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深まる疑惑

#1

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要さんと夏目さんの帰りをリビングのソファで待っていた私は、いつぞやのように、いつの間にか寝落ちしてしまっていたらしい。


「美菜!?」


という要さんの酷く驚いたような声で、悪い夢を見ていた私が目を覚まして、


「……あっ、はい。お帰りなさい」


そういって応えながら、目に滲んでしまっていた雫を手でざっと拭いつつ、ソファの上で身体を起こして横座りの体勢をとった私が、

涙と寝起きのせいでボヤけてしまってまだ定まらない照準を、ぼうっと要さんの声のする方へと向ければ……。


私のことをとっても心配そうな表情で長身を屈めて覗きこんでくる要さんと、私の視線とが交わった刹那。


挨拶した私に流されて普通に『ただいま』と返してすぐ、ハッとしたような表情を垣間見せた要さんから、怒ったような口調で放たれた、


「あぁ、ただいま……いや、そんなことより。昼間に電話もらったとき、遅くなるから先に休むようにって、あれほど言ってあったのに、まだ起きてたのか? 体調が悪いのに、こんなところで転《うた》た寝なんかして、夏バテだったからって油断したらいけーー」


夏目さんが言いそうな、ちょっとお説教じみたお小言が、私の耳に流れ込んできた。


心配症の要さんが、私のことを心配して言ってくれてるってことは、よく分かるんだけれど……。


ずっと不安な気持ちでいた所為か、静香さんと要さんが楽しそうに寄り添っている夢を見ていた私は、要さんのお小言の途中で、身を屈めた要さんの腰に両腕を伸ばしてぐいと引き寄せると。


そのままぎゅうと強く抱きついてしまっていて。


「……美菜?どうした?気分でも悪いのか?」


そんな私のことをやっぱり心配そうな声で気遣ってくれる優しい要さんに、抱きついたままの私は、


「……心配かけて、ごめんなさい。ひとりで寝るのが寂しくて、テレビ観てたら寝ちゃってて。そしたら、怖い夢見ちゃって、怖くて……怖くて。ごめんなさい」


いつの間にか泣きながら、仕事で疲れて帰ってきたばかりの要さんに、謝りながら困らせるようなことを言ってしまっていたのだった。


……だって。


いつだったか、チョコレートの新商品の試食の時に風味の妨げになるからと、普段は香水なんてつけないといっていた要さん。


そんな要さんは、会食とかで社外の人間に会うときにだけ嗜《たしな》みとしてつけている、シプレ系の上品で落ち着きのある、いつもは私を癒してくれる筈の仄かな香水の香りを打ち消すように。


女性の甘ったるい香水の香りが、スーツ姿の要さんに抱きついた私の鼻を掠めるから、なんだか嫌な予感がして、悲しくなってきちゃったんだもん。


そればかりか、今日、病院で会った静香に握手された時に漂っていた、甘ったるい香水の香りと同じだったから余計だ。


香水なんて、まだつけたことがないし、そういうことに疎い私にはよく分からないから、人気のある香水があったりして、匂いがかぶることもよくあったりするのかもしれないけれど……。


こんな風に匂うってことは、今の私のように、要さんに抱きついてたってことなんだろうし……。


アレのこともあって、寄ってくる女性が煩わしいからと、夏目さんが要さんの恋人であるかのように振る舞って女性を近づけないようにしていた所為か、私が知るかぎり、こんなこと一度もなかったのに……。


それに、今日の会食の相手は、確か社長の古くからの友人がどうとかって、夏目さんが言ってたような気もするし……。


なにより、要さんの元カノである静香さんの存在を知ってしまった私には、これが偶然だなんて思うことなんてできないでいた。


そうとは知らない要さんは、


「そうだったのか。そうとは知らずに怒るようなこと言って悪かった。もう分かったから、謝るな。

いつもの"よしよし"してやるから、おいで、美菜」


子供をあやすように優しい口調で声をかけながら、泣き続ける私のことをいつものように優しく抱き上げると、これまたいつものように背中を優しくトントンしてくれていて。


そんないつもと変わらない要さんの優しさに、速く泣くのをやめようとしても、余計に涙が溢れてきてしまうから堪らない。


――要さん、偶然ですよね?


――私の思い過ごしですよね?


――仮に静香さんと再会してたとしてもなにもありませんよね?


相変わらず、


「そんなに怖い夢だったのか?」

「……もう、忘れちゃいました」


なーんて、なんだか楽しそうに訊いてくる要さんの腕に抱かれながら、私は、怖くてとてもじゃないけど、要さんに面と向かってできない問いかけを、自分に言い聞かせるように、心の中で何度も繰り返した。


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