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深まる疑惑

#8

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要さんのお母さんである社長とのご対面のことで頭がいっぱいで、せっかく静香さんのことが薄れかけていたっていうのに。


――これじゃぁ元の木阿弥《もくあみ》だ。


私はさっき知り得たばかりの事実の所為で、再び疑心暗鬼に陥ることとなって。


昨夜、要さんから香った女性の香水や、少し機嫌の悪かった要さんの様子、今朝私がピアスを見つけたときの要さんと夏目さんの様子を思い返しては……。


やっぱり、あの香水の香りは静香さんのモノだったに違いない。


きっと、昨夜何らかの理由で、静香さんは要さんと一緒にあの車に乗っていたのだろう。


そしておそらく、その時に何かがあって、静香さんのピアスが落ち、要さんに静香さんの香水の香りが移ってしまったのだろう。


要さんの機嫌が悪かったのが何故なのかまでは分からないけれど、それもきっと、少なからず静香さんが関係しているのだろうと思う。


どうやら要さんは、私が元カノである静香さんと会ったことまでは知らないようだから、私に静香さんのことを知られたくなくて、嘘をつくしかなかったのだろうし。


これは私がそう思いたいだけかもしれないが、もしかしたら、優しい要さんのことだから、私に要らぬ心配をかけたくないと思ってのことだったのかもしれない。


そのことを知っているであろう夏目さんも、私に余計な心配をかけまいとして、要さんの嘘に付き合っているのだろう。


二人揃って、私に嘘をついていたなんて思いたくはないけど、そう考えると、全てのことが府に落ちる。


以上のことをふまえると、昨夜のことは全て静香さんに関係しているということで、間違いはなさそうだ。


――あぁ、やっぱり、昨夜静香さんと何かあったんだ。


そう思うと同時、遡ること二ヶ月前、私のことを秘書室に異動させた要さんは、どうしてそのことを私にずっと隠していたのだろうという疑問が浮かんできて。


そのことを考えていると、どうしても、最初に要さんと私との間で交わしたあの契約に行き着いてしまう。


そうして、ない頭であれこれ考えているうち、何もかもが信じられなくなってきて。


要さんは本当に私のことを好きになってくれてるのかなぁ?なんてことまで疑ってしまう始末。


疑心暗鬼に陥ってしまってる私は、そこまで考えが至っては……。


――違う違う、そんな筈はない。


……でも要さんは、私にずっと嘘をついていたじゃないか。


――きっとあの時には、要さんは私のことを好きになってくれていて、ずっと傍におこうと思ってくれてのことだったに違いない。


――そうだ、きっと嘘をついた訳じゃなくて、私に言えなかっただけなんだと思う。


……じゃぁ、要さん本人に聞いてみればいいじゃないか。


――……。


いくら心の中で自問自答を繰り返してみても、決まって、ここで言葉に詰まってしまう。


だって、そんなこと、怖くてとてもじゃないけど聞ける訳がない。


ただでさえ、静香さんのことで不安で不安で堪らないというのに……。



午後からずっと、自席のパソコンの画面とにらめっこしながら、次から次に浮かんでくる邪念と格闘しつつ、会議で使う資料等を纏めていた最中。


隣で同じようにパソコン画面に集中していた夏目さんから、


「綾瀬、そろそろ副社長にコーヒーとチョコをお出しする時間じゃないのか?」


そう声をかけられて初めて、そのことをすっかり忘れていたことに気づいた私が慌てて、


「あっ、はいっ。すみません。資料を纏めるのに夢中で。今すぐ準備に取りかかります」


処理中のデータを保存して、給湯室に向かおうとしたところ。


「あぁ。
それと、副社長室に行く時にこの書類も一緒に頼めるか? 

副社長の捺印が必要だから、すぐに目を通してもらって、ここと、ここにも、捺印してもらってほしいんだが……」


そう言ってきた夏目さんから受け取った書類に一緒に添えられた付箋には、


【午後からずっと顔色悪いけど大丈夫?
この書類急がないから要のとこで休ませてもらうように。

因みに、この件は、既に要にメールで了承済みだから、くれぐれも無駄な抵抗はしないように。
         
   すかしたインテリ銀縁メガネより】


走り書きされた文字で、そう書かれていて……。

パソコンに向かいながらも、私のことを気にかけてくれてたらしい優しい夏目さんに、これ以上心配をかけないためにも、なんとか笑顔を作った私は、


「……はい、分かりました。じゃぁ、先にコーヒーの準備してきます」

「あぁ。頼む」


いつも通り夏目さんと言葉を交わしてから、重たい足取りで給湯室を経由して、副社長室へと向かったのだった。


――いつも通り、平常心、平常心。


心の中で、邪念を振り払うためにそう唱えながら。



***



ほどなくして到着した副社長室。


ノックした私に、入室を促してくれる低くてよく通る、あの耳に心地いい要さんの声を聞き届けてから、いつものようにを心がけつつ脚を踏み入れると。


そこには、真夏のまばゆい陽光が燦々《さんさん》と降り注ぐ、正面の大きな窓に背を向けて、こちらを向いて佇んでいる要さんの姿があった。


まるで、後光でも射してるかのようなその光景に、目を奪われた私は、ここへ初めて訪れたときのことを思い出して。


あれから、まだ四ヶ月ほどしか経っていないというのに、色んなことがあった所為か、なんだか酷く懐かしさを感じて、途端に胸の奥の方から熱いものまで込み上げてきた。



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