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縺れあう糸
#15
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「……なっ、泣くつもりなんかなかったのに、泣いちゃってごめんなさいっ」
――夏目さんの方が辛いのに、当事者でもない私なんかが泣くのは、お門違いも甚だしい。
はたと思い立ち、慌てて、頬を伝う涙を手の甲でゴシゴシ拭い始めた私に、夏目さんの優しい声が降ってきた。
「俺が泣かしちゃったのに、美菜ちゃんが謝るのは可笑しーだろ? それに、そんなに強く手で擦ったら赤くなるだろ、ったく」
夏目さんの声が思いの外近いことを不思議に思った私が、拭ってた手の甲を目元から離して、声がした方に顔を上げてみると。
目の前には、近くに置いてあったティッシュの箱を手にして、長身を屈めた夏目さんの姿があって。私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
かと思えば、フッと柔らかな笑顔を浮かばせて、ティッシュの箱から中身を何枚か取り出すと、
「ホントに美菜ちゃんはガキンチョと一緒で感受性が強くて、すーぐ泣いちゃうから手が焼けるよなぁ……」
なんて、楽しそうな口調で言ってきたかと思えば……。
慣れた手つきで、私の目元を手早くささっと優しく拭った後、今度は鼻をムンズとティッシュ越しに、親指と人差し指とで摘まんできて、
「ほら、チンしてみ?」
と、まるで小さな子供のお世話をする保育士のお兄さんのようなことをやってのけようとする夏目さん。
途端に、さっき夏目さんから聞いた話の余韻がまだ残っていて、切ないやるせない気持ちだったものが瞬時に消え去り、代わりに、羞恥と腹立たしさで、カチンと頭にきてしまった私が、
「ちょっ……もう、子供じゃないんですからやめてくださいっ!」
そう言って、頭をフルフルと左右に振って、夏目さんの手から逃れ、夏目さんのことをキッと睨み返したのに。
一方の夏目さんはというと、
「おっ、今度は怒って睨んできた。さっすがガキンチョ。ほら、ちゃんと鼻かみな? 要が見たら心配するからさ、ね?」
さっきと同じで、私のことを相変わらずガキンチョ扱いして、ティッシュを差し出してきた夏目さん。
けれど、さっきも感じたように、夏目さんの表情には、いつもの元気はなくて、やっぱり悲しげに見える。
きっと、さっきまでの湿っぽい雰囲気を拭い去るために、わざと明るく振る舞っているんだ、そう思ったら、また、なんだか切ないやるせない気持ちになってきた。
また泣いたりしないように、夏目さんに渡されたティッシュで目元を拭いながら、泣くのを必死に堪えていると、
「さっきは、無神経なこと言っちゃって……ごめん。過去のことだとはいえ、要と元カノの話なんて聞きたくないよな? でも、もう要の中ではちゃんと終わってることだから安心してよ、ね?」
またまた、私のことを優しく気遣ってくれるどこまでも優しい夏目さん。
でも、どうやら夏目さんは、私が泣いた理由を勘違いしてしまっているらしい。
さっき私が泣いてしまったのは、確かに、複雑に縺れてしまったそれぞれの気持ちを思ってもだけど。
一番気にかかったのは、夏目さんがなんでもかんでも全部自分の所為にして、自分のことを責めてばかりいることだというのに……。
――そんなんじゃ、夏目さんはいつまでたっても前に進めないじゃないか。きっと夏目さんのことだから、自分は幸せになっちゃいけない、とか思ってるに違いない。
――そんなこと、美優さんだって望んでないに決まってる。
当事者でもないというのに、そう思ってしまった私は、相変わらず優しい表情で、私の返事を待ってくれている夏目さんに向けて、
「私が泣いたのは、夏目さんがなんでもかんでも全部自分のせいにして、自分のことを責めてばかりいることにです。要さんの中で終わってるんなら、夏目さんだって、もう自分のこと許してあげてください」
まっすぐに、そう返してしまっていた。
――夏目さんの方が辛いのに、当事者でもない私なんかが泣くのは、お門違いも甚だしい。
はたと思い立ち、慌てて、頬を伝う涙を手の甲でゴシゴシ拭い始めた私に、夏目さんの優しい声が降ってきた。
「俺が泣かしちゃったのに、美菜ちゃんが謝るのは可笑しーだろ? それに、そんなに強く手で擦ったら赤くなるだろ、ったく」
夏目さんの声が思いの外近いことを不思議に思った私が、拭ってた手の甲を目元から離して、声がした方に顔を上げてみると。
目の前には、近くに置いてあったティッシュの箱を手にして、長身を屈めた夏目さんの姿があって。私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
かと思えば、フッと柔らかな笑顔を浮かばせて、ティッシュの箱から中身を何枚か取り出すと、
「ホントに美菜ちゃんはガキンチョと一緒で感受性が強くて、すーぐ泣いちゃうから手が焼けるよなぁ……」
なんて、楽しそうな口調で言ってきたかと思えば……。
慣れた手つきで、私の目元を手早くささっと優しく拭った後、今度は鼻をムンズとティッシュ越しに、親指と人差し指とで摘まんできて、
「ほら、チンしてみ?」
と、まるで小さな子供のお世話をする保育士のお兄さんのようなことをやってのけようとする夏目さん。
途端に、さっき夏目さんから聞いた話の余韻がまだ残っていて、切ないやるせない気持ちだったものが瞬時に消え去り、代わりに、羞恥と腹立たしさで、カチンと頭にきてしまった私が、
「ちょっ……もう、子供じゃないんですからやめてくださいっ!」
そう言って、頭をフルフルと左右に振って、夏目さんの手から逃れ、夏目さんのことをキッと睨み返したのに。
一方の夏目さんはというと、
「おっ、今度は怒って睨んできた。さっすがガキンチョ。ほら、ちゃんと鼻かみな? 要が見たら心配するからさ、ね?」
さっきと同じで、私のことを相変わらずガキンチョ扱いして、ティッシュを差し出してきた夏目さん。
けれど、さっきも感じたように、夏目さんの表情には、いつもの元気はなくて、やっぱり悲しげに見える。
きっと、さっきまでの湿っぽい雰囲気を拭い去るために、わざと明るく振る舞っているんだ、そう思ったら、また、なんだか切ないやるせない気持ちになってきた。
また泣いたりしないように、夏目さんに渡されたティッシュで目元を拭いながら、泣くのを必死に堪えていると、
「さっきは、無神経なこと言っちゃって……ごめん。過去のことだとはいえ、要と元カノの話なんて聞きたくないよな? でも、もう要の中ではちゃんと終わってることだから安心してよ、ね?」
またまた、私のことを優しく気遣ってくれるどこまでも優しい夏目さん。
でも、どうやら夏目さんは、私が泣いた理由を勘違いしてしまっているらしい。
さっき私が泣いてしまったのは、確かに、複雑に縺れてしまったそれぞれの気持ちを思ってもだけど。
一番気にかかったのは、夏目さんがなんでもかんでも全部自分の所為にして、自分のことを責めてばかりいることだというのに……。
――そんなんじゃ、夏目さんはいつまでたっても前に進めないじゃないか。きっと夏目さんのことだから、自分は幸せになっちゃいけない、とか思ってるに違いない。
――そんなこと、美優さんだって望んでないに決まってる。
当事者でもないというのに、そう思ってしまった私は、相変わらず優しい表情で、私の返事を待ってくれている夏目さんに向けて、
「私が泣いたのは、夏目さんがなんでもかんでも全部自分のせいにして、自分のことを責めてばかりいることにです。要さんの中で終わってるんなら、夏目さんだって、もう自分のこと許してあげてください」
まっすぐに、そう返してしまっていた。
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