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深まる疑惑
#17
しおりを挟む――やっぱり、そういうことだったんだ。
――でも、それだけじゃない筈。
言い終えると同時、私の右手を解放した隼さんは、忌々しげにスーツのジャケットを手で払ってから、身なりを正し、私に向かい合うようにして、その場に胡座をかいて腰を落ち着けた。
どうやら、ここからが本題のようだ。
腹が立つくらい落ち着き払った様子の隼さんは、正面で拘束されていた手首を擦りながら正座の体勢になった私のことを、射抜くようにまっすぐ見据えてくると、一瞬だけニヤリと厭らしく口許を歪ませたように見えて。
さっきまでとはまた違った緊張感に、喉の乾きも加わり、私がゴクリと喉を鳴らせた微かな音と、さっきから騒ぎ通しの鼓動までもが、やけに大きく鼓膜に響いてきて落ち着かない。
――得体の知れない隼さんを前に、私は、怖じ気づいてしまいそうだ。
そんな自分をなんとか奮い立たせて、隼さんの様子を窺いつつも、隼さんに挑むべくして、
「要さんと会社のためって、どういう意味ですか?」
ストレートな質問をまっすぐにぶつけると。
そんなことは想定内だ、とでも言わんばかりに、至極バカにしたような表情を浮かべた隼さんは、フンと鼻で一笑してから、
「どういう意味もなにも、言葉の通りですが……」
そんなことをのたまってきた。
――こんなんじゃ埒が明かない。
そう判断した私が、隼さんの顔をキッと睨みつけながら、
「そうですか、隼さんの言いたいことはよーく分かりました。でも私は、隼さんの言うことを聞くことはできませんので、今度こそ、これで失礼させていただきます!」
言い放った私が一刻も速くこの場から立ち去ろうと、スックと立ち上がって一歩踏み出したところで、
「美菜さんは、それで本当にいいんですか?」
隼さんの思いの外大きな迫力のある低い声が追いかけてきて、その声にビクッとして振り返ると……。
そこには、さっきの態度と声は一体なんだったのか、と思うほどに、シュンとした隼さんの姿があって。
何故か、ふう……と大きな溜め息をつくと、自分の胡座をかいた脚に項垂れるようにして、力なく蹲《うずくま》ってしまった隼さん。
そんな隼さんの様子に驚きを隠せずにいる私に、隼さんがポツリポツリと話し始めた。
「実は兄さんには、以前から西園寺社長から静香さんとの縁談の話がきていましてね。勿論、西園寺社長は昔の経緯《いきさつ》なんてご存知ありませんから。その証拠に、先日の会食で兄さんの婚約のことを知って、ずいぶん残念がっておられたそうです。
西園寺社長は、来年のオリンピックに向けての空港周辺における再開発にも携わっておいでなのですが……。そこで来春完成予定のホテルなどに出店予定だったうちの店舗の話も、どうやら白紙になりそうなのです。
西園寺社長は、兄さんの婚約とは関係ないとはおしゃっておられるようですが……。西園寺社長も、人の親ですからね。自慢の娘を袖にされてご立腹なのでしょう」
そして、隼さんに聞かされた事実に、私が思わず「……そんなっ!!」と、声を漏らせば……。
項垂れてしまっていた頭をゆっくりと持ち上げた隼さんが、まるで追い打ちでもかけるようにして、
「酷い話ですよねぇ、私情をビジネスに持ち込むなんて……。ですが、こういった古い体質の企業もまだまだ存在するのも事実でして。特に、西園寺社長の年代からしますと、まだまだひよっこの兄も僕も、なかなか考えを認めてもらえないのが現状なのです」
振り返って立ち尽くしたまま動けずにいる私に向けて畳み掛けてきた。
けれど、これまでの隼さんの振る舞いからして、そう簡単に信用なんてできる筈がない。
――きっと、泣き落としに違いない。
――危ない、危ない、騙されてしまうところだった。
「そんな話、信用できません!失礼します!」
今度こそ、そう言って立ち去ろうとした私の目の前に、滑り込むようにして土下座の体勢で頭を畳に擦りつけてきた隼さん。
そんな行動に出てきた隼さんの姿に、これまた驚いてしまった私が慌てて隼さんの頭を上げさせようとした途端、私の手を掴んで、グッとすがるようにして包み込んできた隼さん。
「……えっ!?ちょっと、なんなんですか?やめてください!」
そんな私の言葉なんて耳に入ってもいない様子の隼さんは、
「兄さんは確かに美菜さんのことを愛してるんだと思います。だから、仕事でこんな風に行き詰まることがあっても、美菜さんの耳に入れずに、自分の実力でどうにかしようとする筈です。
現に、その件で数日前から奔走しています。ですので今日も、静香さんのことだけでなく、その疲れの所為もあって、酔い潰れてしまったのだと思います。
ですが、さっきもお伝えした通り、いくら尽力しても、全てが解決する訳ではありません。出店予定だった店舗が突然白紙なんてことになれば、うちの信用問題に関わります。どうか、会社を、兄さんを助けると思って、兄さんから身を引いてくださいませんか?
美菜さん、どうかお願いします」
まるで命乞いでもするかのような勢いで、そう言うと、再び頭を畳に擦りつけてひれ伏してしまわれた。
あっけにとられた私は、立ち尽くしたまま放心状態だ。
だだっ広い豪華絢爛な欄間彫刻の施された和室の大広間で、そんな異様な光景を繰り広げていた私と隼さんの元に、
「失礼いたします。副社長の秘書の夏目でございます」
きっと、要さんに電話でお迎えを頼まれたのだろう、すかしたインテリ銀縁メガネ仕様の夏目さんの声が割って入ってきた。
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