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深まる疑惑
#12
しおりを挟むそれからというもの……。
二人のことが気になって気になってしょうがない私は、雅さんと麗子さん、隼さんに囲まれながら、心ここにあらずって言葉を体現するように、気のない返事ばかりを繰り返していた。
そんなとき、
「あらあら、あなた、そんなところで寝たらいけないわぁ」
と、私の隣に居る雅さんからそんな声がして。
座卓の上に両腕を組んでそこに顔を埋めて寝入ってしまっている様子の虎太郎の元に、慌てて駆け寄った雅さん。
「あなた、寝室に行きましょうねぇ。
隼は静香さんをお送りしないといけないだろうし……。隼、静香さんが戻るまで美菜さんのお相手してさしあげてね?」
「はい。心得ていますのでご安心ください」
「隼が居てくれて助かったわぁ。美菜さん、少し失礼しますね?」
「はい」
「麗子、手伝ってちょうだい」
「はい、はい、分かりました」
「麗子、はいは二度言うもんじゃないわ。それに、語尾を伸ばすとだらしなく聞こえるからおやめなさい。いい歳してみっともない。少しは隼を見習いなさい」
「ま~たお母さんの隼贔屓が始まったわ~。でも、あの子外面と口調は好青年だけど、中身はきっと鬼畜よ~」
「……可笑しなこと言ってないで早く手伝いなさい」
「はーい」
雅さんは麗子さんと一緒に、なんやかんや言い合いながらも、酔い潰れた虎太郎さんを仲良く支えながら寝室に行ってしまったため。
だだっ広い広間には、私と隼さんの二人だけが取り残されてしまった。
さっきまであんなに賑やかだった空間は、シーンと、まるで水でも打ったかのように静まり返ってしまっている。
そんななか、なんだか居心地悪さに襲われた私が、手持ちぶさたに、ウーロン茶の入ったグラスに口をつけようとしていると、
「藤木先輩にお聞きした通り、美菜さんは本当に素直で、とても可愛らしい女性のようですが……。誰にでも簡単にコロッと騙されそうですねぇ」
「……」
座卓を挟んだ正面で胡座をかいて、上品な所作で、グラスのウーロン茶を傾け喉を潤した隼さんに、唐突に声をかけられてしまった。
――けれど、『藤木先輩』と言われても、誰のことを指しているのかも分からないし。
どうしてなのかは分からないけど、雰囲気からしても、言葉からしても、どうやら私のことを貶《けな》しているらしい隼さん。
――そうと分かっていても、そんなことを言ってきた隼さんの意図が全く掴めないから、一体どう答えればいいのかが分からない。
そんな私は、アイドル並みのにこやかな微笑で私のことをジーッと見つめてくる隼さんのことを、困惑気味に首を傾げて黙り込むことしかできないでいたのだけれど……。
「美菜さんはご存知ないようですが……。藤木先輩っていうのは、以前美菜さんがうちのショコラティエにお持ち帰りされそうになった時に、兄さんと夏目さんに助けてもらった、例のバー"Charm"のオーナーである、藤木《ふじき》裕次郎さんのことですよ。
兄さんの中学からの親友で、同じ学校に通っていた僕にとっても、中学高校の先輩になるんです。
だから、別に聞きたくないことでも、色々と、耳に入ってくるという訳です。勿論、静香さんのことも」
「……」
相変わらず、アイドル並みのにこやかな微笑を崩さない隼さんの、緩やかな弧を描いている優しげな表情とは違って。
なにやら意味ありげに、ずいぶんと含みを持たせるような、意地の悪い言い種《ぐさ》だ。
そんな隼さんを前に、私は、静香さんのことよりも、要さんと交わしてた契約のことが真っ先に浮かんできてしまい。
――まさか、契約のことまでは知らないよね……。
――大丈夫だよね……。
そう自分に言い聞かせながらも、不安で堪らない所為で、黙り込むことしかできないでいる私に、
「美菜さん、顔色が優れないようですが……。大丈夫ですか?」
今後は、にこやかな微笑同様、優しい言葉をかけてくれる隼さん。
「……はい。大丈夫です」
とは、返したものの……。
どうやら、要さんと静香さんとのことも知ってる風な隼さん。
何でもお見通しだと言わんばかりの隼さんの様子に、私はまるで、針の筵《むしろ》にでも座らせているような心持ちだ。
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