうからさ。そんな落ち込まないでよ?
あっ、要なんて、美菜ちゃんが作ったお弁当見たら、感動しちゃうんじゃないかな? だからほら、元気出してよ、ね?」

そう言って、思いついたように、矢継ぎ早にフォローの言葉をかけてくれたのだけれど……。

あんまり必死にフォローしてくれるものだから、なんだか可笑しくなってきた。

けれども、笑ってしまうのは夏目さんに失礼だから、その場で俯いて、手の甲で口元を覆って、プルプルと身体を震わせながら堪えているのを、

「美菜ちゃん、ごめん。泣かないでよ?」

どうやら泣いていると勘違いしている様子の夏目さん。

いよいよ、堪えきれなくなってしまった私が、

「ご、ごめんなさい。夏目さんがあんまり必死なもんだから、可笑しくなってきて、笑うのを我慢してただけです」

と、笑いを堪えつつ、夏目さんに正直に白状したら、

「なんだよ、ビックリさせんなよ」
 
あからさまに拍子抜けした様子で、私のことを、何か言いた気に、恨めしそうに、軽く睨んできた夏目さん。

次の瞬間、私は夏目さんに、おでこをバチンと指で豪快に弾かれてしまって。
 
「あいたっ!」
 
と言って、おでこに手を当てて擦る私の悲痛な声も無視して、夏目さんは素知らぬ素振りで洗いかけだった野菜を再び洗い始めた。
 
――笑っちゃった私も悪いけど、何も指で弾くことないじゃないか。それに、元はといえば、様子が変だった夏目さんの所為だったのに……。虫の居所でも悪いのかな?

ジト目で夏目さんの様子を窺いつつ、食器棚から食器を取り出したり、コーヒーの準備をしているところに、もうすっかりいつもの調子を取り戻した様子の夏目さんに声をかけられた。

「美菜ちゃん、こっちはもういいからさ、要の様子見てきなよ? 起きたとき、傍に美菜ちゃんが居ないと心配するだろうから」
「……はい」
 
内心、ちょっと不貞腐れ気味の私が返事を返して寝室へ向かおうとした刹那、

「……さっきはごめん。額、大丈夫だった?」

と、洗った野菜をちぎってお皿に盛り付けながら、私のご機嫌を窺うように、申し訳なさげに、謝ってきた夏目さんにそう訪ねられて、

「夏目さんに何度もされてるんで、もう、慣れっこです。ってことで、おあいこです。あっ、それと、この前のアドバイスのことなんですけど。要さんと静香さんのことはもう過去のことだと思うんで、要さんにそれとなく訊くのはやめておきます」
「そっか、了解」
「じゃぁ、行ってきますっ!」
「あっ……美菜ちゃん。首の後ろのキスマーク、要にファンデーションでも塗ってもらいなね?」
「////」
「ハハ、なーに今さら恥ずかしがってんだよ、こっちも慣れっこだっての。行ってら~」

赤面する羽目になりつつも、ようやく、夏目さんと仲直りすることができたのだが……。

この時の私は、自分のことで精一杯で、夏目さんや周りの人の気持ちを思い量る余裕なんて、微塵も持ち合わせてなどなかった。
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