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深まる疑惑

#11

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漆黒の髪同様、キリリとした漆黒の眉に切れ長の双眸《そうぼう》が印象的な、麗しくも男らしさのある要さんとは違って、隼さんは母親の麗子さんに似ているようだ。


ダークブラウンの少しウェーブのかかった髪は軽やかにセットされ、同系色のやや細めのしなやかな眉に、クリッとした円らなワンコを思わせるような双眸が印象的で。


要さんより背丈も少し低くて、身体の線も細く、例えるならアイドルのような中性的魅力のある美青年っていう言葉がしっくりとくる。


もしかりに、何か辛辣な言葉を浴びせられてしまったとしても、アイドル並みのお顔とワンコのようなその瞳で、ニッコリと微笑まれてしまえば、全てが帳消しにされてしまいそうだ。


『あざといところがある』と言ってた要さんの言葉は、あながち間違ってはいないようだった。


――それにしても、同じ兄弟でも、こうもタイプが違うもんなんだぁ……。


――要さんのお父さんも、さぞかし素敵な男性だったんだろうなぁ……。


――要さんといい、麗子さんといい、隼さんといい、神様は本当に不公平だ。


初めてお目にかかった弟である隼さんの容姿に感心して、三人と自分との落差に、ちょっとだけ落ち込んでいるところへ、突如姿を現した静香さん。


たちまち嫌な音をたて始めた鼓動をそのままに、私は雅さんと麗子さんの間に挟まれたままで身動ぎできずに、ただただボーッと見つめることしかできないでいた。


そんな私の周りでは、隼さん、麗子さん、雅さん、虎太郎さん、そして静香さんらによって、次のような会話が繰り広げられていて……。


「さっき店舗に顔出したら西園寺社長と静香さんにお会いして、本家に立ち寄ると言ったら、久しぶりの帰国ということで、雅さんや虎太郎さんにも挨拶したいって言って下さったんで、お連れしちゃいましたけど……。今日ってなんの集まりでしたっけ?」
「……あら、この前伝えてなかったかしら?今日は要が婚約者を紹介してくれるからって……」
「いえいえ……僕は何も。ただ帰って来るようにってことしか聞いてませんけど……」
「まぁ、嫌だわ。麗子ったら」
「あら、だってぇ、お母さんが言ってくれてるとばかり思ってたんだもの~」


隼さんの話によれば、どうやら、今日のことが隼さんにうまく伝わっていなかったようだ。


「知らなかったとはいえ、そんなときにお邪魔しちゃってすみません。私はこれにて失礼させて頂きますので」


そして、静香さんも、たまたま偶然、隼さんに会って、これまた偶然、今日という日に、タイミングよく居合わせただけのようだった。


「あら……そんな。わざわざ挨拶にみえたのに、追い返すようなことはできないわぁ。ねぇ?あなた。要も美菜さんもいいわよね?」
「追い返すなんてとんでもない。いいよなぁ? 要、美菜さん」
「……あっ、あぁ……」
「……わ、私も、全然大丈夫です」
「主役である二人もこう言ってることだし。それに静香さんは、小さい頃から要の面倒をよく見てくれていたお姉さんのような存在ですもの。さぁ、静香さん、こちらへどうぞお座りになって?」
「そうよ。隼にちゃんと伝えていなかったこちらが悪かったんですもの。静香さん、気になさらないで」
「さぁさぁ、遠慮せずお座りなさい」
「それじゃぁ、お言葉に甘えて、失礼します」


この前、譲さんからも聞かされていたように、要さんの小学生の頃からの、家族ぐるみの付き合いがあったらしい静香さん。


なんの違和感もなく、神宮寺家の宴会に加わることになったようだった。


それに、麗子さんたちの話を聞いている限りでは、要さんと静香さんが付き合っていたことまではご存知ないご様子の皆様。


さりげなく、虎太郎さんの隣に腰を落ち着けている要さんへと視線を向けてみると……。


そこには、さっきまでの陽気さは微塵も見受けられず、若干ひきつった表情をしているように見える要さんの姿があって。


虎太郎さんに半ば強引に持たされていた冷酒が並々と注がれた、もう何杯目かも分からないそのグラスを、どこかヤケクソ気味に一気に煽る様子が、私の目に飛び込んできた。


それは、私が要さんと静香さんとのことを知っているから、そういう風に見えてしまうのかもしれないけれど……。


いつもと違って、冷静さを欠いたように見受けられる要さんの姿を目の当たりにしてしまった私の心中は、当然のことながら、穏やかじゃなかった。


こうして、要さんの婚約者である私と、元カノの静香さんとが、同じ空間に居合わせているというなんとも微妙なこの状況下で、しばらくは何事もなかったのだけれど……。


少しして、私の視界の隅で、要さんがよろけながら立ち上がる気配がして、どうしたのかと目で追おうとしたところ、私の傍に寄ってくるなり、


「美菜、悪いが、呑みすぎたからちょっと奥で休んでくる」


そう言って、和室から出ていこうとする要さんの脚どりが覚束なくて。


心配になった私が一緒に行こうと、


「要さん、大丈夫ですか?私が一緒に」


と、そこまで言って立ち上がろうとしたところに、


「美菜さんは雅さんや麗子さんと一緒にこれからのことを話てらして? 私、ちょっと電話入れたいところがあるから、ついでに様子見ておきますから。大丈夫よ。安心なさって」


そう声をかけられたものの、要さんと静香さんが一緒にと思っただけで不安で仕方ないから、


「……えっ!?でもっ」


と、慌てて立ち上がろうとした瞬間、


「あら、美菜さん。要のことを心配してくださって、要ったら愛されてるのねぇ……。でも要なら大丈夫よ。いつもお父さんに呑まされてあーなっちゃうけど、休んでたらすぐ酔いもさめるから。ここは静香さんにお任せしましょう。ね?」


隣の麗子さんにそう言って、やんわりと手を引き寄せられて。


おまけに、


「それより、母さん。一体いつになったら弟である僕のことを美菜さんに紹介してくださるんですか?」


虎太郎さんの傍で料理をつまんでいた、要さんの弟である隼さんまで加わってしまい。


行くに行けなくなってしまった私は、


「じゃぁ、静香さん、お願いね~」
「はい。行ってきます」


にこやかに麗子さんと言葉を交わして、襖の向こうに去っていく静香さんの背中を、気になりながらも、黙って見送るしかなかった。

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